第308話 邪神●●●●●攻略戦・後
俺は、分担を決める。
「アイスは散らばってる魔人たちを拘束。トキシィは巨人、俺とムティーは邪神で行こう」
「「了解」」「おう。じゃあ神殺しと行こうじゃねぇか」
アイスは俺から離れると、氷の鳥に乗って再び上空に戻っていった。鳥が飛んだ軌跡から、氷の残滓が地面に降り注ぐ。それが瞬く間に巨大化し、一体の氷兵になっていく。
トキシィはさらに翼で飛び上がり、巨人を前に目をギラつかせていた。魔人たちの巨人は、威嚇するように異音を上げる。だが、トキシィは怯まない。
俺たちは着地し、魔人たちが氷兵たちに瞬時に拘束されていく横を歩いて、邪神の前に立った。邪神は病的に白い肌に血走った眼を浮かべ、俺たちを凝視している。
ということで、邪神の相手は、俺とムティーで務める、二対一だ。
他方骨の巨人は、トキシィが捌く。
無数に群れる魔人たちは、アイスの氷兵が鎮圧する。
四人は過剰戦力かと思っていたが、流石は神。ちょうどいい塩梅になってしまった。
俺は「一人で挑めばもっと楽しかったのかもなぁ」と呟き、ムティーに「生意気な弟子がよ」とからかわれる。
そして深呼吸を一つ。意識を入れ替え、俺は邪神を見据えた。
見れば、トキシィが浴びせた毒で肌が溶けていたはずなのだが、治っていた。俺の心を読んだのか「神を殺す毒でも、神話圏違いの神にはこんなもんだ」とムティーは言う。
まぁいい。俺たちは、揃って邪神を挑発する。
「よう、邪神。恨みはないが、ここで殺すぜ」
「神殺しは久しぶりだな。お前の名は何だ、クソ邪神。すぐに明らかにして、ひねりつぶしてやるよ」
「―――!」
憤怒を湛え、邪神は俺たちを睨みつける。その手は角笛を腰に収め、虚空から綱を引き出した。
それは、手綱だった。
虚空から馬を引きずり出し、邪神は瞬時にその背に乗る。その勢いで、邪神は村中を駆け始めた。角笛を再び手に取り、吹き鳴らす。
すると、魔人たちが頭を抱え唸りだし、魔人ごとに異なる体の部位を輝かせ始めた。俺はそれに警戒する。
「邪神がやってるのは、何だ。魔人を強化してるのか?」
「そんなとこだろうな。ほれ、巨人も全身ピカピカだ」
「ふーん……。ま、一発入れてから考えるか」
とりあえず俺はデュランダルを振りかぶり、邪神目がけて一閃する。だが直前で光に包まれた邪神は、デュランダルをすり抜けて走り続ける。
「は?」
「おい気が早ぇよ。まずは神の名を当てるところからって言っただろうが」
「あー、そう言う感じか。ロマンの初見無敵みたいなのが付いてんだな神って」
むしろ初見なのにダメージ入れたトキシィの毒がすごいという話かもしれない。流石神を殺す毒。
感心していると、魔人たちが俺たちに襲い掛かってきた。仕方ない、まずはこいつらからか、と剣を構えると、空から声が降ってくる。
「ウェイドくんたちは、邪神に集中してて……っ! 魔人は、わたしが請け負う、から」
襲い掛かろうとする魔人を、背後から氷兵たちが襲っていく。だが魔人たちも単なる魔人ではない。邪神に強化された魔人だ。一息でそれぞれ巨大な魔術を行使しようとした。
だがそれを、アイスの氷兵はものともしない。
例えば襲い来る巨大な炎の奔流も、素早く氷に浮かべたルーンをなぞって耐え、突破。例えば不思議に襲い来る魔獣も、氷兵数体で同時に襲って速やかに縛り上げた。
「うお」
俺は思わず声を上げる。氷兵はまるで一人一人が意志を盛ったルーン魔法使いの剣士のように、魔術をルーンで退け、切込み、時には連携を取って鮮やかに処していく。
表面だけを見れば、無敵の熟練兵揃いの軍隊、という風だった。氷兵は砕けてもすぐさま氷を復元し挑みなおす。たった一体で、不死の金等級ほどの力を発揮する。
