第312話 城下街突入前演説
奴隷含めて全員に、朝食の配給を済ませた後のこと。
俺はなるべく見晴らしのいい雪原の丘の上に立って、奴隷たちを前にしていた。
丘の向こうだから、ひとまずこの人数なら城下街側からこちらは見えないだろう。見えても丘上に立っている、俺くらいのものだ。
「……デカいな……」
まだ魔人奴隷たちがざわついているので、静かになるまで俺は城下街の様子を眺めていた。
広い街だ。それが小高い壁で覆われている。魔王城城下街。やっとたどり着いた。
壁の内側には様々な建物が連なり、それらの間を縫って、等間隔に塔が建てられている。外に六つ、内に四つ。
アレが、話に聞いた魔王城を守るタワー、という奴だろう。
そして、それらに囲われて、高く高く中央に伸びる巨大な城。
魔王ヘルの居城。俺たちが攻め入る先。今回の作戦の本丸だ。
だが、それだけではない。その周辺には、様々な巨大な彫刻が建造されている。蛇、狼、よく分からない奴。塔に並ぶほど巨大なそれら。
何とも豪勢で、禍々しい街並みだ。
俺は背後で魔人たちが静かになり始めたのを察知して、振り返った。
「さて奴隷ども、長旅ご苦労だった。いよいよ我々は魔王城城下街まであと少しの距離にまで迫った。まずはそれを労いたい」
俺が威勢のいい微笑みと共に言うと、魔人たちがざわめく。
「労う……? 労うってなんだ? 俺たちはもしかして、ご主人様から『頑張ったな』って言われてるってことか?」
「理解ができん……。普通主人ってのは奴隷の努力を無にして笑いものにするものじゃないのか」
「いいえ、私はまだ信じないわよ。ここに来て『実は今までの旅は壮大なドッキリだったんだ』って言われても私は驚かないわ」
「奴隷たちの人間不信がすごい」
いや、魔人不信か。妥当だな、と思いつつ、俺は続ける。
「ここから俺たちは魔王城城下街に侵入する。だが、この戦力で城下街をそのまま攻め落とせると考えるほど、俺たちはバカじゃない」
俺は身ぶりを交えて続ける。
「ならばどうするか。まず俺たちは城下街に侵入し、生活基盤を整え、城下街に馴染むことから始める。俺たちは散らばり、しかし情報と利益で緩く繋がりあう」
「裏切り者が出たらどうするの~?」
魔人兄妹の妹、ローロが挙手と共に言う。俺は答えた。
「どうもしない。何せ、裏切った時点でそいつは『魔王殺し』の祭りから、自分から外れるという罰が下るからだ。そんな面白くない奴は俺も願い下げだな」
俺の答えを聞いて、魔人の何割かが顔色を変える。『面白いから』で裏切りを考えていた奴が居たのだろう。
だがそれが一番面白くなければ、魔人はやらない。魔人の本質は不死の暇人。究極の快楽主義者だからだ。
「だから、奴隷どもは何か困ったら俺たちに助けを求めに来て良いし、逆に情報が手に入ったら持ってこい。貢献すればするほど、『面白い役どころ』を用意する」
「例えば、どんなものになりますか?」
魔人兄妹の兄、レンニルが問う。それに俺は、こう答えた。
「魔王城を守る魔術拠点を攻め入る侵攻部隊、街の民衆を裏から操る扇動部隊、そして肝心要の魔王討伐部隊への配属。つまりは、祭りの根幹だ」
『おおぉぉお……!』
魔人たちがどよめく。荒事も黒幕ムーブも楽しいからな。魔王討伐隊は、相当強くないと厳しいだろうが。
「まず俺たちは城下街に馴染む。お前らは思うはずだ。『じゃあ、その次は何だ?』と」
俺は獰猛に笑う。
「次に取り掛かるのは、城下街の崩壊だ」
魔人たちの目に、好奇の色が灯り始める。
「俺たちは大所帯だ。だから、馴染んでから一斉に情報を流し、経済を操り、邪魔ものを潰しにかかれば、街はそのようになる」
分かるか? 俺は問いかける。
「つまり、俺たちは人数でもって、魔王城城下街の『主』になるんだ。俺たちの意思が街を惑わし狂わせる。そうして最後に、ぶっ壊す」
