第313話 スールの支配領域

 スールの支配領域は、せっかくなので魔王城下街の塀を守る駐屯兵に向けて行われる、という予定で進んでいた。


「あちらですね。では、行ってきます」


 演説後の進軍を少しして、城門が見えてきた頃。俺たちの旅団は段取り通り森に隠れた。


 他方、例外的に出てくるのはウェイドパーティの面々と、スールの計六人だ。師匠のムティー、ピリアは関係ないので馬車の中で寝ている。


 俺はスールに話しかける。


「じゃあ、任せていいんだな?」


「ええ、お任せください。この位置から見ている分には、恐らく支配領域を観測しつつ、悪影響は及ばないはずですので」


「分かった」


 そんな訳で、俺たちは観戦としゃれ込むことにする。アイスが「観戦用に干し肉用意してある、よ……!」と笑顔で取り出したので、しゃぶりながら眺める。


 さて、スールである。スールはまっすぐに城壁まで歩み寄っていく。


「止まれ! 何用だ!」


 すると城兵が慣れた口振りで、スールを止めた。流石城下街は、兵士の機能が働いているらしい。


 スールは紳士的に笑みを返す。


「こんにちは、城兵の皆様。こたびは大した理由はございませんが、皆さんには全滅していただきます」


「敵だ! 総員! 魔王様に叱られずに嬲っていい敵が現れたぞ! 掛かれェッ!」


 スールの敵対宣言を受けて、瞬時に兵士たちは目の色を変える。俺は眺めながら「兵士でも魔人は魔人か」と言いながら肉をかじる。


 兵士たちはそれぞれ体の部位をなぞり、ルーン魔術を発動させて襲い掛かる。スールは奴らの肉薄に腕をなぞり、炎の剣を顕現させる。


 そして地面に突き刺し、前方へと剣を滑らせた。


「支配領域、『天空にかかる虹の橋ビフレスト』」


 世界が、変わる。


「!?」


 俺たちは気づけば、空の上にいた。


 足元は虹の橋に変わりその先でスールと兵士たちが対峙している。


 その兵士たちの内、スールの前に立ちふさがった数人以外、全員が橋から漏れて空に下に落ちていく。魔術は力を失い、抗うことなく死んでいく。


 俺はとっさに背後を見たが、そこには誰もいなかった。輝く光がそこにある。魔人たちは巻き込まれなかった、ということか。


「なっ、これは……!?」「支配領域だと!? クッ、勝てる相手では」「逃げ道はあるか! どこかに、突破口は!」


「そんなものはありませんよ。あなたたちの足場は、このビフレストだけ。そしてそれも、あなた方の背後から迫る我が軍勢によって焼け落ちていく」


 兵士たちは背後を見る。その先には、見るからに巨人と分かる、火を纏った巨大な騎馬の軍隊が、虹の橋を駆け抜けてくる。


 俺はその背後を第二の瞳、アジナー・チャクラで注視した。


 巨人の軍勢が走る後から、虹の橋が次々に焼け落ちていく。虹が焼け落ちる姿なんて、想像もしたことのない姿だ。


 俺は状況を理解する。敵兵はスールを倒さなければ前には進めない。スールを倒すのに時間をかけすぎても負ける。


 戦う場所を不安定で狭い橋に限定し、制限時間を押し付け、あぶれた相手は橋から落ちて排除される。


 それがスールの支配領域、ビフレストなのだ。


「……対大群戦で、展開するだけで9割は橋から落ちて死ぬんじゃないか? これ」


 橋から落ちた時点で魔術が力を失っていたのを見るに、多分橋の上から外れた時点で抵抗する手段を失う。


 ……これ、すごいな。俺でも距離次第で、戦うことすら許されずに殺されるぞ。


 これが支配領域か、と思う。初めて目の当たりにする、魔術の奥義。奥の手の奥の手。


 俺はごくりと唾を飲み下す。こんなのを使うような奴が、今後の敵になるのか。楽しみになってきたぞ、これは。


「くそっ、くそぉおおおおお!」「ひっ、怯むな! 正面から戦う分には、奴はただの魔人だァッ!」「突撃! 突撃ー!」


 兵士たちが破れかぶれで、魔術を行使し、槍を構えて挑んでくる。それにスールは、あくまでも優雅に炎の剣を振りかぶり―――


「魔人ながら、勝ちえぬ相手への挑戦、ご立派でした」


 一息で薙ぎ払う。魔人たちはそのひと振りで炎に呑まれ、炭になり、灰塵と帰した。


 世界がブレる。空にいたはずの俺たちは、気づけば最初のように、雪原の上に立っていた。


 スールが帰ってくる。視界の先を見れば、兵士たちの死体などどこにもなくて、傍から見ればただ兵士たちが忽然と消えたように見えるだろう。


「皆様、ただいま戻りました。我が奥義『ビフレスト』をご覧になられましたでしょうか?」


「ああ、体験させてもらった。遠くからでもすさまじかった」


 俺の返答に「ありがとうございます」とスールは腰を折る。俺以外のパーティメンバーは驚愕交じりに難しい顔で唸っている。


「質問なんだが、橋から落ちると魔法は使えないのか?」


「そうですね。魔法、というかあらゆる魔は、我がビフレストに阻害されます。この支配領域下においては、私は疑似的な神も同然。あらゆる魔は私に従属します」


 スールは微笑みながら続きを語る。


「その意味で、支配領域とは『自分ルールの決まった世界で相手を飲み込む』ことを指します。ビフレストのルールは、『橋から落ちるべからず』。それを破れば支配領域にただ呑まれるばかり」


 なるほど。やはり橋から落ちたら、何をどうしてもダメということか。俺は考える。


「となると、破る方法は、背後から迫る巨人に追いつかれる前に、スールを正面突破居ることだけ、か」


「そうなります。私はこう見えて一騎打ちに長けた魔術師ですから、それ以外を排除するビフレストはお気に入りなのです」


「なるほどなぁ……」


 面白い。直接の殺傷能力があるという以上に、自分の戦いやすい環境を、不利を相手に押し付けるのが支配領域の本質らしい。


「みんなも支配領域がどんなか、ちゃんと体験できたか?」


 俺が振り返ってパーティメンバーを見ると、真剣なまなざしで意見を交わしていた。


「わたしとの相性は、かなり悪い、かも……。どれだけ氷兵をそろえても、支配領域を使われた時点でほとんど落とされちゃう、から」とアイス。


「そうだねぇ……。私も結構やりづらいな。私飛び回ってかく乱しながら、毒攻撃で~、みたいなところあるし。正面対決厳しくて」とトキシィ。


「僕も苦戦しそうだ。ある程度土台がないとテュポーンが力をふるえない」とクレイ。


「あたしはいつも通り戦える」とサンドラ。


 俺はそれに苦笑する。とっくに使われたらどうなるか、というところまで思考が及んでいたらしい。何かこいつらも俺に似てきたなぁ、とむず痒い気持ちだ。


「ウェイドくん、は、どうする……?」


 アイスに問われ、俺は「そうだなぁ……」と考え、答えた。


「初手で落とされずに対峙できたらになるけど、スールを重力魔法で掴んで、橋の上からぽい、かなぁ」


「……絶対にウェイド様には、ビフレストは使わないと決めました」


 スールは苦笑しつつそう言った。








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