第309話 魔人たちに告ぐ

 領地を覆う霧が消えて半日、俺たちは魔人狩りに勤しんでいた。


「こんな小さな領地でも、かき集めればまぁまぁ居たな」


 バエル城跡地の崖下に、アイスの氷兵が連行したこの地域の魔人たちが、無数に集まっている。それを俺は、バエル城跡地から見下ろしていた。


 このバエル領は、先刻の戦いでボロボロになっていた。邪神戦で魔人たちがほとんど巻き込まれて死と復活で社会形態が破壊され、バエル戦で物理的に荒れ放題だ。


 そこに、復活地点に襲い掛かる俺たちである。俺たちの姿はあれだけの大暴れで目立たない訳がなく、現れるだけで全員が平伏して言うことを聞いた。


 だから、こうやってひとところに集めるのも、そう手間ではなかった、というところだ。にしたって半日はかかったけどな。


「ざっと千人くらい?」


「あ、数えたら、1268人だった、よ……っ」


「お、アイスありがとな。まぁまぁ集まったか。いい感じだ」


 隣で氷兵の指揮を執っていたアイスが言う。俺は頷いて、魔人連中が集まる崖下の平地の前、少し高く盛り上がった丘へと跳躍した。


 空中を自由落下して、風がものすごい勢いで俺の肌を撫でていく。ニブルヘイムは常に雪が降っているから、冷たいことこの上ない。


 地面が近づいてきたので、俺は「リポーション」と【反発】で勢いを殺して、ゆっくりと着地した。魔人たちの群れが、「おぉ……」と感心とざわめきをもって俺を迎える。


 仲間たちは、この状況についてまちまちの関わり方をしていた。魔人の反抗対策でテュポーンと共に監視するクレイみたいなのもいれば、観客気分のムティーみたいなのもいる。


 だが、俺は俺らしくやるだけだ。


 俺は大声で呼びかけた。


「傾聴。まさか邪神やバエルの二の舞になりたい奴はいないと思うが」


 シン、と場が静まっていく。騒げば殺す、と言外に言われれば、魔人とてひとまず黙る。


 俺はにこやかに微笑み、言葉を続けた。


「まずは自己紹介だな。村長合議によって呼び出された邪神を殺して村長合議における議長の立場を得、かつ領主バエルを殺して新たなる領主となったウェイドだ。よろしく」


『―――――』


 魔人たちの沈黙に、戦慄と緊張が走る。一部にのみ承知されていた畏怖が、魔人たち全員に伝播する。


「今後のバエル領についての運営について話す。まず、村長合議は解散。村長にかかった魔術式は破壊処理とする」


 俺の宣言で、俺にかかっていた魔術の楔が崩れたのが分かった。これだったのか。


 魔術、ぐちゃぐちゃだから自力で解くのややこしいんだよな。助かったぜ。これでもう合議に呼ばれて強制ワープすることもなくなる。


「続いて、領民の扱いについて述べる」


 俺の言葉に魔人たちの緊張が張り詰める。


「領民は全員俺の奴隷とする。待遇は命令の絶対順守、および領民全員で魔王城城下街へと進行する。逃亡は許さないが、飢えたり無駄に死なない程度に配慮しよう」


 その言葉で、魔人たちが騒然とする。奴隷化については、魔人は何も思わない。だが奴隷というだけで、ある程度ひどい扱いという認識にはなる。


 しかし、俺の言葉は地獄の領主としてはあまりに優しい部類だったのだろう。


「あ、あのっ」


 前列の魔人が手を挙げる。っていうかレンニルじゃん。隣りにローロもいる。最初に出会った魔人兄妹だ。


「発言を許す。何だ?」


「い、意図が気になります! 魔王城城下街に領民全員で向かう意図と、かつてない好待遇を我々に約束いただける意図は何でしょうか!?」


「……うん。配慮するって言っただけで『かつてない好待遇』なんだからすげーよなニブルヘイム。じゃなくって」


 俺は咳払いをして答える。


「意図を説明するには、まず俺たちについての背景を説明する必要がある」


 言いながら、俺はニブルヘイムに降り立ってからつけっぱなしでいた、を取り外した。


『――――――――ッ!?』


 魔人たちの騒ぎはかつてないほどのものになる。恐怖とあざけり、怒りと動揺。様々な感情が混ざり合って、暴動のような声が上がる。


「人間!?」「ってことは何だ? 邪神と悪魔を人間が殺したのか!?」「に、人間があんな強い訳ねぇだろ! 俺は信じねぇぞ!」「やばい、ヤバいって。これ本当にまずい奴だって!」


