第317話 城下街での初仕事

「ここがその倉庫だよ!」


 キリエに案内されたのは、裏路地のさらに奥へと進んだ先にあった、巨大な倉庫だった。


 中に入ると、所狭しと骨董品が並んでいる。アイスが小声で「……も、ものすごい貴重なアーティファクトがあった、よ……っ」と言うので、恐らく宝の山なのだろう。


「で、これがその貴重品☆ あ、触っちゃだめだよ! 少しでも傷がついたら、キリエたち全員、まとめて奴隷にされちゃうから!」


 そういって紹介されたのは、狼の彫像だった。


 獰猛な、狼を思わせるそれだ。彫像。そう言えば城下街は、ものすごい巨大な彫像があったな、などと言うことを思い出す。


「これを守ればいいんだな? 他のは? 貴重品だそうだが」


「他のは全部フェイクだって~☆ 奪われたら痛いくらいのアーティファクトはあるけど、これに比べたら霞むから、気にしないで良いって聞いてるよ☆」


 それを聞いたアイスが、「っ……!」と絶句している。地上でもよほどの扱いの物が、フェイク扱いされたのだろう。商人の娘だけあって、その辺りの機微に敏い。


「分かった。フェイクでも壊さない方がいいんだよな? なら、屋根の上にでも登って備えようかと思うんだが」


「良いと思う! 好きにしちゃって☆ キリエたちにはキリエたちのやり方があるし、ウェイド達にもウェイドたちのやり方があるでしょ?」


 キリエに言われ、「そうだな」と俺は頷く。中々分かっているらしい。少なくとも、俺の拳を躱すだけの実力はあるんだしな。


「いつ襲撃があるとかは聞いてるか?」


「多分そろそろだって聞いてるよ☆ さ、早く! 持ち場について!」


「分かったよ」


 急かされるようにして、俺たちはキリエたちクライナーツィルクスから離れ、アイスを抱えて屋根の上に登った。すると空に、巨大な建造物があるのを見る。


「ああ、そうだ。これだこれ」


「ウェイドくん……?」


「彫像を見て思い出してな。ほら、城下街入りするときに、巨大な彫像があるなーって思ってたんだ」


 俺につられて、アイスも上を見る。「わぁ……っ」とアイスが声を上げる。


「ものすごい……っ、大きな蛇、だね……っ」


 ―――それは、巨大な蛇の彫像だった。


 高さは恐らく、優に百メートルはある。全長は数百に至るだろう、巨大な蛇の彫像。


「何だったか、これ。ムティーがちらっと名前言ってたよな」


「うん……っ。確か、『世界蛇ヨルムンガンド』だった、ような……」


 アイスの言葉に「それだそれ」と俺は相槌を打つ。


 世界蛇ヨルムンガンド。魔王ヘル……ならぬ、女神ヘルに関連のあるとされる怪物。


 この世界シルヴァシェオールは、前世の……地球を下敷きにしているところがある。ギリシャ神話圏、とかが、国をまたがって存在していたりする。


 その意味で言えば、この世界は北欧神話圏に属している。だから、北欧神話を知っていると、歴史や事情を読み取りやすくなる。


「あの時は雑談でちょろっと話したくらいだったもんな。改めてムティーに聞くか」


「そうだね……っ。神殺しには、神話知識がいるって言うし……!」


 アイスも同意見のようだ。魔王ヘルと、アイスの魔法・氷魔法の神ヘルが同名ということもある。無関係とも思えないし、知識での武装はしておくべきだろう。


 ともあれ、今は仕事に集中しよう。そう思って俺が口を閉ざすと、アイスも息を潜め、手の上に氷鳥を出す。


「氷兵は、出さないでおく、ね……? 氷鳥だけでも、ほどほどに強い、から」


「そうだな。実力は見せすぎない方がいい。俺も魔法の一部だけで戦うつもりだ。クライナーツィルクスの三人はともかく、敵の魔人には覚えられたくない」


 俺がそう言うと、アイスはじっと俺を見る。


「……どうかしたか?」


「ウェイドくん、あの三人が、信用できるって、思ってる……?」


