第307話 悪魔バエル攻城戦・後

 テュポーンによって投げ出されたサンドラ、ピリア、スールの三人は、とてつもない勢いで空を舞っていた。


「――――――」


 スールが完全に白目を剥いてサンドラの横を飛んでいる。仕方ないのでサンドラはその腰の辺りを引っ掴んで確保してから、ピリアに呼びかけた。


「ね、ピリア。あたし着地の勢い殺す方法ないから、助けて」


「キャハハッ! そんな状況でその平然さは、流石だね~! じゃあ目を瞑って?」


「ヤダ。見る」


「ダメでーす。にゅるにゅる~」


 何かが素早くサンドラの目を覆った。それからそのままサンドラの全身、さらにはスールまでもを固定する。


「着地まで、あと三、二、一……ハイ着地」


「……?」


 サンドラは、自分たちを強く包み込む猛烈な勢いが、急速にどこかに消えたことを理解する。するとピリアはサンドラの目隠しを外し「着いたよ」と言った。


 そこは、バエル城の城壁の上のようだった。アジナーチャクラで覗き見ていた時にはバエルが居たのだが、今は、バエルはおろか、砲門すら存在しない。


「バエル、もう隠れたみたい」


「場所は分かる?」


「ん……最初に会った謁見室」


「あー、ここからだとまぁまぁ遠いね。仕方ない、頑張って移動だ」


 サンドラは呆然としているスールの頬を叩き「ほら、起きて」と覚醒を促す。スールは「ハッ、ここは」と我に返ったので、サンドラは解放した。


「じゃあ、バエルの下に直行。クレイが追い付いて来たらクレイの突破力に任せる。けど、テュポーンは速度が足りないから、可能な限りこっちで弱らせるのが吉」


「了解、サンドラちゃん」


「了解しました、サンドラ様」


「じゃ、行こ。―――サンダーボルド・バーストアウト」


 サンドラは落雷を呼び、爆ぜさせる。すると石造りの城壁が崩れ、中の廊下が露出した。サンドラが入ると、「やるぅ」「地形を変えられるのは強いですね」と二人が続く。






 廊下を進むと、使用人の魔人たちが襲い掛かってきた。


 だが、それに今更怯むサンドラではない。というか実力差がありすぎて、チャクラの一つも使わずに一掃して進んだほど。


 そうしてしばらくすると、三人は謁見室の扉を前にしていた。「ここ」とサンドラが言うと、二人が頷く。


「じゃあ、行くよ。スパーク・バーストアウト」


 サンドラが扉を雷魔法で破壊すると同時、向かいから巨大な砲弾が発射される。


 だが、その砲弾は扉の破壊に巻き込まれ、粉々に砕け散った。「チィッ! 小癪な」としわがれた声が向こうで上がる。


 部屋に立っていたのは、悪魔バエル一家の三人だった。


 中央に立つのが、領主たるバエル。そしてその傍らには猫のキャビーが腕を組んで立ち、バエルの手の平の上でアマガエルのような娘、エルが佇んでいた。


 バエルが吠える。


「まさか貴様らが歯向かってくるとは思わなかったぞ、調査団! 我が歓待を受けておきながら……!」


「使用人砲撃は正直引いた。身内は大切にすべき」


「ええい、黙れ! 貴様らは余に弓引いた咎により、我らによって処刑されるのだ! さぁ愛しい子供たちよ! 力を存分に振るうのだ!」


「お任せください、お父様。ボクが奴らの首根っこを引き抜いてきます」


「わたくしの霧で、翻弄して差し上げますわ」


 キャビーが爪を出し、エルが歌う。すると部屋の中に霧が立ち込め始めた。


「我ら三人家族が揃えば、向かうところ敵なし」


 バエルは、ニヤリと笑う。


「その意味を、その体に教えてやろう」


 バエルが手を掲げる。同時に部屋中の地面、壁、天井のすべてを覆いつくすほどの、大量の小さな砲台が生える。


「装填、構ぇええ!」


「ねーサンドラちゃん、思ったよりダルくない? この感じだと、飽和攻撃だよ?」


「少々我々では対応しきれない可能性があります。どうしますか?」


 意見を求められ、なるほど、これがいつもウェイドが背負ってる重圧か、とサンドラは思う。


 それから、自分はやっぱり自由がいいな、と思いながら、サンドラは言った。


「適当に混ざれそうなら混ざって。あたしは問題ないから」


「了解、サンドラちゃん。じゃあスールちゃんを守ってあげる」


「なぁっ?」


 サンドラの背後でピリアがスールに何かする。その直後、バエルが手を振り下ろした。


ェ―――!」


闘神インドラ


 サンドラはスワディスターナ・チャクラを起動する。チャクラの赤子が目覚める。その瞬間から、サンドラはあらゆる接触から解放された。


 砲台が、無数の砲弾を放つ。


 サンドラの背後で、ピリアの鎧に当たっているのか甲高い金属音が連続する。だが、サンドラはその弾幕の中を悠然と歩いた。歩きながら、観察する。


「霧に入った弾、他の霧から出てる?」


 なるほど、それは厄介な攻撃だ。もしまともに回避をしようと考える人間だったなら、今頃翻弄されにされてなぶり殺しにあっていたことだろう。


「っ!? 何故だ!? 余が砲撃を放った瞬間、女が消えたぞ!」


 バエルが動揺する。今のサンドラは一種の不可視状態に近く、よほど目立つか相手が看破系の能力を持っていない限り見付けられない。