 魔人は亡者だ。ムティーはそう言った。だが、魔人の人間に対する認識は、あざけりと恐怖が入り混じったものだ。


 ―――奴らは死んだら生き返れない程度の存在だ。


 ―――だが地獄に降りてくるような人間は、死すらものともしない。


 恐らく、魔人たちは元々自らが人間だったことを知らない。記憶を失うのだろう。そもそも普通にしていれば大迷宮も登れない。たまに運よく登れる魔人兄妹みたいなのもいるが。


 だから、存在だけ知っている。下等で脆弱な、弱い生物。神に見放された自分たちとは違う輩。しかし出会うとすれば大迷宮を乗り越えた異常個体。


 俺は、その認識を逆手に取る。


「全員! 今すぐ黙れ!」


 俺が怒気を込めて叫ぶと、戦慄と恐怖でもって瞬時に場が静まった。


「そうだ。俺は人間だ。俺の仲間もほぼそうだ。お前ら魔人にとっては食い物同然の生物だ。だが俺はお前ら全員を今すぐ殺せるほど強い。お前らはなす術もない」


 俺が言うと、魔人たちの顔に悔しさがにじむ。悔しいと感じながらどうにもできない状況。それを人は屈服と呼ぶ。


 そこに、餌を差し出す。


「だが、気にならないか? 何でそんな人間が、わざわざお前らを集めて、殺しもせずこうやって話しかけてるのが」


『……!』


 魔人たちは目くばせをし合い、僅かなどよめきを起こし、再び静かに俺を見据えだす。


「……何故ですか」


 皆を代弁するように、レンニルが俺に問いかけた。


 俺は笑みを湛えて答える。


「魔王を殺すためだ」


 魔人たち全員が、息を呑む。


「やっぱりだ! あいつ! あいつ!」「やっぱり人間はクソじゃねぇか!」「いや、待てよ。魔王様を殺すなら、なおさら俺たちに話しかけてる理由が分からん」「確かに……」


 俺は荒れる魔人たちを見て、魔王は地獄における神に近いのだろうと思う。魔術も魔王あってのものらしいしな。だから信仰心は人間が神を敬うそれと似る。


 だがそれは、俺が邪神を殺したように、絶対のものではない。


 冷静に分析しつつ、俺はざわめきを上塗りするように声を張り上げる。


「矛盾していると思うか!? 魔王を殺すなら何故自分たちを生かすのかと! 確かに魔王はお前らが戴く王だ! 魔王が敵なら魔人も敵だ!」


 だが! と俺はさらに大声を張り上げて、魔人たちのどよめきを完全にかき消す。


「俺はお前らの性根を知っている! 飢えてるんだろ!? 娯楽に! お前らが本当に恐れているのは、退屈だろ!?」


 魔族の核心を突く言葉に、俺の大きすぎる声量に、場が静まり返る。俺は声のトーンを落として、ニヤリと、悪魔のように呼び掛けた。


「だから、お前らは、呼びかければ乗ると思ったんだ」


「……何に、ですか」


 レンニルは冷や汗を流しながら問い返す。俺はククッと嗤って、言った。




「お前ら、俺と一緒に魔王殺さないか?」




 俺の呼びかけに。


 魔人たちはとうとう身じろぎ一つできなくなった。


「人間の俺が魔王を殺すのは、まぁ普通だ。勇者って奴だな。お前らはそこに立ちふさがる。これも普通だ」


 俺は朗々と語る。


「だが、そんなしみったれた普通は、お前ら飽き飽きしてるんじゃないか? 略奪も普通。戦争も普通。普通普通普通普通。お前らは短絡的な地獄の普通に飽きている」


 だが、と俺はニタリと呼びかける。


「そんなお前らが、俺に付いて、魔王殺しを手伝うのは、異常だ」


 俺は、間を置くように口を閉ざす。


 少しだけ黙る。


 沈黙が、痛いほど張り詰めている。


「魔人は不死だ」


 奴らを翻弄するように、俺は再び楽しく語り掛ける。


「だが、いずれ飽きの末に塩の柱になる。それそのものは別にいい。だが過程は嫌だろ? 何せそこにあるのは退屈の極致だ。金持ちだろうが、奴隷だろうが、いずれ必ず訪れるつまらなさの究極点だ」


