後章1・バザール荒らし

第310話 魔王城城下街へ

 魔王城に向けて出発してから数か月が経った。


 移動は大所帯。何故なら、バエル領にいた魔人のほとんどを奴隷にして、俺たちは移動したからだ。


 苦労続きの日々。だがそれももうすぐ終わる。何せあと少しで魔王城城下街――――


 そんなある朝のこと。腹部に違和感を覚えて目を覚ますと、内臓を魔人に貪り食われていた。


「あ、ご主人様起きた? おはよ~」


「おはようございます、ご主人様。先に朝食をもらってます」


 起きた俺に平然と挨拶する魔人は、最初に奴隷になった魔人兄妹、レンニルにローロだった。地上で人間を食い散らかしていたので殺した魔人でもある。


 まぁまぁよくしてやっているので、そこそこに懐いてくれている……と思っていたのだが。


「え? 何? 反逆? ごふっ」


「にひひっ、ご主人様驚いてる~♪ ちょっとしたサプライズだよ~!」


「すいません、起こしに来たのですが、小腹がすいて……」


「小腹がすいたらご主人様を食うのかお前ら」


「うん!」「はい。……人間はあまりそういうことはないのですか?」


 俺の抗議中も、構わずむしゃむしゃと俺の内臓を引きずり出して食う魔人兄妹である。顔の周りなんか血でべったりだ。俺の。


「……はぁ」


 俺は、魔人は本当に分かり合えないんだな、とため息を吐いてから、「食うの止めろ」と命じた。


 すると、兄妹たちは食べる手をぴたりと止める。主人と奴隷の関係性は、命令の時に明確に発揮される。


 奴隷としては躾のなってる方か、と俺は自分に言い聞かせつつ、中身の食い破られた自らの内臓に視線を下ろす。


 それは、すでに治っていた。服ごと、すべてだ。アナハタチャクラがあって良かった、というか。覚えてなかったらこんな日常の一幕で死んでたのか、というか。


 地獄は地獄か、と思いながら、俺は睨み顔で言う。


「寝てる間に主人に反逆する奴隷は、いっぺん殺して、故郷の寒村に二人追い返してもいいんだぞ」


 魔人は死んだら故郷に帰る。本質的に亡者だから、塩の柱となって転生するまでは不死なのだ。


 だから俺は、この旅の一行から追放するぞ、という意味合いで二人を脅す。


 すると、小生意気な小柄の少女魔人、ローロが「ぷふー!」とあざけるように笑って、言い返してきた。


「ざ~んね~んでした~! もうご主人様に復活座標変えちゃったから、どこで死んでもご主人様の近くで復活しま~す!」


 ベロベロバー! とローロは言う。


「……レンニル、ローロの言ってる意味が分からん。どういう意味だこれ?」


「ああ、魔人の復活場所は、本人の意向で変えられるのですよ。奴隷になっても死ねば逃げられる一方で、好きな場所からも強制的に飛ばされては本末転倒ですから」


「便利だなぁ魔人の復活システム」


 嫌いな主人の奴隷になったなら、隙を見て死ねば逃げられるし、好きな主人の奴隷なら主人の近くに復活できる、というわけだ。


 好きな主人ねぇ、とローロを見て思うが。完全にバカにしてるだろこいつ。


 俺はローロから視線を外し、レンニルに問う。


「レンニルもそうなのか?」


「はい。というか、ご主人様についてきている魔人奴隷たちは大半がもう変えていると思いますよ。この旅は中々に快適でしたし」


「まぁ食いっぱぐれることはないようにしたしな」


 俺はなるほどなるほど、と頷いてから、二人に言った。


「ってことは、これからはお前らを殺しても追放みたいな大きな意味にならないから、サクッと殺せるわけだな?」


「ひぅっ」「あっ、しまっ」


「デコピンの刑」


 俺はアナハタチャクラの肉体改造、重力魔法による威力増強の重ね掛けをしたデコピンを二人に放ち、その頭を吹き飛ばす。それはもうパァンッと。


 頭が弾けて死に、「いった~い!」「これからは小腹がすいてもご主人様は食べないようにするか……」と復活する二人を置いて、俺は立ち上がる。


「ご主人様? どこいくの?」


「ちょっと外にな」


「行ってらっしゃいませ」「行ってらっしゃ~い」


「自分の死体は片しとけよ」