そうなれば、あとは祭りの一番おいしいところだ。
「あとは暴れまわるだけだ。民衆を扇動し、殺し合わせ、俺たちはそのどさくさに紛れて防衛拠点をすべて落とし、魔王城へと攻め込む」
魔人たちが、口々に言いあう。
「つまりは、略奪だな」「ハハハ、楽しくなってきやがった」「食い物に金銀財宝、くぅう涎が止まらねぇ!」
「いい男、いっぱい殺したいわ」「俺はガキをたくさん食いたいなぁ」「泣き叫んでたら誰でもいいですね。早くやりたいです」
「魔王様に挑んで塵みたいに吹き飛ばされたいかも」「適当に他の魔人食い殺しまくって、今のうちに強さ取り戻しておくか」「ご主人様の近くで復活して無限特攻するかね」
魔人たちは己の悪辣さを隠そうともせずに、欲望を口々に言いあう。おぞましい連中だ。だが、楽しませている内は、奴らが味方となる。
それに、奴らの悪辣さを気にしても仕方がない。
どうせその対象となる城下街の魔人どもも、こいつらの同類だ。
「さて! あらましは分かったな奴隷ども! ここからが今回の本題だ!」
俺が大声で言うと、魔人たちは口を閉ざす。
「俺たちは城下街に近づいた! しかしこの大所帯で入り込もうとすれば、外敵の侵攻とバレて戦争が始まる! そんな面倒くさいことはしない!」
ならばどうするか。
「俺たちには、策がある。俺たちが侵入する城門一体の兵だけを、速やかにひそやかに全滅させることが、俺たちにはできる」
俺は振り返り、後ろで控えていた彼に声をかける。
「スール」
「はい、ウェイド様」
俺の声掛けに従って、スールが前に出た。
「こいつはスール、凄腕の魔術師だ。どのくらい凄腕かと言えば、魔術の粋、『支配領域』を使えるくらいにな」
それを聞いて、魔人たちが瞠目する。
「支配領域使えるのかあいつ……!」「いや、それはすごいな。真面目だった時に習得を頑張ったことがあったけど、支配領域は無理だった」「痛いからなぁルーン刻み」
多かれ少なかれ魔術を皆使える魔人たちでも、この反応だ。本当に凄腕なのだろうと思わせられる。
一方で思うのが、こういう『奥義』が平然と皆に知られているということ。地上では違う。魔法のうわべだけしか知らない連中も多い。
その差は、生きている年数か。死なないということが、この差を生むのか。
俺は思考を打ち切って続ける。
「侵入は、このスールの支配領域で城兵を消して侵入、そのすぐ後に離散する。その後は各自、上手く潜り込んでくれ」
「うまくってどんな感じですか」
名も知らぬ魔人が問う。俺はにこやかに笑い返した。
「そのくらい自分で考えろ」
演説を終えて、魔人たちのガヤを突っぱねて戻ると、「ウェイド様、演説お疲れさまでした」と近づいてくる影があった。
漆黒の長髪をなびかせた、褐色肌の美男子。このニブルヘイムの案内人。魔術師スールが、俺たちに近づいてくる。
「スール、おはよう。ま、このくらいはな」
「いえいえ、以前から、ウェイド様の演説には卓越したものを感じておりました」
「持ち上げてくれてよ」
スールは真顔で褒めてくるからむず痒い。
「そういうスールはどうしたんだ? 何か俺に用があるんだろ?」
「ウェイド様に隠し事は出来ませんね。というのも、もうすぐ城下街に入りますから、その前に強力な魔人の話をしておこうと思ったのです」
「強力な魔人」
いいな。魔人について、さらに詳しく知れるなら知りたいところだ。
「強力な魔人っていうのは、どんな奴なんだ?」
俺が興味津々で食いつくと、スールは微笑ましそうに答える。
「一般的に、魔術の奥義を使える魔人のことを指しています」
奥義とな。
「奥義、か……なるほど、それは確かに知っておきたいな」
「はい。ですから、ワタシも一応その奥義が使える身ですので、実演してお見せしようかと」
「お、実演か! それは助かるな」