「え、……できないのか?」


 俺が言うと、アイスは険しい顔で首を横に振る。


「魔人は、信用しちゃダメ、だよ……! キリエさんは、特にダメ、だと思う」


「そりゃ何で」


「……人当たりが、良すぎる、から。魔人には不必要なくらい、人当たりがいい、の。騙そうって人じゃないと、あそこまで人当たりがいい魔人は、見たこと、ない」


「……」


 俺は沈黙する。確かに、バエル領でも初めから騙そうとする村人以外、すぐにこっちに牙をむいてきた覚えがある。


 他の魔人たちに比べてまともに話せたから、と気を許しすぎたかもしれない。俺はアイスに言う。


「そうだな。まだ信用すべきじゃない。釘刺してくれてありがとな」


「ううん……っ。そんなこと、当然、だよ」


「いいや、いつもアイスには助けられ―――」


 俺とアイスは、同時に口を閉ざした。


「来た」


「うん……っ」


 俺は手短に視線を交わして、アイスの氷鳥と共に屋根の端に駆け寄った。


 見下ろす。すると、キリエの話す通り百人近い魔人たちが、徒党を組んで倉庫を取り囲んでいる。


「ふー……どうしたもんか。一般魔人……よりも少し出力多めで、ギリこいつらを全滅させる動き、となると」


 チャクラはなし。デュランダルもなし。重力魔法はアリ。ただし魔法を掛けるのは、一度に三人まで。あとは体術で、どうにか乗り切る。


「よし、じゃあ強めの魔人ってことで……いくぞッ!」


 俺は勢いよく屋根の上から飛び出した。「ポイントチェンジ」と魔法で重力の発生箇所に狙いを定めて、「ウェイトアップ」で加重を決める。


 さぁ、吹き飛べ。


「オラァァァアア!」


 俺の叫びと共に振り下ろした拳は、周囲三人をまとめて血煙に変えた。それに周りの魔人たちが、一斉にどよめく。


 俺は高らかに吠える。


「よく来たなぁ盗人どもが! 全員ぶっ殺して、トラウマ植え付けてお家に帰してやらぁ!」


 俺は返り血をたっぷり浴びて笑う。その姿に、魔人といえどもかなりの割合が怯む。


 魔人は、元はと言えば人間だ。根っこには人間がある。だから、マジで怖い奴が居れば、当然にビビる。例え復活出来ようとも、それは変わらない。


 一方、別の方向に驚くのがクライナーツィルクスだ。


「ウワハハハハハハハ☆ すっげー! ウェイドやっばー☆ これキリエお手柄でしょ!? 最高の人選でしょこれぇっ!」


「うわぁ……。い、いや、怯んでる場合じゃない。みんな、行くぞ! 加勢だ! ウェイドに続こう!」


「えぇっ、アレ完全に敵でしょ! アレが味方なのおかしくない!? もぉぉおおお!」


 笑いだすキリエ、怯えを振り超えるガンド、そして慌てつつもついてくるリィル。三人とも集団にぶつかって、それぞれ硬直した敵をなぎ倒し始める。


 俺は目の前の敵を素手でぶっ殺しまくりながら、クライナーツィルクスの動きを眺めた。


 キリエは、手から火を出すようだった。だがそれ以上に回避に主軸を置いているようで、敵のあらゆる攻撃を、すんなりと回避して攻撃している。


 頬鱗の巨人ガンドは、その巨躯で敵を薙ぎ払っている。リィルは素早く敵の間を駆け抜け、その爪で敵を切り裂いている。


 魔人としては、敵百人に対してずば抜けた戦闘力を兼ね備えているようだった。俺たちが居なくとも、ギリギリ百人切りできたのでは、という動きだ。


 だが俺たちも、情報収集をしなければならない立場。怠けているとは思われない程度に、頑張らねば。


「アイス」


 俺が名を呼ぶと、氷鳥が俺の背後の魔人を凍らせる。俺は振り返りざまに拳を振るい、その魔人を粉々に砕く。


「ヒュウ♪ ウェイドやるぅ! その氷と鳥は何!?」


「アイスだ。あいつもかなり強いんだぜ」


「そーなんだ! すっげー☆ 二人とも百戦錬磨じゃん!」


