第299話 村長の正体

 森に、足を踏み入れる。


 ザク、と雪が足の下で潰れた。息が白く濁る。どこかで、ドサ、と木々から滑り落ちた雪の塊が音を立てる。


 俺の隣を歩きながら、白い息を吐いて、冷気に頬を赤く染め、トキシィは聞いてきた。


「ここに居るんだよね?」


「ああ。ここに居る。このまままっすぐだ」


「まっすぐっていうか、獣道すらないけどね」


 苦笑するトキシィに、「痛いところを突かれたな」と俺は肩を竦める。


 二人で、そのまま森の中を突っ切って進んだ。足元でザグザクと雪が潰れる音がする。こんな凍えた森でも住まうモノが居るのか、時折気配らしきものがある。


 ―――これは。


「右からくる」


「了解」


 俺の短い合図で、トキシィは右に向いた。その直後、真っ白な狼たちが木々を縫うようにして急激に接近してくる。


 俺たちの外見は一般的な魔人だから、実力差が測れないのだろう。雪狼たちは牙をむき、一斉に俺たちに飛び掛かってきた。


「毒爪」


 それにトキシィが、腕で一薙ぎにした。見れば毒々しい色合いの巨大な鉤爪を纏っている。


 毒の鉤爪で一掃された雪狼たちは、一様に浅い傷を受けて地面に転がった。狼たちは自分に何が起こったのか分からないように、困惑しているような悶え方をする。


「ぐるるぁ、るぁ、ぁ、……」


 そうして雪狼たちは、痙攣しながら絶命した。トキシィが腕を振ると、鉤爪が消える。


 それからトキシィは、屈んで祈りをささげた。それに、俺は声をかける。


「ヒュドラを出さなくても色々とできるようになったんだな」


「……ヒュドラを簡単に出すと魔力消費が大きくってね~。シグとの訓練でも何度スタミナ切れになったことか」


「それでその鉤爪か?」


「うん。日頃はヒュドラに丸のみにしてもらって、戦う時に吐き出してもらって、って感じなんだ。ヒュドラ結構いろいろ入るから」


『小娘、もしや余を荷物袋扱いしてはおらぬだろうな?』


「え? ……ちょっと?」


『まったく、嘆かわしいぞ! この召喚契約は対等なもの。もっと敬意をだな……!』


「ごめんって~」


 小さなヘビらしき幻影が、トキシィの手から生える。前に見た戦闘用の野太い姿に比べると低燃費な外見だ。


 ヒュドラはひとしきりトキシィに小言を言ってから、「まったく……」と消えた。良い関係を築けているらしい。


「あとは、そうだね。ヒュドラの毒は特に相手を苦しめるから、あんまり使わないで上げたい、みたいなのもあるかな」


 トキシィは言う。


「毒は薬、薬は毒。苦しまなきゃいけないような敵以外は、せめて苦しませずに殺してあげたいから」


 そうも言ってられない時もあるけどね。そう言って、トキシィは祈りを終えて立ち上がった。


「ごめんね、お待たせ。行こう?」


「ああ」


 再び二人で雪の森を歩き出す。


「そういえば、今回倒す村長ってどんな魔獣なの?」


「あ、聞き忘れた」


「ウェイド~?」


「悪い悪い。油断したな。そんなに重要な情報じゃないと思って」


「重要でしょ~? 外見が分かんないと目当ての魔獣かどうか……あ、そっか。ウェイドは分かるんだ」


「そうそう。あの村とつながりが見える魔獣を倒せばいいからな。今もその縁の糸を辿って移動してるし」


「超便利だね。アイスちゃんの鳥も索敵能力高いけど」


「近距離だとあっちには勝てねぇなぁ……。目下最大の敵だよ、アイスの鳥」


「あははっ! アイスちゃんもそれで敵視されたらどんな顔していいか分からないでしょ」


「アイスは最近、色々と底知れないからなぁ。……と」


 俺たちは、巨大な木にたどり着く。第二の瞳、アジナーチャクラに映る縁の糸が、この上に伸びている。


「この上に居るの?」


「多分。目視じゃ捉えきれないな。結構激しく動いてるのか?」


