第320話 善意は本物

 短い付き合いだが、義理は果たすべきだ。


 受けた恩は返す。店で働き、情報と労働の対価を受け取ったからには、店が襲われたのなら報復する。


 だから俺たちは、店主の競合、とされる店を前に、物陰から様子を窺っていた。


「賑わってるな」


 大通り沿いの店は治安が良く、その分人の出入りも激しい。特にこの店は、客も店員も入り乱れ、それに耐えうるだけの大規模商店だ。


「バーカウさんの店とは違って、他にも手広くやってるみたい、だね……」


 周囲の客が抱える品物をチラと確認して、アイスはそのように分析する。骨董品に限らない、百貨店的な店であるらしい。


 競合、といいつつ、古物商的な面のみの話だったようだ。いや、それにしたって、これに並ぶのならバーカウもやり手だな、とは思うのだが。


「ううむ……」


 正直な話をしよう。物量と威力でぶち壊しにするのは、簡単だ。


 俺でもアイスでも、この店一つ更地にするのは大した手間ではない。だが一方で、そうすればよくないことになる、というのも想像に難くない。


 俺たちの大きなアドバンテージの一つとして、魔王ヘルに素性がバレていない、というものがある。


 だからこうしてお膝元で素顔をさらして歩けるし、悪だくみもできる。だがバレれば、魔王城を保護する十の塔とやらの対処をする前に、お尋ね者となってしまう。


 人間の街なら殺せば死ぬが、この魔人はびこる城下街では、殺しても復活するばかり。どれだけ殺しても敵は減らない。


 そうなると、戦い続けていずれじり貧になるのは俺たちだ。


 だから、目立つわけには行かない。個人間の小競り合いならともかく、はっきりと治安を乱す存在として目をつけられるのはマズイのだ。


「ちょっと作戦立てた方がいいな」


「目立たないようにしたいんだよ、ね……?」


「ああ。そもそも推測でここに来たし、犯人じゃなかったら暴れると良くないからな。犯人だと分かった上で、俺たちだとバレないようにしたい」


「そう……だね……」


 二人して腕を組み、ううん、と考える。アイスが言う。


「他勢力をぶつける……とか……?」


「それいいな。俺たちもスラムに金出して……いやダメか。俺たちさして稼ぎはないし」


「サーカス、は良く分からないしね……」


「他には……魔王軍けしかけるか?」


「! ウェイドくん、それいい案だと思う……! 警吏みたいな存在だし、動かしやすそう……!」


 ナイスアイデア判定を受け、俺は得意になる。「じゃあ」と声を上げかけ、「ああ、ちょっと待て」と俺はまたも唸った。


「魔王軍って何かこう、変な価値基準で動いてるって聞くんだよな。単なる犯罪では動かないというか」


「魔王反逆罪、だったっけ……?」


「あと魔王軍の公務執行妨害。ってことは『魔王に逆らったら潰す』『俺たちの邪魔をしても潰す』って感じか」


 分かりやすいが分かりにくい。政府というより勢力っぽいな。うーむ……。


「国庫襲撃作戦を企ててた、とかを、でっちあげた証拠品を添えて密告するとか、か?」


「そんなところ、かも……?」


「そうだな。じゃあ、それで行くか」


 二人でえいえいおー、と鼓舞する。それから、再び物陰から商店を眺めた。


「……じゃあまずは、忍び込む、か」


「う、うん……っ」


 物陰から出て、商店の周りを歩き始める。人通りは多いから、その程度では見られることもない。


 俺たちは、どうも客です、という面をして中に入っていく。レンガ造りの堅牢な商店の中に入ると、何とも温かみのある光景が広がっている。


 木目のある板張りの床に、薪の燃える暖炉からは煙突が伸びている。そんな空間を基調として、広々と商品が展示されている。


 何というか、外もそうだが全般的にクリスマスっぽい造りなんだよな、ニブルヘイム。


 俺たちは連れ立って歩きながら、商品を見て回る。展示されているのは古物ではないにしろ、アーティファクトとか、魔術道具らしきものが並んでいる。


 お互いに、探すのは従業員出入口だ。作業スペースにつながる扉。従業員らしい魔人はチラホラいるが、さて……。


 そう思っていると、背後で殴打音に遅れて悲鳴が上がった。


「奴隷の分際で調子乗ってんじゃねぇぞカスがァ!」


 見れば、客らしい魔人が、従業員らしい魔人を殴り倒し、何度も踏みつけているようだった。


「俺はッ! 自由市民だぞ! お前が気安く話しかけて良い相手じゃッ! ねぇんだよ!」


 客魔人が何度も店員魔人を踏みつけにしている。他の人々は、みんなチラと見てすぐに、何もなかったかのように再び談笑を始めた。


 自由市民、ということは奴隷ではないということ。八割が奴隷ならば、自由市民というだけで上級国民になるのか、と少し考える。


 それから少し考えて、俺はニンマリと笑った。


 アイスに目配せして歩き出す。アイスは頷いてついてくる。俺は客魔人の背後に立って、その動きにぶつかられるようにした。


 客魔人が、踏みつけの動作の過程で俺にぶつかる。威嚇の目で俺を睨んでくる。


「何だテメェ! 用がないならすっこんでぶげらっ!」


「用もねぇのにぶつかってきたのはテメェだろうが! 自由市民だろうがなぁ、他の自由市民にケンカ売っていいわけじゃねぇぞ!」


 客魔人の威嚇の途中で殴り飛ばす。手加減しても俺の拳が重すぎたのか、客魔人はぶっ飛んで床を転がった。


「なぁ、クソ、殺、し……?」


「ダメ、だよ……っ。このまま、凍ってて、ね……?」


 そこにアイスがさりげなく追撃で、客魔人を凍らせる。客魔人は静かに氷漬けになって、動かなくなった。


 そんなやり取りは、先ほどの騒ぎの延長とみなされ、ろくに注目も集めなかった。うまく行った、と俺はアイスとアイコンタクトを交わす。


 それから、店員魔人に手を差し伸べた。


「災難だったな。怪我を手当てさせてくれ。あ、でも。どっちだ?」


「あ、あっち、です……」


 俺は店員魔人を助け起こし、背負って、彼の指さす方に向かう。


 怪我した店員を背負っているから、他の店員も視線こそやれど、止めたりはしなかった。


 そうして、俺たちはすんなりと、店の裏へと入りこむ。








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