「分かりました。朝食にします」「はぁ~い。あ、お兄ちゃん。朝ごはん交換しよ? 自分のお肉食べ飽きちゃった」


 死体の尊厳って何? みたいな会話を地で繰り広げる兄妹に、俺は後ろ手で挨拶して、頭の付け角の位置を調整し、テントを出る。


 外に広がるのは一面白銀の世界。


 常に雪の降り積もる、魔王城城下街への道程。その途中の、深い森の中。


 周囲を見回せば道にびっしりと、俺の仲間や奴隷たちのテントが、大量に広がっている。


「……改めて振り返ると、かなりの大所帯だよなぁ」


 魔王城城下街まで、あと一日。


 ニブルヘイムにおける魔王討伐の旅は、いよいよ敵の本拠地に辿り着こうとしていた。











 俺の演説の後、かき集めた魔人たち全員を連れての大移動ということになった。


 目的地は言わずもがなの魔王城城下街。


 ここまでの道程は、それはもう大変だった。


 例えば奴隷魔人たちの反乱。通りがかりの村での襲撃。野生の魔物の群れとの激闘……。とにかく無駄な戦いが本当に多い道のりだった。


「何で魔人たちは定期的に襲い掛かってくるんだ……?」


「ご主人! お覚悟! おごっ!?」


「朝からうざい」


 俺は先ほど魔人兄妹からいいことを聞いたので、特に手加減せずに襲い掛かってきた魔人を拳で貫く。


「ぐ……さすがはご主人……! だが油断するなよ。暇を持て余したアンタの奴隷が、次々に暇つぶしに襲い掛かってくるだろう……!」


「奴隷って何だったか何も分からなくなってきたな」


 拳を引き抜く。魔人が絶命する。今しがた殺した魔人が復活して、「じゃあ俺、これで朝ご飯にするんで」と言って自分の死体を引きずっていく。


「……」


 自分で自分を食うの、抵抗感とかないのだろうか。ないんだろうな。かつては知らないが、今は絶対ない。


 そんなあまりに軽々しく行われる反逆の数々に、俺は決める。


「防御固めよ……」


 俺は朝食前の訓練がてら、近くの森に入っていく。


 サクサクと処女雪の積もる地面を歩くと、クレイが訓練をしていた。森の中でも開けた場所だ。


「よう」


「おや、おはようウェイド君」


 クレイは、この寒い中で、上半身裸で訓練をしていたようだった。見れば運動の激しさに、汗が湯気のように肌から揺らぎ立ち上っている。


「今日も精が出るな」


「ウェイド君も、魔人たちから慕われているようじゃないか」


「今朝だけで二人に食われて一人に襲撃を受けたが」


「彼らのアレは遊びだろう?」


 からかうように言われて、俺は「勘弁してくれ」と肩を竦める。


「僕も彼らの性根が分かってから、あんまり嫌いじゃなくなってきてね。要するに度が過ぎた悪戯っ子たちなんだよ、彼らは」


「だとしてもアレくらい絡まれると流石になぁ……。っていうか、クレイたちはそんなに絡まれないのか?」


「僕の場合はほら、テュポーンが脅威に自動撃退するから」


 クレイは言って、左手の甲、右手だと魔法印がある辺りを指で叩く。


 するとそこに、にゅっと顔ができた。


『ファア……何ダ? クレイ。敵カ?』


「この状態をウェイド君に見せたことがなかったから、顔見せをね」


『ム。オォ、確かにナァ。本来の姿ナラ、立つだけで天を衝くオレノ、こんな小さな姿ハ貴重だろうからナァ! よく見ておけヨ!』


「テュポーンいいなぁ。お前常に機嫌がいいからクレイが羨ましい」


「あげないよ」


『クレイが死ぬマデはクレイの召喚獣として振舞うゾ! ガハハハハー!』


 ということらしい。俺は「そうかい」と笑って受け流し、それから少し考えて、こう持ち掛けた。


「そうだな、ちょうどいいから、相談に乗ってくれよ」


「? もちろん構わないよ。何か困りごとが?」


「困りごとっていうか、まぁその通りなんだけどさ。ちょっと無敵の防御力でも、今のうちに身に着けておこうかって思って」


「ちょっとじゃないね」


 クレイはいつもの通り、穏やかな微笑みと共に切って捨てた。









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