第305話 悪魔バエル攻城戦・前

 対バエル部隊に配備されたサンドラは、サンダースピードという魔法で加速して、テュポーンの肩に着地した。からの座り込み、前方数十キロ先の古城を指さす。


「テュポーン、出発。目指すはあの星」


『ン? 星を目指すのカ?』


「サンドラさん、適当なことを言わないように。テュポーン、サンドラさんの指の方向にある、あの城が僕らの目標だ」


『任セロ。すぐダ』


 遅れて、ピリア、スールが自力でこの全長50メートルもありそうな巨人に登ってくる。


「ふぅ~、いやぁいいねこのサイズ! 色んなことできて便利そ~」


「何度見ても恐ろしいですね。ギリシャ神話圏最恐の巨人、テュポーン。これほどの大物を召喚してのけるとは」


「運が良かったんですよ」


 クレイは肩を竦めて、さらりと流す。サンドラは勝手に頭までよじ登って「いい眺め」と目を細める。


 サンドラのチームには、サンドラ本人を含めて四人のメンバーが集まっている。


 サンドラ、クレイ、ピリア、最後にスールだ。この四人で協力して、悪魔バエルを叩き潰す。


 ひとまずは、特攻役にクレイのテュポーンが大活躍、という場面だった。突入は恐らく、サンドラ、ピリア、スールの三人体制になるだろう。


「では、出発しますよ。―――テュポーン、行こう」


『アア。飛ばすゼェェェエエエ!』


 クレイの呼びかけに、テュポーンが前傾姿勢を取る。サンドラは落ちかけて、慌てて移動した。


 そして、巨大なゴーレムが走り出す。


 数十キロも先のはずの距離も、全長50メートルもある巨人からすればそう遠くない。流石にアイスの鳥に比べれば遅いが、それでもすぐだ。


 だが、それは単純な距離の評価。サンドラはのほほんとしながら理解している。


 つまりは、そのの距離が、今から地獄に変わることを。


 古城の上に煙が上がる。空を見る。小さく見えた黒い点が、段々と巨大になる。


「来る」


 サンドラの言葉と共に、クレイは叫んだ。


「テュポーン! 防御体勢!」


『オオ!』


 テュポーンが腕で頭から肩にかけてを守る。その直後、破壊音が響いた。


 バエル城から放たれた無数の砲撃が、テュポーンの身体に殺到する。


『グ、ウ、は、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』


 テュポーンは揺らぎ、よろめき、しかし倒れなかった。踏みとどまって、再び走り始める。不屈の巨人。怪物の王の召喚体。あまりに頼もしい存在だ。


 サンドラは、テュポーンの身体にめり込んだ砲弾を目視した。すべてが直径二メートルもありそうな砲弾だ。近づく者すべてを破壊する集中砲火。生身では耐えられない。


 サンドラは、呟く。


闘神インドラ


 起動するのはチャクラの赤子スワディスターナチャクラ―――ではない。ウェイドが重宝していた第二の瞳、アジナーチャクラ。それをサンドラは、密かに習得していた。


 そのアジナーチャクラを起動して覗き見るは、バエル城の城壁だ。そこに立つは一人の悪魔。肩に猫とヒキガエルの頭を生やした、バエルが髭を撫でつけ勇ましく笑っていた。


『フハハハハハハハハ! 我が砲撃を正面から受けてなお止まらないとは天晴であるぞ! 調査隊! 何故余を裏切ったかは知らぬが、余はどんな敵でもすべきことは変わらぬ!』


