第314話 魔王城城下街

 スールが兵士を排除したので、俺たちの旅団は門をほとんど素通りだった。


 前もって演説した通り、俺たちは門をくぐるなりほとんどバラバラに散っていった。俺はパーティメンバーにスール、師匠連中、あとは魔人兄妹と同行だ。


「いやぁ弟子が成長してると楽で良いな。このままオレが寝てる間に、ヘル討伐までやっといてくれ」


「お前も働けムティー」


 ムティーがほざいてるので、チャクラで色々細工してケツを蹴り飛ばしたら「うぉっ!?」とダメージが入っていた。やったぜ。


 そんな一幕もありつつ、俺たちは魔王城城下街に足を踏み入れる。


「さて……」


 俺は周囲を見回す。魔王城城下街を見定める。


 魔王城城下街は、石造りの堅牢な街並みが、常に雪化粧を纏っている、と言った風情の場所だった。


 周囲では角を生やした魔人たちが、ぱっと見普通の人間のように楽しげに歩いている。一方かなり高頻度で、軍服を着た険しい顔の兵士たちとすれ違う。


 それが表通りの話。裏通りは、様子が一変する。


 周囲を観察しながら歩いていると、横道に差し掛かっただけの通りで、平然と魔人が魔人に殺されていた。


 ボリボリと大柄な魔人が小柄な魔人を貪りながら、俺を睨んで言う。


「何見てんだ? 見せもんじゃねぇぞ!」


「……悪かったな。どうぞ続けてくれ」


 俺は手を挙げて素通りする。何故なら、食われている小柄な魔人が、ニヤけた笑みでナイフを手にし、大柄な魔人の首元に振りかぶっていたから。


 悲鳴が上がる。野太い悲鳴だ。兵士たちはチラと見るが、表通り以外に興味はないとばかり、談笑しながら歩き去っていく。


 ニブルヘイムの常に薄暗い街並みは、林立する建物の窓辺から差す明かりで、薄ぼんやりとしている。


 寒いが賑やか。同時に堅牢で酷薄。クリスマスのような地獄。ニブルヘイム。


「ウェイド」


 俺に近寄ってきたのは、サンドラだった。金髪のサイドテールを揺らし、無表情ながら目を輝かせている。


「ここ、面白い。ワクワクしてきた。常に乱闘の気配がある」


「サンドラって地獄向きだよなぁ」


「褒められた。嬉しい」


「褒めてるのかこれは……?」


 サンドラは地上でも地獄でも変わらない。そういう姿に、少しホッとする自分がいる。


 一方で、と俺はアイスを見た。


「―――……」


 真っ白な長髪をなびかせ、アイスは街中を歩く。その可憐さに、魔人たちが誰も彼も、ちらと視線をやる。


 前々から可愛いと思っていたアイスだが、最近とみに綺麗になったと思う。特に、地獄で過ごすようになってから。


 何かが変わったということはない。アイスも、地上と変わらない。だがそれは、サンドラとは別の意味だ。


「……」


 サンドラは、変わる必要がない。そもそもの常識がニブルヘイム寄りで、地上よりものびのび過ごせている。だから変わらない。


 一方で、アイスは違う。少し過激な面もあるが、クレイ、トキシィと同じく常識は地上寄りだ。


 クレイとトキシィは、変わった。地獄にいる間は、地獄に合わせるという変化を見せた。だから結構エグイことを平気でする。旅に出る寸前から、そういう風になっていた。


 だが、アイスは―――


「ウェイド、くん?」


 俺の視線に気づいて、アイスが近寄ってくる。首を傾けると、サラサラと白い髪が流れる。


「どうか、した?」


「……いいや、何でもない。ひとまず拠点を確保しないとな」


「うん……っ!」


 サンドラの反対側から、俺の腕をアイスは抱きしめる。サンドラもそれに追従し、「あー! 二人とも抜け駆けしてる~!」とトキシィが俺を背中から抱きしめてくる。


 すると、近づいてきたクレイが言った。


「相変わらずお嫁さんから愛されてるね」


「ああまったくだ、ちゃんと大切にしないとな」


 朗らかに笑いあいながら、俺たちは魔王城城下街を歩く。











 適当な宿を見つけて入ると、鼻の下を伸ばした店主がこう言った。


「いいぜ、長期滞在だな? じゃあ連れてる女を全員奴隷として俺によこせがぁっ!?」


「よーし、舐めてるからこいつに本物の地獄見せるぞー」


「アハハッ! ウェイド~、ニブルヘイムはすでに本物の地獄でしょ~?」


「そうだったわ、ハハハ」


「がっ、あぎっ、ぎゃっ」


 俺はトキシィと軽く談笑を交わしながら、店主の顔をわしづかみにして、カウンターに何度も叩きつける。


 その程度のことで騒ぐ人間、そして魔人は一人もいなかった。むしろ酒場で飲んでいた魔人が「あいつの手の早さすげぇな。店主結構強かったろ?」と感心している。


「やめっ、い、わ、分かった! ただでいい! ずっとここにいていいから!」