 気づけばどんどんと殺して進んできたキリエが、俺と背中合わせで立っている。屋根に隠れていたアイスが「残り半分……っ!」と声を張る。


「うっそー! もう!? ウェイドどんだけ殺した!?」


「もうそろそろ三十人殺すぜ! オブジェクトウェイトアップ!」


 目の前の三人に加重して動けなくし、俺はそいつらを回し蹴りで両断する。


 横から襲い掛かってきた奴に「リポーション!」と反発を使って弾き返し、さらに踏み込んで、その頭を拳で砕く。


 三人を「オブジェクトポイントチェンジ!」で集めて球体状にし、遠隔武器代わりにブン回して敵を薙ぎ払う。


 そうして、見る見るうちにザコ魔人たちが倒れていった。最後の一人! と俺が魔人球をぶつける。


 しかしそいつは、手に持っていた斧で、三人でできた球を両断した。


「お、最後に骨のありそうなやつが出てきたな」


 無双タイムは終わりか、と俺は笑う。クライナーツィルクスのガンドとリィルが「もう最後の一人か……」「ウェイド強すぎじゃない!? 何あいつ!」と言いあっている。


 最後の敵は、ガラの悪い、いかにも魔人という魔人だった。


 牛のような角。筋骨隆々の体。全長は二メートル近い偉丈夫。そいつが、斧を手に俺たちを睨みつけている。


 牛角の魔人は言った。


「チィッ! 手下は全滅か。こんな強い邪魔者が来るなんて聞いてねぇぞ」


「人生、予定調和が一番つまらないだろ?」


「余裕ぶりやがって……。チッ、まぁいい。ここまでやられたからには、お前の首もなしに帰れねぇからな」


 斧を頭上に掲げるようにして、牛角魔人は構えを取った。呼吸が外気に触れて、白い息となる。服の内側が、ぼんやりと光だす。


 魔術。


 俺は牛角魔人とは逆に、受けの体勢を取った。そうしながら、リポーションの【反発】を強める。


 俺のそばで口をはさむのは、キリエだ。


「気を付けて、ウェイド。あいつ、スラムでも新進気鋭の魔人だ。あいつの魔術は―――」


「ああ、いい。言わなくていい。ネタバレ禁止だ」


「は?」


 キリエが口にしようとした忠告を、俺は遮る。


 俺だって百戦錬磨だ。内容が分かれば対処できてしまう。つまりそれは予定調和ということ。つまらないネタバレは要らない。


 牛角魔人が踏み込む。冷気が斧にまとわりつく。奴の体から放たれるルーン文字の輝きが、最高潮に達する。


「喰らえや、―――ブリザードアクスゥッ!」


 振り下ろされた斧に、急激に氷がまとわりついた。それは巨大な斧となって、俺へと迫る。


 だがそれだけではない。まとわりつく冷気は細かな氷片と化して、荒ぶる空気の流れに、近づくものすべてを殺す嵐を構築する。


 近くの魔人たちの死体は、凍り、その猛風に砕け散る。ニブルヘイムの凍える風すら凍り、雪の結晶を散らす。


 そんな、猛烈な勢いで俺を粉砕し、割り断とうとする一撃。


 それは俺の眼前で、ぴたりと止まった。


「……な、に……!?」


 牛角魔人は、目を剥いて俺を見つめる。俺はニッと笑って「どうしたよ。そんなもんか?」と問いかける。


「ぐ……ッ! お、おま、お前。何、を、どうやってこれをッ!」


「これ以上がないなら、ここで終いだな。破壊力はまぁまぁだったが、この程度じゃ俺のリポーションは破れない」


 俺は前に踏み込む。斧がその分だけ弾かれて牛角魔人がのけぞる。


 俺はただ、奴の前で手を上から下に振った。


「けど、派手で見てて楽しかったぜ」


 俺の斥力で地面に押しつぶされ、牛角魔人は全身を破裂されて息絶えた。


「……うわーお☆」


 俺の背後で、キリエがポツリと声を漏らす。俺は振り返って「これで終わりか?」と笑いかけた。








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