「お父様! ご安心ください!」


 そこで躍り出たのは、猫のキャビーだ。


「ボクが走りまわれば、どんな相手でも八つ裂きです! 見えないからと言ってそれは変わりません!」


 キャビーは霧をくぐって、縦横無尽に部屋中を走り回る。どうやってかバエルの砲弾すら当たる様子はない。


 だが。


「さぁ行くぞ女ァ! お前もすぐにねじ伏せて、地下室送」「スパーク・バーストアウト」「ギャァアアアアッ!」


 ちょうど目の前を通りがかったタイミングで、サンドラはキャビーを捕まえて雷を炸裂させた。その一撃でキャビーは全身を炭化させて息絶える。


 息をのんだのはバエルたちだ。


「―――ッ! 息子よ! 我が子よぉおおお! 許せぬ! 許せぬ! 許せぬ! よくも余の目の前で、我が子キャビーを殺してくれたな!」


「ああ! わたくしの愛しい弟! なんて別れ……! 数百年後の再会に話せるように、この女を殺してあげますからね!」


「わぁ素敵な家族愛」


 サンドラは半眼で言って、さらに近づこうとする。だがカエルのエルがさらに霧を濃く張ってしまい「む」と足止めを食らうことになった。


「どうしよ」


「サンドラちゃ~ん、お困りのようですね~」


 そこで近寄ってきたのは全身鎧のピリアだ。カンカン砲撃を反射しての音はもうほとんどなく、砲弾のほとんどは勢いを失って地面を転がっている。


「第二射! 装填! 構ェェエエエエエ!」


 バエルは次の一撃を放つ気満々だ。だがそんなことを気にもせず、ピリアは言った。


「じゃ、ここは直接の師匠じゃないけど、姉貴分として頑張っちゃおっかな~。スールちゃんも気絶しちゃったし」


「スールはまぁまぁ強いけどメンタルが弱い。狂気が足りない」


「そう? ウチはむしろ妙で気になるけどね。地獄生まれで、サンドラちゃんたちよりも地獄慣れしてない。何か秘密があったり? なーんて」


 そんな話は置いといて、とピリアはバエルたちを見た。


「とりあえず、おちごとしないとね~。っていうか、エルちゃん、だっけ?」


 キャハ、と喉で短く笑って、ピリアは腕を伸ばした。


「ウチの前で霧とか、自殺行為でしょ」


 そして、指を、曲げる。


 バエルたちを覆う霧の向こうで、何かが蠢いた。それは素早くバエルの手の上のエルを攫い、握りつぶす。


「きゃ」という短い悲鳴と、ぷちっ、という小さな潰れる音が響いた。


 霧が、晴れる。現れるのは、呆然としたバエルと、その手の上で血をまき散らして絶命するエルだけだった。ピリアの使ったはもういない。


「あ……あ……? い、今、今、何を、貴様」


 バエルは、目の当たりにして何かをして、すっかり気勢をそがれて立ち尽くしていた。僅かに震えている様は、まるで悪魔のバエルが、怯えているかのよう。


 その真意が気になったサンドラだったが、結局分からずじまいか、と諦めた。


「みんな、お疲れ様」


 だからサンドラは、ピリアに向かって言う。


「これで、あたしたちの仕事はおしまい」


「っ!? 貴様、余が残っているだろうが! そこまで侮るとは何たる侮辱!」


 バエルは再び激昂する。腕を掲げ、再び叫ぶ。


「装填! かま」


 言い切る前に、サンドラは言った。


「残ってないよ。おしまい」


 バエルの背後の壁を破って、巨大なゴーレムの手が現れる。


「!? なっ、あぁ、あぁぁぁああああああ!」


「待たせたね、みんな」


『オレタチ、登場ダァァァアアア!』


 叫び、抵抗するもむなしく、バエルはテュポーンの手につかまれ、宙に浮かんだ。テュポーンは反対の手で簡単に城の壁を破って顔を出す。


 その肩から、軽い足取りでクレイが下りて来た。


「いやぁ終わってみれば順調そのものだったね」


「遠くからなら強かったけど、近寄ったら弱かった」


「みたいだね。こっちは休み休み接近で面倒だったよ。あのあとも砲撃が続いててね」


 完全に完勝ムードで二人は言葉を交わす。バエルが「ふざけるな! ふざけるなぁあああ!」と叫ぶ。


 それにクレイは、冷徹な微笑みを向けて、命じた。


「テュポーン、もういいよ、それ」


『アア』


 ぐちゃ、という生々しい音共に、バエルは巨大なゴーレムの手の内で息絶えた。サンドラは、くぁああと一つあくびをする。


「じゃ、帰る?」


「そうしようか。テュポーン、帰りも頼むよ」


『アア、任せロ』


 バエルを捕まえたのとは反対の手を差し伸べながら、テュポーンはバエルを口に運んだ。ぐちゃぐちゃと咀嚼音が響くのを聞きながら、サンドラたちは手に上る。


 それに続きながら、ピリアが引き気味に言った。


「……君たちさ、悪魔より悪魔じゃない? サンドラちゃんもちょっとひどめだし、クレイちゃんなんかどうしたのそれ」


 言われ、サンドラとクレイはお互いを見た。それからピリアに向かって、こう笑った。


「「演技だから」」


 ひどく酷薄な笑みに、ピリアが「こーわっ……」と言いつつ、鎧の中から失神したスールを取り出す。

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