「お、助かる。じゃあ一回殺すな」


 俺は重力魔法でさらに威力を込めて、店主の頭をカウンターの上にぶちまけた。惨状。だが、すぐにカウンターの奥の扉から、不機嫌そうな顔で店主が現れる。


「ったく、もっと強そうでイカレてそうな見た目で来てくれ。最初に会話されると交渉が通じる相手だと思っちまう」


「さっきのは交渉じゃないだろ。こいつらは俺の嫁だぞ」


「嫁ぇ!? 奴隷じゃないのか!? 嘘だろ。奴隷と主人以外の関係性築いてる奴なんか見るの、何十年ぶりだ」


「魔人ってコミュ障どころじゃないよな」


 ともかく、俺たちは拠点の確保に成功した。


 この宿に居を構えるメンツとしては、まず基本のウチのパーティだ。


 俺、アイス、クレイ、トキシィ、サンドラ。つまりいつものパーティメンバー。


 次に、師匠連中に当たる、ムティー、ピリア。そして同行案内人であるスール。


 そして何故かついてきたレンニル、ローロ兄妹。


「お前ら他に散らなかったのな」


「ご主人様の近くにいた方がおいしいことも多そうですから」


「楽しいこともね~♪」


 言葉の内容の割りに畏まって姿勢を正すレンニル。くねくねしながら挑発っぽく俺を見ているローロ。


 主にローロにウチの嫁さんズのヘイトが集まっている。


「アイス……あれいいの?」「教育が足りないならあたしが追加でやっておく」「……まだ様子見、かな」


「……大人しくします」


 そしてローロは圧に屈して縮こまった。うん、分かる。今のは俺でも怖かった。


「バカ弟子、腰も落ち着けたしさっさと仕切れ」


「分かってんよクソ師匠」


 悪態をつくムティーに俺は唸り返す。


 俺は一つ咳払いをして、部屋を見まわした。宿の酒場にいた客は全員追い出して、今は俺たちで占領している。店主も邪魔なので金を握らせて外出させた。


 だから、この酒場にいるのは、俺たちだけだ。他の魔人たちは……まぁ好きにやるだろう。必要な時に声を掛ければ、面白そうなら食いついてくる。


 俺は口を開く。


「ひとまず、改めてお疲れさまだ、みんな。魔人たちの統率の手伝いに関して、本当に苦労を掛けた。……マジで苦労したな、アレ」


「あは、は……」


 アイスが苦笑する。他のみんなにも苦労がにじみ出ている。


「とりあえず、ただ面倒くさい魔人管理はここで一区切りだ。これからは魔人たちには都合よく動いてもらう。もちろん楽しいと動かないだろうから、そこは気をつけなきゃだけどな」


 俺が肩を竦めて言うと「よく分かってますね」「祭りならたくさん暴れるよ~!」と魔人兄妹が騒ぐ。


「で、ひとまずは今後の方針決めだが」


 俺はみんなが迷わないように、すべきことを打ち出す。


「まず、俺たちはこの城下街について、何も分からない。だからこれから数日間、情報収集に専念してもらう」


 俺の言葉に、それぞれが頷く。俺は頷き返して、細かい話をし始める。


「具体的なやり方は一任する。例えば俺なら、冒険者ギルドっぽいのを探してそこで働きながら話を聞いたり、用心棒を買って出たりするつもりだ」


「情報収集に際して、自由に動いていい、という事だね? ウェイド君。例えば僕なら、商人としてお金稼ぎしつつ情報収集してもいい、と」


「その通りだ、クレイ。ともかく、何も分からないこの魔王城下街がどんな場所で、魔王城に攻め入るに際して何が必要なのか、どんな障害があるのか。その情報を集めてきてくれ」


「意義なーし」「賛成」


 トキシィ、サンドラと賛成を示す。他の面々の顔もうかがうが、反対しそうな顔の奴はいない。


「じゃ、簡単だけど一旦これで決まりだ。みんなしばらくは、好きにこの街で過ごしてくれ。何かあったり、多分ないと思うが、やばいときは何かしら報告とか合図を頼むな」


 俺が言うと、みんなは顔を見合わせてカラカラと笑う。


 まぁ、うん。魔人兄妹を除けば、基本一人で街一つ滅ぼせるメンツだ。言う必要もなかっただろう。


「というわけで、俺は疲れたので一眠りしてから動き出すことにする。用事があったら起こしてくれ」


 俺が言って伸びをすると、アイスが「クレイくん、トキシィちゃん……っ」と声をかける。サンドラは気づけばいない。


 ムティーは頭をボリボリかきながら「オレも寝っか」とあくびをし、ピリア、スールも自室へと。魔人兄妹も「城下街は久々だな」「ねー。数百年ぶり?」と出かける準備を始める。


 その最中で、アイスが俺をチラと見た。アイスは、わずかに目を細め、それからクレイ、トキシィの二人を連れて、部屋を出る。








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