「大量の氷兵の活躍を目の当たりにするのは、実はこれが初か俺」
眼で見て深く納得する。なるほど、これなら背中を預けるのにも不安はない。一人いるだけで戦況の変わる金等級を、一人で量産できるとは。みんながアイスを推すわけだ。
「分かった! アイスに全員任せる! ムティー、神殺しの手順を、改めて教えてくれ。名を明かす、だったか?」
俺が言うとアイスは「任せ、て……っ!」と空で答え、ムティーは「おう。まずはそこからだ」と頷く。
ムティーは、駆けまわる邪神を指さす。
「神殺しの流れは、まず名を当て、その神話の役割と、ある場合は死因を突きとめる」
「それは分かってる。それで?」
「そこからは適当だ。実力でどうとでもする。だから、重要なのは名前当てなんだよ」
例えば、とムティーは言う。
「奴は北欧神話の神だ。ここは北欧神話の地獄、ニブルヘイムだからそれは間違いない。あと、黒い光が度々輝くな。なら、光の神でもあるんだろう」
となると、とムティーは言う。
「北欧神話の光の神、なんつったら目立つのは二柱だけだ。バルドルとヘイムダル。あとは角笛を持ってるってのも特徴的だな。なら、ヘイムダルで決まりだ」
その名を呼ばれた瞬間、邪神は―――ヘイムダルは、明らかに反応した。手綱を握り、俺たちを睨みつけ、角笛をこちらに吹く。
その音は、今までとは何か毛色が違った。体に入り込もうとするのではない。もっと深くの至るような―――。
咄嗟に回避する。だがヘイムダルは、まるで未来を見たかのように的確に、俺たちを狙い撃った。
「っと。だから神殺しってのは面白い」
ムティーのボヤキの直後、俺とムティーのチャクラが、粉々に砕かれる。
「っ! うぉおマジかよ!」
「慌てんじゃねぇ! こういう時はどうするって教えただろうが!」
「
「そうだ!
俺たちは揃って
「くっ!」「はっはー! 焦ってやがるなヘイムダル!」
俺たちはそれを躱し、しかし読まれていたかのように馬で轢かれた。俺はそれで体を一瞬バラバラにされる。ムティーは防御したが、「腕一本は取られるか。滾るぜ」と笑った。
瞬時に俺は復活し、ムティーも腕を再生させる。
「ムティーが傷つくような敵、存在するんだな」
「そりゃあ神だぜ? だが、この程度ならそう大したことねぇ。やっぱ軍神とか主神級以外ならそう困んねぇな」
ケタケタ笑って、ムティーはヘイムダルを観察する。ヘイムダルは少し離れたところで馬を方向転換させ、ふたたびこちらに向かってくる。
「今度は突進直前でチャクラを破壊するつもりだな? 着々とオレたちを殺そうとしてやがる。流石は神の角笛、ギャラルホルンってか」
「つーかムティー! 名前が分かったんなら、弱点を教えろよ! こっちは神話の勉強なんかしてないんだって!」
「ギャハハハハッ! 焦れ焦れアホ弟子が! っつーかヘイムダルの弱点って何だ? ラグナロクでロキに殺されてたし、それが弱点か?」
「誰だよロキって! 聞いたことある気がするけど、どんな神か知らねぇよ!」
「なぁんだったか。トリックスターだの何だのってのは知ってるが。確か炎の神だったか?」
「炎だな! クソ、スールはこっちに割り振るべきだったか! まぁいい、どうとでもしてやる!」
言っている間にも、ヘイムダルは至近距離まで迫っている。角笛ギャラルホルンが鳴る。俺たちのチャクラが砕ける。馬に乗ったヘイムダルが迫る。
だが、俺とてチャクラだけの男ではない。
「ディープグラヴィティ! オブジェクトポイントチェンジ!」
