第315話 クソッたれ新生活

 魔王城下街に腰を落ち着けた翌日、俺はアイスと共に路上に座り込み、ギリギリと歯を食いしばっていた。


「うぇ、ウェイドくん……っ。げ、元気、出して……!」


「……アイスだけだ、俺に優しいのは……」


「そ、そんなこと、ないよ……っ。ほ、他のみんなも優しい、よ? ……この場には、居ないけど……」


 アイスが困った風に笑うので、俺は「はぁぁ」とため息を吐く。


 ―――俺たちに何が起こったのか。それをかいつまんで話すと、やはり地獄はカスだった、という話をすることになる。


 まず俺は動き出すにあたって、付いてきたがったアイスと一緒に動くことに決めた。他の面々はすでに動き出していていなかった。


 情報収集ならば、働き口を見つければ何とかなるだろう、と高をくくっていた。だが、最初につまずいたのは、城下街には冒険者ギルドがない、ということだった。


『んなもんねぇよバカガキがぁ! 捕まえて奴隷にしてやらがぼぁっ!?』


 襲い掛かってきた魔人集団五人を秒でボコった俺は、城下街の基本的な常識について、懇切丁寧に教えてもらうことにした。


 まず、城下街には冒険者ギルドはない。何故なら、この城下街において、基本的に専門職以外で働くのは奴隷の仕事だからだ。


 街の清掃は奴隷の仕事。荷物運びは奴隷の仕事。魔物退治は奴隷の仕事。その他簡単な雑務は全部奴隷の仕事。


 この城下街は、一部地域を除き、奴隷率驚異の80%都市であるらしい。だから簡単な仕事はすべて奴隷のものなのだとか。


 例外は特殊な技術の必要な専門職や、事業主レベルのものだけ。基本的に技術者か社長以外は奴隷という世界観なのだそうだ。やばいわ城下街。


 そんな訳で、俺はアイスと共に、働き口という情報収集の入り口を見失って、途方に暮れているところだった。


「どうすっかなぁ~マジで……。ケンカ売って連勝すれば、腕を買ってくれる奴とか現れないか?」


「うぇ、ウェイドくん……っ。それで魔王軍に目を付けられたら、良くないよ……!」


「……うん、そうだな。まだ何も知らない状態で睨まれるのはマズイ。どうしたもんか……」


 気分はすっかり失業者だ。落ち込むぜ。仕事がどこにもないんだもん。


 だが、俺が不機嫌なのは、それだけが原因じゃない。


「おっ! 何だぁ~ガキ~。暇そうだなぁ~」


「……あ?」


 俺たちに近づいてくるのは、魔人数人だ。どいつもこいつもガラが悪い。


 俺は舌を打って、魔人たちを睨みつける。


「消えろ。お呼びじゃねぇよ人攫いが」


「あん? 何で俺たちが人攫いだって分かった」


「お前らでもう五組目だからだよバカがぁ!」


 俺は素早く飛び上がり、アナハタ・チャクラで強化された足で素早く魔人の喉を蹴り抜いた。


 手加減していても、俺の蹴りは魔人の首を突き破り、生首が宙を舞う。


 俺は空中でくるりと回転し、「全滅しろカスども! オブジェクトウェイトアップ!」と生首シュートを放った。


 加重された生首が、魔人たちにぶつかって弾ける。ぶつかった魔人たちも弾ける。そこらじゅう血まみれだ。


「ひっ、ひぃぃぃいい!」


 唯一生き残った魔人が、その光景に怯えて、慌てて逃げていった。俺はため息をついて「地獄がよぉ……!」と唸る。


 俺が不機嫌な理由その二。それはあまりにも人攫いが多いことだ。


 カルディツァのスラムにも、人攫いはいた。小さい頃に危ない目に遭ったこともある。だが、そんな目に遭ったのは生涯で一度だけだ。


 それが城下街に至っては、この数時間でもう人攫いに二十人は遭遇している。流石に多すぎる。意味が分からない。人攫いが都心のキャッチ並に多いのはヤバすぎる。


「ウェイド、くん。ここも血で汚れちゃったし、移動、する……?」


「……いや、何か案が思いつくまではここにいよう。この血を見れば、人攫いも近寄ってこないだろ」


 俺は気疲れしてしまって、アイスにそう答えた。アイスは少し考えてから「それでも、いいかも、ね……っ。表通りとは違って、魔王軍は見ない、し」と微笑む。