 なぁ。


「飽きるってのはさ、普通の先にあるもんだ。けど、お前ら魔人が魔王を殺せる機会は、異常という名の特別なチャンスは、今回を逃せばいつ来るんだ?」


『……』


 恐怖。魔人全員が、恐怖している。崇める魔王を自ら殺すという恐怖。だが一方で、俺の言葉に甘美な何かを嗅ぎ取り始めている。


 俺はそこに、熱狂の種を落とす。


「そうだ。永遠に来ない。お前らだけだ。お前らだけが、この長い長い永遠で、唯一、一度だけ、たった一度だけの『魔人の身で魔王を殺す機会』に直面している」


 言葉を重ね、種に水をやる。


「なら、何を迷うことがある? 状況が分からないなら教えてやる。俺が言ってるのは、つまりってことだ」


 ささやき、そそのかし、芽吹きを誘う。


「魔王殺しの祭りだ。お前らの退屈を吹き飛ばす、魔王城下街を燃やし尽くす派手な花火を、これから上げようって話をしてんだ……!」


 俺が畳みかけるように語り掛けると、魔人たちの興味が、短絡的な一興を愛する本能が、魔王に対する畏敬を、魔王を殺す恐怖を上回り始める。


 神は殺せる。


 物理的にも、信仰すらも。


「だから、乗らないか? いいや、乗れ。どうせお前らのご主人様は俺だ。違うか!?」


「ち、違いません! すでにあなたは、我々の主です!」


「そ、そうだよー! と、とっくにバエル領の領民は、ご主人様の奴隷だし!」


 魔人兄妹の声が呼び水になる。兄妹たちの村の魔人たちが続々と「あのご主人様の下だと良い思い出来るしな!」「それだけでも悪くねぇ!」と声を上げる。


「そうだ! これから始まるのは盛大な祭りだ! お前らは魔人でありながら、魔王を殺す祭りに参加できる選ばれた魔人たちだ! ここで踊らないバカはいるかァ!」


「う、お、俺は乗るぞ! 何か楽しそうに思えてきた!」「マジかよ……! いやでも、ここで乗らなきゃ二度と魔王様殺すなんてことないだろうしな……」「どうせ奴隷だし乗っとくか!」


 ざわめきと熱狂が渦を巻く。魔人たちの誰もがワクワクした面持ちで俺を見上げている。


「そうだ! どうせお前ら奴隷には自由はない! だったらせっかくだし乗っておけ! さぁ奴隷ども! 魔王を殺すぞ! 腕を上げろぉ! 叫べ!」


 さぁ、仕上げだ。俺は腕と声を張り上げる。


「魔王を殺すぞ!」


『魔王を殺すぞ!』


「魔王を殺すぞ!!!!」


『魔王を殺すぞ!!!!』


「魔王を殺すぞ!!!!!!!!!」


『魔王を殺すぞ!!!!!!!!!』


「っしゃあ祭りの始まりだ! 雄たけびを上げろぉおおおおおお!」


『ウォォオオオオオオオオオオオオ!』


 熱狂が生まれる。魔人千人強が魔王殺しに一興を見出す。二度とは来ない一興だ。見てるだけじゃあもったいない一興だ。だから踊れ魔人ども!


 この状況にムティーとピリアは爆笑している。パーティメンバーは「相変わらず演説が上手いねウェイド君は」「アレは演説じゃなくて扇動でしょ」「プロパガンダ」とか言ってる。


 巨大な氷鳥に乗って再び俺の横に訪れたアイスが、嬉しそうに笑った。


「ウェイドくん、楽しそう……っ」


「ハハハッ! こういうライブ感、結構好きなんだ。これで魔人たちはノリで俺たちに付いた。あとは熱を切らさないように、上手く運ばないとな」


 魔人たちは冷めやらない熱に叫び続ける。吹雪の中でもそれは熱をもって響いている。


 俺はそれを見て「さ、ここからが魔王討伐の本番だぜ」とアイスの手を取って、颯爽と高台から降りるのだった。

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