すでに戦った領主バエル、邪神ヘイムダルも大概強かったが、スールが言わないってことは、その奥義は発動されなかったのだろう。
強力な魔人。それらが使う魔術の奥義。俺はワクワクで続ける。
「それならせっかくだし、すでに知ってるはずの師匠連中を除いた、俺のパーティ全員に見せて欲しいところだが」
俺が言うと「そうだね」とクレイが追従する。近くで聞き耳を立てていたらしく、そのまま歩み寄ってきた。
「スールさん、それなら僕たちウェイドパーティ全員に見せられるような形で行ってもらうことは出来ますか?」
「……そう、ですね。いえ、それが望ましいことはワタシも重々承知しているのですが」
「スールさん、何か懸念が?」
クレイの確認に、スールは苦渋の顔で言った。
「その、俗に言う必殺技に近いものでして、特にワタシのそれは危険ですので……」
「ああ、俺を探してたっていうのはつまり、『俺相手に実演しても別に死なんだろ』ってことか」
「ウェイド様以外は、誤って殺してしまう可能性が、その、はい……」
超危険だなそれ、と俺はちょっとワクワクしてしまう。一方クレイは渋い顔。
「僕も頑丈なつもりですが」
「それは、もちろん。ただその、そういうのではなくてですね。つまり防御が固くても貫通する特性があるといいますか。もっと言うなら不死も殺せるといいますか」
それを聞いて、俺とクレイは嫌な顔だ。俺は眉根を寄せて尋ね返す。
「マジで強くないかそれ。逆に何で俺なら大丈夫だと思ったんだよ」
「ウェイド様は理屈を超えて『何とかなるだろう』という説得力がありますから」
スールがキョトンとして言う。クレイが「確かに!」と強く手の平を拳で叩いて納得のポーズをとる。
俺は虚無の顔になった。
「……まぁいいや。ひとまず、概要を教えてくれ。そしたら都合のいい状況を考えるから」
「お手数おかけします……。バエル戦では特性上、役に立てず申し訳ない」
色黒美男子スールは、出会って以来ずっと苦労人のイメージがあるなぁと思いつつ、俺は無言で先を促す。
スールは一つ咳払いをして、語り始めた。
「魔術の奥義とは、すなわち『魔法に定められた法から、最も外れた術』ということです。その本質は簒奪。神なる世界を神から奪う所業に他なりません」
スールは左腕を地面に平行に構え、その上で右手を広げる。左腕は地面を表していて、つまりは地上の話をしようとしている。
「地上は、真に神の領域です。ですから神の奇跡の真似事たる魔が、神の法の下に行使される。すなわち魔法。魔法が使えるのは、神の領域だからです」
しかし、とスールは右手を左腕の下に回す。地下の話か、と俺は思う。
「本来ならば、この世界のすべては神の領域のはず。ではこの地下世界は、どうして魔人が蔓延り魔術が栄えるのか。それは、魔王が神の領域を奪ったからです」
「魔王はニブルヘイムじゃ、人間にとっての神みたいだな、とは思ってた」
「その通り。神が人間の後ろ盾となるなら、魔王は魔人の後ろ盾です。つまり、魔王は神の領域を奪い支配している。魔王が地下世界にルールを課すことができるのはそれゆえ」
俺は頷く。かつて魔人の頭の中を覗き見ようとしたとき、すでに死んだとされる魔王に裁かれた。あれはつまり、地上の神罰に等しいものだったということか。
「しかし、魔王が神から領域を奪った方法は、特別なものではありません。魔人と同じ魔術です。言い換えましょう。魔術には、神から世界を奪う術がある」
スールは、片眼をつむり、俺を見据える。
「名を、『支配領域』。神から世界の一部、領域を奪い、自らの支配下とする魔術です」
その仰々しさに、物々しさに、俺は思わず口端を吊り上げる。
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