第316話 城下街三地域

 キリエは一緒に歩きながら、「まずは二人を紹介しなきゃね☆」と言った。


「まずこっちの超でっかいのが、ガンド! 巨人の血が入ってるらしくって、すっげーデカイの♪」


「どうも。リーダーのキリエがお世話になってます」


 頭を下げたのは、頬に鱗の入った大男だった。三メートルは軽くある。デカイ。


「で、こっちのオオカミ娘がリィル! 体のモフモフがチャームポイント♪」


「ギャー! リーダー! いきなり抱き着くの止めて!」


 オオカミの獣人、といった具合の毛並みをした、恐らく少女にキリエは抱き着く。


「そしてキリエはキリエで、名だたるサーカスに覇を唱える小さな曲芸団! その名も! 『クライナーツィルクス』☆」


 キリエはポーズを取って、俺たちの前で決め顔になった。他二人も、恥ずかしそうにキリエの隣でポーズを取っている。


「ありがとな。改めて、俺はウェイド。こっちはアイスだ」


「よ、よろしくお願い、します……っ」


 二人であいさつする。クライナーツィルクス三人が「よろしくー☆」「よろしく」「よろしくねっ」と口々に返してくれる。


 さて、ひとまず挨拶は良いだろう。俺はそこで、疑問を呈した。


「サーカス?」


「うん、サーカス」


「……?」


「……?」


 二人して疑問の空気になる。俺は質問した。


「サーカスって? 何か大きなくくりみたいな物言いしてたけど」


「あ、そっか。新参だから知らないのか。サーカスって言うのは、地域の話ね☆」


 キリエはキャピ☆ とでも効果音の付きそうな振る舞いで言う。


「城下街って、三つの地域に分かれてるんだよ。商業区、歓楽区、住居区、ってね☆ でも、これはあくまで魔王軍のお歴々が考えた、かたっ苦しい呼び方で~」


 ニヤリと笑い、キリエは三つ指を立てて、俺たちに語る。


「バザール、サーカス、スラム! それがこの城下街で生きる魔人たちの、地区ごとの呼び方なんだ! この三地域が分かれば、最低限城下街が分かってるって言えると思うよ☆」


 ほう、と俺は思う。直球で知りたかった情報だ。何も知らない俺たちには、こういう常識レベルの話が一番ありがたい。


「まずここ! キリエたちが歩いてるここは、商業区こと『バザール』って言うんだ! 金があればあらゆるモノが手に入る場所。欲望の渦巻く大市場!」


 バザール、と俺は口の中で反芻する。


「んで、さっき言ったサーカスっていうのは、隣の歓楽区のことね。モノでは手に入らない感動と愉悦の花開く場所! 憂さ晴らししたいならここ! ってね」


 キリエの先ほど言った言葉の意味が、何となく分かってくる。


 つまりは、歓楽区で一花咲かせようとしている、小さなサーカスチーム、という自己紹介だったのだ。


「最後に、住居区、通称スラム。基本的に家がある場所……っていえば聞こえはいいけど、実態は違うよ」


「というと?」


「バザールみたく商売もせず、サーカスみたいに芸もしない。代わりにあるのは、表にできない欲望。要は―――邪魔者の排除を誰かに頼みたいなら、スラムにみんな行くんだよ」


 俺は、「ああ」と頷く。なるほど。


「暗殺業か」


「そ。ただ殺すんじゃなく、排除、だからね。お金はたくさん必要だけど、依頼したら本当に相手が消える。そういう依頼が集まるのが、スラムだよ」


 なるほど、と思う。殺しても復活する魔人の街。ここにおいては、殺すのはさしたる意味はなく、行方不明の方がよほど大きな意味があるのだろう。


 そう、脅かそうとしたのか物々しく言うキリエだったが、そこで思い直したように態度を治す。


「……と思ったけど、ウェイドって多分もっと後ろ暗いのとか全然経験してそうだし、平気か☆」


「おい」


 俺が半目で見ると、キリエは「ごめんごめん☆」と片手謝りだ。悪びれない奴め。


 とはいえ、最優先で取りに行く情報が手に入ったのはデカイ。


 バザール、スラム、サーカス。


 この三地域と、魔王城を守るタワーの情報が手に入れば、魔王城下街の攻略計画を立てられるようになる。


「助かる、キリエ。それともう一つ質問なんだが―――」


「おーっと、ここまでの情報が、まさか無料タダだなんて思ってないよね?☆」


 キリエに釘を刺され、俺は「うぐ」と言葉を詰まらせる。


「……何だよ。常識レベルの話だろ? フッかけるつもりか?」


「まっさかー☆ ウェイドにそんな事をしても、良い事ないでしょ! キリエはあくまで、ウェイドといい関係でいたい、ってこと☆」


「……つまり?」


「ウェイドがキリエたちから欲しい情報全部抜いて、すぐ居なくなっちゃうのはヤーダ☆ って話。一緒に組んで、信頼関係築いて、お互い得しなきゃ!」


 言われて、俺は口をつぐむ。Win-winでいたい、という話か。そのために、求められるままに与えるつもりはない、という事らしい。


「分かった。まずは一仕事しよう、ってことだな。詳しい話はその後だと」


「そういうこと~☆ それだけ新参で強い人は貴重なんだよ。背後関係がないからね」


 背後関係はバリバリあるのだが、それは一番の秘密ごとだ。俺は無垢な新参者。よし。


「それで、何をすればいいんだ?」


「よくぞ聞いてくれました! キリエたちクライナーツィルクスはね、公演をやるにあたって、お金と信頼を必要としています!」


 サーカスの魔人だけあって、公演をやるにも金が、そして見に来る人を確保するための信頼が必要なのだろう。俺は頷いて先を促す。


「それに当たって、お金をたくさん持ってるバザールの人からいくつか依頼を頼まれててね? それで今日の奴が、ちょっと三人だと厳しそうだなーって☆」


「なるほど」


 俺とアイスは視線を交わす。現状、情報収集を目的としているからあまり目立ちたくないのだが、少し戦うくらいなら、この三人が隠れ蓑になってくれることだろう。


 ……隠れ蓑、か。いいアイデアかもしれない。覚えておこう。


「具体的には、俺たちは何をすればいいんだ」


 俺が問うと、キリエはこう言った。


「とある倉庫に、ものすっごーい貴重品があるらしくって~☆ その持ち主曰く『百人を超えるスラムの奪い屋が来るはずだから、それを皆殺しにしろ』って」


「……なるほど」


 俺は思った。こいつ初対面の奴にとんでもない無茶ぶりするな、と。








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