第321話 虎児を得る

 とりあえず店員魔人を奥まで連れて行き、寝かせられそうな長椅子の上に寝かせた。


「にしても、治療か。トキシィが都合よく居てくれたらな」


「あはは……。でも、わたしもトキシィちゃんに習ったから、少しくらいは応急処置ができる、よ……っ」


 アイスが得意げに言うので、俺は感心だ。


「流石、成長してるんだな。じゃあ頼めるか?」


「うん……っ。アイスブロウ……」


「えっ」


 アイスが魔人の患部に氷魔法を放っているのを見て、俺は目を丸くする。


 だが、手加減がちょうどいいのか、上手いこと冷却処置として働いたらしく、店員魔人の顔色は少し良くなった。


「あ……ありがとう、ございます……」


「このくらいしかできない、けど……。お、お大事に……っ」


 アイスは満足げに立ち上がり、それから俺に小走りで近づいてくる。それから「さぁ、行こう……っ?」と言ってきた。


「……アイスは優しいな」


「えっ?」


 キョトンと俺を見つめるアイスに、俺は肩を竦めて歩き出す。


「まずアジナーチャクラで、サッと怪しそうな場所を洗い出す。それから直接確認することにしよう」


「う、うん……っ。でも、いいの……っ? その、アジナーチャクラ? って、確か魔王に……」


「範囲が分からないが、用心して使えば思ったより引っかからないみたいでな。深くを覗き込むような使い方を避ければいいかと思ってる」


 内心の云々、ということだが、魔王の言うことがどこまで正確かなど信じられたものではない。そもそも日本でも、法律用語と日常言葉の意味が違うなんてザラだったし。


 だから、あらゆるモノごとについて、深くを覗き込む、という使い方はひとまず避けるということで、嘘の魔王に絡まれることを避けようと考えていた。


 ……一度目は目を物理的につぶされるだけで済んだけど、次はチャクラを破壊されてもおかしくないからな。危うきに近寄らず、という奴だ。


 というわけで、俺は表面をなぞるような形で、この裏手のそれこれをアジナー・チャクラで見透かした。


 気づいたことは二つ。


「思ったより裏手は閑散としてるな。隠れなくても自由に動けそうだ。もっとも、いる場所にはちゃんといるが。それと」


 俺はへの字口になって、アイスを見た。


「……地下室でローロが捕まってる。一応知らない仲じゃないし、助けに行っていいか?」


「……ウェイドくんは、好きなようにしていいん、だよ……」


 と言いつつ、嫌そうな顔をするアイスなのだった。魔人嫌いだなぁアイス。






 地下室への階段を見つけて降りていくと、裸で太い縄で吊るされたローロが、猿ぐつわをされてそこにいた。


「むー! むー!」


「……わ……」


 アイス、ドン引きである。一方ローロは、俺たちの姿を見つけて、瞳を輝かせて助けてとアピールだ。


「むー! む~~~!」


 暴れた分だけ吊るす縄が揺れ、ゆらゆらとローロが揺れる。すると縄が体に食い込んだのか、ローロは涙目で悶えた。


「ム~~~~~~!?」


「……ウェイドくん……」


「いや、何かのんきそうには見えるけどさ。これ完全に『これから猟奇的な行為が始まります』っていう前段階の奴だからな。見捨てるのは流石に良心の呵責がある」


 ということで、俺は近づいて、素手で縄を引き裂いてローロを解放した。


 ローロ。最初に俺の奴隷となった魔人兄妹の、妹の方。生意気な性格をしたガキんちょだ。


 解放すると、縄しか自分の体を隠すものがなかったローロは「ご、ごひゅじんしゃまぁぁぁああああ~!」と抱き着いてきた。


「助けてくれてありがとぉぉぉおおおお~~~! あと、あとちょっとで、ド変態オーナーに■■■■されるところだったよ~~~!」


「「……」」


 想定していたのより十倍くらいおぞましい予想に、俺とアイスは揃って言葉を失う。アイスを見ると「それは、うん……流石に、助けてよかった、ね……」と。


