第306話 邪神●●●●●攻略戦・前

 俺はテュポーンに乗って走り去る対バエル班を見送りつつ、邪神の前に立ち塞がった。


 真っ白な髪と肌。色あせた豪奢な服。大振りな角笛。その目は陰鬱で、視線は定まらない。


「よぉーし、ウェイド。いいタイミングで神殺しと行けそうじゃねぇか。こっちの戦力は十分。敵は十中八九、北欧の神ときた。経験則だが、北欧の神は神殺しがしやすいぜ」


 俺にそう語りかけたのは、ムティーだった。他にもアイス、トキシィが周囲で俺たちを睨む村人魔人たちを警戒している。


 こちらのチームは、俺、ムティー、アイス、トキシィの四人だ。


 俺とムティーがメインで邪神に取り掛かり、補助としてアイス、トキシィが入る形になる。


「何で北欧の神は神殺しがしやすいんだよ」


「簡単な理屈だ。神殺しは神話をなぞるのが鉄則。だから神話で一度死んでる神ってのは、死因をなぞりやすい。そして北欧神話は、。大体な」


 なるほど、全滅している神話の神なら、まず間違いなく死んでいるから、その死因をなぞれば勝てる、という話らしい。理屈は分かるが、ムティーはいつまで経っても底が知れない。


 そんな話を交わしていると、邪神は高らかに角笛を吹いた。俺は耳から頭に魔力が侵食して来ているのを察知して、サハスラーラ・チャクラで退ける。


「ッ! アイス! トキシィ! 大丈夫か!」


「こ、こっちは、大丈夫、だよ……っ!」


「うるっさ……! こっちも大丈夫!」


 二人とも辛そうに耳を押さえているものの、魔力浸食は対処できたようだった。アイスは耳元に氷を詰め、トキシィはヒュドラが内側で浸食魔力を食っている。


 無論心配するまでもなくムティーは平気そうな顔をして「あーあーうるせぇなぁ」と口端だけ歪めて舌打ちをしていた。マジで強いなこいつ。改めてそう思う。


 しかし周囲の魔人たちはそうもいかなかったらしく、全員が立ったまま、力なく、くた……、と首から力が抜けたようだった。


 邪神が角笛から口を離す。それから、奴は言った。


「斉唱」


 角笛を振るう。それはまるで、指揮棒のように。魔人たちは自我を失くした瞳でぐるりと頭を上げ、揃って空に斉唱する。


『『『来たれ同胞よ、来たれ神なる御許へ、来たれ同胞よ、来たれ神なる御許へ』』』


 再び邪神が角笛を吹く。魔人たちの斉唱と入り混じり、何か聖歌のような雰囲気に帯び始める。


 すると、真っ黒な光が、中空に現れ始めた。チカチカと明滅している。視界に黒の光がにじむ。


 邪神は角笛を吹くのをやめ、何かを言い始めた。


「バビディ」


 黒い光が瞬く。その内から、魔人が現れ、落下した。


「いってぇ……。っ!? な、何だ? 何だこいつ!」


「ドラゴ」


 再び黒い光が瞬く。また魔人が現れ、地面に落ちる。


「いてぇっ!」「うわっ! ……お前、ドラゴか? 何でこんなところに!」「それはこっちのセリフだ! バビディ!」


 二人の会話で、邪神が呼んでいるのが魔人の名前であることが分かる。そう思った瞬間、邪神が二人に向かって角笛を吹いた。


 バビディ、ドラゴというらしい魔人たちが、他の魔人たち同様に自我を失った表情になる。邪神はまた角笛を振る。すると二人の魔人の口が、何かを紡ぎ始めた。


「ザムサ、ジャネンバ、ディーリック、ターレス」「バーティ、リクージ、ジース、クィーラ」


 名前が呼ばれるたびに、黒い光から魔人たちが落ちてくる。すぐに彼らは邪神の角笛を聞き、自我を失い、ある者は名前の列挙に加わり、ある者は斉唱に加わる。


 俺はそんな様子に、思わず言った。


「……邪神、やばくね?」


「そりゃあ曲がりなりにも神だぜ。ゴミクズどもには逆らいようもねぇよ。この期に及んでオレたちに興味も持ってねぇってのが何とも神らしい」


 ケタケタとムティーは笑う。そうしている間にも、邪神は魔人たちをどんどんと呼び出して自分の支配下に置いていく。その速度は乗数的に増え、この場は魔人であふれ出しそうだ。