 巨大な木の、かなり上の方でガサガサと蠢いている。重力魔法で落そうとしても、枝に引っかかって面倒かもしれない。となると、こっちだな。


 俺は腕につけたデュランダルの手甲を一撫でし、拳を木の上部に向けて振りかぶった。


 そして、振るう。


「クリエイトチェーン」


 振るわれた拳から鎖が伸びた。ジャラララララララ! と金属音を立てながら鎖は高く伸び、目当ての怪物の身体を絡みつく。


「かーらーのー!」


 俺は鎖を両手で掴み、思い切り外に振るった。


「一本釣りじゃあああああああ!」


 木々の横から、ずぽっと鎖に引かれて巨大な影が飛び出した。その姿を見てトキシィが「えっ!?」と叫び、俺も墜落した姿に「ぶふぉっ」と吹き出す。


 それは―――巨大なリスだった。


「リスかよ!!! あの村の村長リスかよ!!!!!」


「ウェイドがかつてないほど大声出してる……」


 村長リスは鎖を取り外して、俺たちに向かって「キー!」と威嚇した。俺たちが見上げるほどにはデカイが、リスである。可愛さが先に立つ。


 えぇ……? 俺、これ殺すの? 可愛いのに? やだなぁ……。


 と思いつつ構える。やらないことにはどうしようもないことでも、やらなければならないのだ。そう思っていたら、巨大なリスが俺たちに口を開いた。


「……何や、驚いて威嚇したらただのガキやないかしょーもない」


「……」


 おっさんの声だった。


「今何があったのか分からへんねんけど、オラな、近くの村の村長やねん。そらもう色んな魔人に慕われてな? 本当は嫌やねんけど、仕方なーく村長やってんねんて」


「……」


「つまり、まぁまぁ強いっちゅーことや。ほれ、何かすることあるんちゃうか? え? よく見たら可愛いねぇちゃん連れてるやん。ええわ、そいつ奴隷にもろてくから、ガキはどき」


 リスは下卑た目でトキシィを眺めている。完全にエロ親父の目だ。


 俺は流石に看過できなくて、「おい」と声をかける。


「あ? 何やオスガキがイキリおってからに。雑魚がサカってんちゃうぞオラァ! みすぼらしい……! お前から殺してもうたろかボケぇ!」


 は? 何だこいつ。と俺はカチンと来る。だが、それどころではない人が横に居た。


「ヒュドラ」


『呼んだか、小娘』


 死んだ目のトキシィに呼ばれ、戦闘用の巨大なヒュドラの幻影が姿を現した。「ひゅっ」とリスが目を丸くする。


「なっ、ななななな、何やその蛇! ニーズヘッグか!? わてはもう世界樹で悪戯して遊ぶんやめたやろ! こんな辺境まで追ってきてアホらしい!」


『何のことを言っているか分からないが、小娘、どうする』


「殺す」


 俺とヒュドラが、余りに直球なトキシィの殺意に驚いて、トキシィを見た。トキシィはにっこりと俺を見て、こう言う。


「ウェイドは手出ししないでね。私の世界一の旦那様をバカにした以上、お嫁さんとして黙ってるわけには行かないの」


「……はい」


「じゃあヒュドラ、行くよ。ちゃあんと苦しめて殺さなきゃね」


『小娘よ、お前に限らないが、お前たちは夫関係のことで沸点が低すぎないか……?』


「うるさい。やるよ」


『分かった分かった……。まったく、厄介な契約者を持ったものだ』


「ひぃいっ! きれいなねーちゃんかと思ったら、とんだヘビ女やんけ! とっとと逃げるに限るわ! ほな!」


 トキシィを中心に、毒気のようなものが広がっていく。その様子に怯んだリスが、慌てて逃げ出した。その速度はかなり速く、アジナーチャクラで追うのもギリギリなほど。


 だがトキシィは、「ふふ」と笑った。


「逃がさないよ。蛇はね、執念深いんだから」


 トキシィが一歩踏み出す。その足元の雪が、紫に染まる。

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