 すなわち! とバエルは手を高く掲げる。


『全力の砲撃でもって、正面からすり潰す! 装填! 構ぇぇえええ!』


 城壁の上に出現していた砲門が自動で引っ込み、代わりの砲門が現れる。


『狙い、ヨーシ!』


 すべての砲門が、微細に動く。先ほどアレだけ的確に狙ってきた砲火攻撃だ。テュポーンの巨躯で回避は考えない方が良いだろう。


 そしてバエルは、掲げた手を振り下ろした。


ェ――――――!』


 すべての砲門が、煙を吹いた。


 遠くの城で、再び雲と見まごうほどの煙が上がった。サンドラはアジナーチャクラをいったん解除して、「今発射した」とクレイに伝える。


「分かった。テュポーン、さっきの砲撃、何回耐えられる?」


『いくらデモ来い! ……ト言いたいところダガ、こんな土くれの身体ジャ限界があル。あと二回食らったラ、休みタイ』


「回復手段は?」


『動かずに数秒待てバ回復スル』


「休み休みなら問題ない、か。にしてもまどろっこしいのは嫌だからね……なら、みなさん。テュポーンに変わって砲撃を対処できたりしませんか?」


「であれば、ワタシがやりましょう」


 声を上げたのはスールだった。手の平に火を点し、握りつぶす。するとその火が手の平からあふれ出し、大きな炎の剣となる。


「来た」


「薙ぎ払います。――――せいッ!」


 スールが剣を振るうと同時、その軌跡が巨大な炎の壁となる。テュポーンの上半身に向かってきた大量の弾幕が、スールの剣によって溶かし払われた。


 しかし、スールは言う。


「すいません! 上半身狙いの砲弾は払えましたが、下半身に向かった砲弾まではカバーできませんでした!」


『グゥ……!』


 テュポーンは先ほどに比べれば弱っていないが、それでも足に向かってきた大量の砲弾にはバランスを崩しかけていた。


 だが、それでもテュポーンは走る。走る。しかも『楽しクなってきたナァァアアアアア!』と笑いだし加速し始めるのだから、サンドラは「テュポーンいいね」とポンポン頭を叩く。


「あと一回、か……。ここで一旦休みを入れようか? それとも」


「クレイちゃん、ウチを忘れたら困るよ~」


 悩むクレイに、全身鎧のピリアがポンポンと肩を叩いた。


「ピリアさん」


「ウチがまぁまぁやることは、クレイちゃんとトキシィちゃんは知ってるでしょ? 師匠にお任せなさいな。なーんて、キャハハッ」


「……分かりました、頼みます」


 クレイは微笑んで返す。「来る」とこの班の目を務めるサンドラが言う。


 クレイは、指示を出した。


「スールさんは上半身の防御を継続してください! ピリアさんは下半身を守ってください! サンドラさんは引き続き警戒を!」


『了解』


 三人の声が重なる。砲弾の弾幕が空から向かってくる。


 着弾。そのタイミングで、スールが剣を振るい、ピリアが何かをした。


 炎がテュポーンの上半身を守る。ピリアが何かをし、テュポーンの下半身を守る。その何かは、サンドラには角度的に分からなかった。


 テュポーンが笑う。


『ガハハハー! コレナラ、ドコまでも走っていけるゾォォオオオオ!』


 テュポーンが勢いに乗って加速する。遠くでバエルが『ぐぅう! 奴らも手強いではないか! ならば、弾を替えるぞ!』と何かをし始める。


 まだ時間に余裕がありそうなので、サンドラは肩にいるピリアに尋ねた。


「……ピリア、何したの? お腹の赤ちゃんが見るなって邪魔してきた」


「赤ちゃん……? ああ、スワディスターナ・チャクラね。……聞きたい? サンドラちゃん。クレイちゃんクレイちゃん、サンドラちゃん知りたいって」


「……サンドラさん、見ない方が良いよ。僕は後悔してる」


「?」


「キャハハハハハハッ」


 何故か目撃したらしいクレイがグロッキーで、見せたピリアがしきりに笑っている。単なる攻撃ではないのだろうか。俄然気になる。


「いいから教え―――」


「テュポーン、そろそろだろう? 三人を抱えて、城に投げよう」


『分かっタゾ、クレイ』


「え」「何ですって?」「いやんクレイちゃんったら乱暴♡」


 テュポーンと城の距離は気付けばかなり近づいている。だがそれはテュポーンの上に視点を置いているから。地上に足を付ければ、まだまだ先だ。


 だが、クレイはテュポーンを止め、サンドラ達三人をテュポーンの手で覆い、テュポーンを振りかぶらせる。


 テュポーンの急停止に、巨大な土煙が起こった。三人は巨大な手に包み込まれ、抵抗できない状態に置かれている。


「では三人とも、直接テュポーンが皆さんを城に投げ届けますので、どうかご無事で」


「クレイ、いつのまにこんな正気じゃない戦略を取れるように……見直した。グー」


「く、クレイ様? あなたはまともな人だったでしょう? 何でこんな手を」


「キャハハッ! クレイちゃん、サイコー! よっしゃ行こ行こ! みんなで一足先にカチコミだー!」


 三者三様の反応に、クレイは「悪魔らしいでしょう?」と悪い笑みを浮かべた。それから、「では」と指を鳴らす。


「どうぞ、空の旅をお楽しみください」


『オォォォォラァァアアアアアアア!』


 テュポーンが前足を上げる。急激にその重心が前に向かう。凄まじい物理エネルギーの奔流に飲み込まれるように、三人は人間砲弾として投げ飛ばされた。

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