 それから俺は、どうしたもんか、と考えていた。いっそ大きく移動すれば、何か働き口のようなものがあるかもしれない。


 奴隷になればひとまずの働き口は見つかるだろうが、それで奴隷になるのは御免被る話だ。


 俺たちの真の目的は情報収集。そのための仕事のために自由を失うのは本末転倒というもの。


 そんな風に考えていると、アイスが「ウェイドくん……っ」と俺を呼んだ。顔を上げると、正面からまた、三人組が近づいてくる。


「……何だお前ら。このばらまかれた血が見えないのかよ」


 俺が威嚇も込めてそう言うと、一番前を歩く赤髪の魔人が、俺に言う。


「どっちかって言うと、見えるから声を掛けようかなって思ったんだよ☆ 君たち、魔術の匂いが全然しないけど、もしかして強い?」


 俺はその返答に、睨みつける目をさらに細めた。


 赤髪の魔人は、中性的な体つきをしていた。肩口まで伸びた赤髪に、飄々とした雰囲気。笑顔には嫌らしさがなく、何となく善良そうに見える。


 だが、今まで殺して追い払った人攫いの中にも、一見優しそうな奴はいた。柔和で虫も殺せそうにない奴だった。


 なお、そいつの開口一番は『オスガキはサーカスで剣闘士奴隷、メスガキは性奴隷だな』だった。無論即殺した。


 なので、外見は油断するにたる要素ではない。俺は答える。


「ああ、強いぜ。お前らをすぐにでも全滅させられるくらいにな」


「アハハッ! いいね。じゃあ―――やってみな、よッ!」


 肉薄。速さはまぁまぁだな。そう思う。赤髪の魔人は俺の懐に飛び込んで、鋭い貫き手を俺に放った。


 俺はそれを躱し、赤髪の背後に回る。「お返しだ」と拳を叩き込んで、終わりにする。


 終わりにできると、思ったのだ。


「――――ッあっぶな! うっわすっごいね君! 本気で避けることになるとは思わなかった!」


 赤髪の魔人は、最初に仕掛けた攻撃速度よりも、何倍も速く俺の攻撃を回避した。それに俺は目を瞠り、一拍おいて笑ってしまう。


「……へぇ? 何だよ。お前、中々強いじゃんか」


「君もね。目測の何倍も強かった。魔術の匂いがしないのに妙だなと思ったけど……いや、ちょっと予想外だったな。予想以上に予想外だった」


 そう言う赤髪に、連れの二人が「リーダー! だから見るからに危ないって言ったでしょ!?」「にしても、リーダーに本気を出させる奴か……」と口々に言う。


「で、お前。結局俺に何の用だ?」


 俺が促すと、赤髪は俺に手を伸ばしてくる。握手のつもりか。と俺は赤髪を見る。


「少し、人手が足りなくてね。強い奴を探してたんだよ。もっとも、君ほど強い奴が見つかるとは思ってなかったんだけど」


「それで、俺と組みたいって?」


「うん。しがらみのなさそうな新参とね。君、新参だろう? 裏通りに入って人攫いに絡まれて不機嫌、なんて力ある新参の証拠だ。裏通りなんて犯罪の巣窟なんだから」


「……そうなのか? え、じゃあ、ここって人攫いの生活圏みたいな感じか」


「あははははっ! そりゃそうだよ! 裏通りは魔王軍が通らないんだから、治安維持がされてる表通りとは犯罪率も訳が違うって!」


 俺はそれを聞いて、ガックリ来てしまう。そうか。犯罪者の巣窟だから犯罪者に絡まれてた、という話らしい。悪いのは俺だったか。


 俺が肩を落としていると、赤髪は言った。


「で、どうなの? 組んでくれる?」


「……良いぜ。お前は、魔人でもマシな気がする」


 俺は赤髪に、手を差し出した。赤髪はにっこりと笑って、俺の手を握る。


「キリエだよ! よろしく!」


「ウェイドだ。よろしく頼む」


 俺たちは握手を交わす。


 これが、このニブルヘイムでも最も重要な出会いの一つ。クライナーツィルクスを自称する三人、ひいてはそのリーダー、キリエとの邂逅だった。








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