 ひとまず、と俺は上着を脱いで、全裸のローロに着せる。「あったかい……」と涙目のローロは、ズズッと鼻をすすった。


「……少し見ない間に、いったい何があったんだ?」


「え~? お兄ちゃんと歩いてたらローロだけ攫われて、オークションに掛けられて~」


「ああうん。もういいわ」


「辛かった、ね……っ」


 ケロッとした顔で言うローロに、警戒のアイスも流石に同情を寄せる。


 それに気付いて、ローロは分かりやすく泣きまねをした。


「ほっ、本当に、つらくてっ、裸にされて商品台に立たされてっ、みんながローロを見て落札しようと値段の書かれた札を上げて……っ」


「それはひどいな……」


「奴隷制は、やっぱり良くない、ね……っ」


 絵面がかなりエグめの奴隷オークションだ。想像してしまって厳しい気持ちになる。ローロはえぐえぐと涙を流しながら続ける。


「金持ちの奴隷なら待遇いいこと多いからっ、どうせなら高値で買ってもらおうとアピールしたら、まさか金持ち変態に買われるなんて……っ」


「同情を買うには詰めが甘いわ」


「性根が逞しすぎる、かな……」


「……アレ~? つらい過去アピールしたのに、何でご主人様たち、スン……ってなってるの?」


 そこでその発想でねーよ。そこが分かんないから魔人なんだろうなぁ、と思う一幕だ。


「ということで、助けてくれてありがとね~! ご主人様! アイス様! じゃっ」


「おう待て」


 何で逃げるねん、と捕まえたら、焦った様子でローロは言う。


「なっ、なにっ!? ローロはこの通り素寒貧だよ~っ! お礼なんてできないからねっ! あとこの上着はありがたくもらっていくから!」


「ああ、それで逃げようとしたのか。いいよ別に礼とか。それにその上着もやるよ」


 俺が言うと、ローロはパチクリと俺を見て、こう呟いた。


「……なんて都合のいいカモ……♡」


「アイスブロウ」


「ぎゃあ冷たい!」


「アイス、やめろ。気持ちは分かるけどやめろ」


「やっぱり魔人は、助けてもいいことない、ね……」


 ものすごく冷たい目で、アイスはローロを見つめている。ローロは俺の後ろに隠れて「ひぇええ……!」と震えている。


 俺はため息をついて、アイスに言った。


「話が進まないから、しばきたいなら後でやってくれるか?」


「えっ!? ご主人様守ってくれないの!?」


「ローロの態度次第だ」


 俺のあしらいに、アイスはひとまず頷いて矛を収める。それを確認して、俺は改めてローロに問いかける。


「ローロ、せっかくだしこの店とか、多分買い手にあたるここのオーナーとかの情報を話してくれるか?」


「え~? どうしよっかな~♪」


「もっかい吊るすか」


「はいっ! 話します!」


 利害を示さないと全然話が進まないが、利害を示すと驚くほど簡単に進むなこいつ。


「えっとね~、まぁ色々あるけど~。ご主人様、何が知りたいの~?」


 ローロは流し目で俺を見てくる。外見は幼いが、誘惑に長けた女の目をする。


 俺は答えた。


「弱みが知りたい。ここの連中は、恐らく俺の身内を攻撃した。だから頭を使って潰してやろうって考えなんだ」


「――――にひひっ♪ ローロも、あいつらが痛い目見るのは大賛成~! じゃあ、そうだなぁ。そういうのだとぉ~……」


 ローロは意地悪な笑みを浮かべて、口を開く。


「今ね~? 魔王軍の高官が来てるらしいんだ~。急な来訪だったらしくってね? そのお蔭で吊るされたまま放置されてたの♪」


「……へぇ、魔王軍高官、か」


 俺はアイスを見る。アイスは「ウェイド、くん」と喜色をにじませて俺を呼ぶ。


 反逆の証拠のでっち上げだが、思いのほか簡単に済みそうだった。










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