俺の重力魔法は、神の愛を伴ったそれだ。だから神にも通じる。単なる重力魔法に対して防御が張ってあっても、ディープグラヴィティの【崩壊】はそれを突き破る。
俺はヘイムダルの神威を【崩壊】で破壊し、重力魔法で横倒しにした。ヘイムダルは馬ごと横転し、地面を転がった。
雪をまき散らしながら一柱と一頭は地面を滑る。俺はデュランダルを手にし、大ルーンをなぞった。
「デュランダル、再現しろ。警句を述べる。―――『怒りこそ我が力の根源なれば』ァ!」
デュランダルが、憤怒の剣グラムの性質に帯びる。俺の全身に、サハスラーラ・チャクラで制御された怒りの力が漲る。だが、重要なのはここからだ。
俺は怒りの中に、魔力に帯びた炎の性質を見出す。それを第二の瞳、アジナー・チャクラで掴み、第二の頭脳、サハスラー・ラチャクラで解放した。
デュランダルを、怒りの炎が包み込む。
「炎が弱点なら、これなら通じるだろ、ヘイムダル!」
重力魔法を伴った、デュランダルの射程を無視した大威力の一撃。それはヘイムダル目掛けて振り下ろされる。
単なる一撃なら、意味はなかった。だが炎を纏った一撃は、ヘイムダルの神話をなぞった。
剣が、ヘイムダルを半ばまで両断する。ヘイムダルが、叫びをあげる。
「ガ、ガァァァアアアアアア!」
手応え。今まではまるで形ないものを触れるかのようだったヘイムダルに、確かに手応えが返ってくる。
「ロキィ……っ! 許さぬ……! ラグナロクなど、許さぬぞ、ロキィィイイイイイ!」
ヘイムダルは意識が混濁しているのか、そう叫びながら高らかに角笛を響かせた。魔人の巨人が、共鳴するように吠える。
けれど、巨人はすでに死に体だった。
「うるさ。そろそろ死になよ」
『小娘、どちらにせよこれで終わりだ』
空中戦を繰り広げていたらしいトキシィの眼前に、ヒュドラの九つの首が集まっている。その中心には、毒々しい紫の、エネルギーの球体がうねりを作っている。
「そうだね、ヒュドラ。さ、消し飛ばそう?」
『ああ。ではな、邪神に冒涜されし亡者の魂たちよ。再び地獄の亡者となって、不毛の地で生きていけ』
【
トキシィが放ったヒュドラの毒のドラゴンブレスが、まるでモルルの放つ光線めいた形で、巨人を打ち貫いた。
その中心から、巨人は内側から溶かされ、崩れ、消えていく。ヘイムダルが「ァァ……」と力なくその様子を見つめる。
「ウェイドくん……っ。他の魔人たちも、拘束したよ……っ!」
アイスの氷兵は、自我を失って暴れていた魔人たち全員を氷で拘束し、氷の檻の中に閉じ込めていた。誰も彼もが檻の中で身動きが取れなくなっている。っていうか檻デッカ。
「つーことだ、ヘイムダル」
いつの間にかヘイムダルの背後に回っていたムティーが、燃え上がる邪神ヘイムダルの首根っこを掴み、持ち上げる。
「お前は負けたんだよ。ざまぁねぇな。魔人ごときに呼び出され、邪神になっても一時間ともたずになぶり殺しだ。だが安心しろ。オレたちはその、ラグナロクを止めに来た」
「ゥ……ァ……」
「……もう答える気力もねぇか。なら、ウェイド! 責任もってお前がトドメを刺してやれ!」
ムティーが俺に、ヘイムダルを投げてよこした。俺はそれを重力魔法で受け止め、空中に縫い付ける。
「ヘイムダル」
俺は神の名を呼んだ。デュランダルを構え、息を吐く。
そして俺は、どう猛に笑うのだ。
「お前は知らないが、楽しい戦いだった。機会があれば、またしよう」
炎をまとったデュランダルが、横にヘイムダルを一閃する。「ロ……キ……」と言いながら、ヘイムダルは死んでいく。
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