「ウェイド、くん……っ」


 そこで俺の名を呼んだのは、アイスだった。


「わたしたちは、どうすれば、いい……っ?」


 指示の促し。見ているだけではダメだ、という暗に伝えている。俺はハッとして、「そうだな。じゃあ」と言葉を紡いだ。


「まず一撃入れて、あの邪神に俺たちを印象付けよう。ここは、トキシィに頼むぜ」


「オッケー! じゃあ、皆は上空に退避しててね!」


 俺はアイスを抱きかかえ、重力魔法で空に浮かんだ。ムティーは「一応オレも退避しとくか」とダルそうに言いながら、のんきな足取りで空中を上る。


「……ムティーの足元、階段が生まれてたりすんのか?」


「さぁな」


 ムティーは俺たちと同じ高度まで上がってから、まるで見えない椅子に腰かけるようにして、胡坐をかいた。


 その中空一段下あたりまで、トキシィはヒュドラの幻影の翼で上昇した。俺は何をしようとしているのか察して「トキシィも容赦がない」と苦笑する。


「トキシィちゃん、何しようとしてる、の……?」


 アイスの質問に、俺は答えた。


「ここに毒の海作ろうとしてる」


「いっくよー! ヒュドラ!」


『うむ! さぁ魔人どもよ、我が息吹に溶け消えろ!』


猛毒息吹ドラゴンブレス


 幻影のヒュドラの九つの首から、同時に大量の毒が吹き荒れた。村が一瞬の内に毒の海に包まれる。邪神も魔人もすべて一緒くたに毒の海に飲み込まれる。


「ほー! トキシィめ、もうゴミクズとは呼べんな。ピリアの奴、本当に人間やめさせやがって」


「ウェイドくん、トキシィちゃんのこれ、ナイトファーザーのときの廃墟街の……?」


「ああ。いや、相変わらずエグいな。しかも見る限り、毒の濃度が格段に上がってる」


 俺はニヤと笑いながら、地上の一点を見下ろした。


「さて、一撃入れたぜ。勝負開始だ。邪神、お前はこの一撃にどう反応する?」


 直後、巨大な角笛の音と共に、邪神の中心に空白地帯が生まれた。


 音圧で、毒の海を物理的に打ち払っているのだと気づく。恐ろしいことをするな。流石は邪神。曲がりなりにも神と言ったところか。


 角笛の音で、毒海が外へ外へと広がっていく。最後には、村の中に毒の液は残滓としてしか残らなくなった。


 だが、その被害は甚大だ。


 無数の魔人が溶かし殺され、骨を晒して倒れていた。だがその中に、異様なものがあった。骨で守られた、巨大な玉。異様な存在感を放って、邪神の隣にある。


 そして邪神は、怒り狂った顔でトキシィを、ひいては俺たちを睨みつけていた。その肌はボロボロに溶けている。流石は神を殺す猛毒だ。


 その反応に、ムティーがケタケタと笑っている。


「お前ら、良い開幕パンチだったぜ。さて、ここからが本番だ。見ろよ。あの邪神、ここからが本気みたいだぜ」


 邪神は再び角笛を吹く。高らかに鳴り響く音は、黒い光の明滅を激しくして、無数の魔人たちを新たに吐き出した。


 その魔人たちは、自我を失くして邪神の意思の下に蠢く。ある者は直接俺たちに敵意を向け、ある者は


 集まる先は骨の玉。そこに集まった魔人たちは、玉を核にしてさらに引っ付いて膨れ上がる。次第に骨の玉は持ち上がり、魔人たちは虫のように高く積み上がり、最後には異形と化した。


 クレイのテュポーンほどのサイズを誇る、魔人たちの巨人。


 その他でも、魔人一人一人が武器を構え、俺たちを睨みつけている。その最奥で、邪神がさらに角笛を吹く。それだけであらゆる魔人たちが、邪神の支配下となった。


「ちょうどいいな」


 俺は、邪悪な笑みと共に言う。魔人の集合体、散らばる武器持ち魔人たち、そしてメインとなる邪神。なおも黒い光から、魔人たちは呼び出されている。


「魔人たちは集めて奴隷にする予定だったしな。邪神が全員呼んでくれるなら、ありがたい話ってもんだ。そうだろ?」


「そう、だね……っ」


「あっ! 確かに!」


「ギャハハッ、違いねぇ」


 三人が俺の言葉に賛同する。俺は「来い、デュランダル」と呼ぶと、重力魔法を伴ってデュランダルが俺の下に現れる。これも一種の短縮詠唱みたいになってる気がするな。


 俺は、笑った。


「さぁ、蹂躙の時間だ。邪神をぶち殺すぞ!」


『了解!』


 俺たちは、凄惨に笑う。無慈悲にすべてを踏み潰す。

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