第298話 村長の条件

 村長合議に参加するために村長になろう、と考えたが、問題が一つあった。


「結局具体的に、村長になる条件って何なんだ?」


「二つあるよ~ご主人様♪」


 兄のレンニルが狩りに行ってしまったので妹のローロに尋ねると、ローロは悪戯っぽく笑ってそう答えた。


「一つはね~、村人のほとんどがそう認めていること。ご主人様はご主人様だから、それはもう達成してると思う」


「はっや」


「魔人は待遇が良ければ簡単になびくからね~」


 ローロはそう言って立ち上がり、俺の隣に腰かけ、しなだれかかってくる。


「ね~え~ご主人様? こんなに待遇よくしてくれて~、ローロとっても嬉し」「何をやっているの、かな……?」


 そんなローロの背後から、そっとアイスが肩に手を置いた。ローロはぴし、と硬直する。


「な、なな、なん、ですか……? な、何で、そんな怖い顔を……?」


「……わたしは、ね……? ウェイドくんにふさわしい人なら、いくらお嫁さんを増やしてもいいと、思ってる、よ?」


 けどね……? と言いながら、アイスの手の平から、ローロの肩が凍っていく。


「ひ、い、いた、痛い。痛い、です」


「魔人は、ダメかなって、思うんだ……っ。本当にウェイドくんのために動くことは、無いと思うし……。ウェイドくんが本当に困ったとき、命を投げ出せるような人以外は、ダメ」


「あ、アイス。大丈夫だから。この程度の色仕掛けに負けないから。だから、その辺にしてやってくれないか?」


「……ローロちゃん、だった、よね。分かっ、た……?」


「分かり、ました。すいませんでした……!」


「分かってくれて、良かった……っ」


 アイスは優しく微笑んで、また武器作成に戻っていった。ローロは解凍された肩を撫でながら、「し、死ぬより怖かった、今……」と震えている。


「……言い忘れてたけど、仲間って言って紹介したみんなの内、女の子は全員俺の嫁だからさ。あの三人に殺されたくなければ、あんまり命知らずなことはしない方が良いぞ」


「覚えとく……」


 様子をうかがっていた女魔人たちも、青ざめた顔でこちらを見つめている。うん、俺に近づかない方がいいぞ。俺も困るし。


「……それで、もう一つ条件があって」


「あ。話続くのか」


 終わったかと思ってた。俺は集中し直す。


「もう一つの条件は、村長が死んでること」


「おう。ん?」


「村長って権力者だから魔力集まって多少強くなるし、その関係で復活が普通の魔人と違って即時じゃないんだよね。だから殺して、死んでる間に次の村長になる必要があるの」


 だから、とローロは続ける。


「ご主人様の場合はすでに村人たちが認めてるし、村長を一回殺せばいいと思う」


「何かそれで殺すの嫌だな……やるけど」


「にひひ、気にしなくていいと思うよ?」


 だって~、とローロはクスクス肩を揺らしながら言った。


「この村の村長、魔獣だし」


「……え?」


 何で?


「何かね~。一時期村人がほとんど奴隷になって他の村に拉致られてた時、残った一人の村長が『面倒だからお前村長な』って言って自殺したの。で、その魔獣がそれ以来村長」


「そんなに村長システム適当なのか!?」


「しかもね~、村長になって変に長く生きてるから、割と強くてなかなか死なないんだよね~。元々は非常食用に育ててた魔獣なのに」


 中途半端に話せるから、意外に合議のマスコットとして馴染んでるんだって~、とローロはケラケラ笑っている。


 もはや倫理どころの話じゃないな……。組織の体をなしていない。俺は思わず唸ってしまう。ひどすぎる。


「だから、ご主人様、急いで殺しに行った方が良いよ?」


 ローロは意地悪な笑みを俺に向けてくる。


「さっきのバエル様の砲撃で、多分この夜明けには合議が開かれるから。合議はいつも、朝に開かれるんだよね~」


「行ってくる!」


「行ってらっしゃ~いご主人様~♪」


 俺が立ち上がり、素早く荷物をまとめるのに、ローロはクスクスと笑っていた。






 俺が出発しようとすると、トキシィが追い付いてきた。


「一緒に行こ、ウェイド! 村人たちの治療はもう終わったから!」


「お、頼もしいな。じゃあ行くか」


「うんっ!」


 トキシィはニコニコ笑顔で俺と共に歩き出す。


「今回の目標は?」


「この村の村長……を務めてるらしい魔獣」


「……地獄ってさ、悪い方向でいつも予想を上回ってくるよね」


「短絡的なバカの動きが、永遠を前提としたら、結局合理的って言うんだから世話ないって」


「本当にね~……。私もサンドラに解説されてやっとわかったけど」


 魔人たち、全員分かってバカをやっているのだ。魔人でもない俺たちから言えることなど何もない。


「にしても、何でサンドラはあんなに詳しかったんだろうな?」


「サンドラの親御さん、一時期地獄に入り浸ってたんだって。ローマン帝国の地獄の、冥府だったかな」


「サンドラの親御さんは本当に金の上位だったんだろうな……」


 前代未聞の全金だったんじゃないかもう。以前聞いた死に様も壮絶だったし。


「いや本当、地獄来るのが強くなってからで良かったよ……。弱かったら本当に地獄だもんここ。強くても嫌な場所なのに」


「アレクに感謝だな」


 言いながら、俺は第二の瞳アジナー・チャクラで村長魔獣を探す。いたわ。そんなに遠くではないが、森の中か。


 俺が歩くと、トキシィは機嫌よさそうについてくる。


「何だか楽しそうだな」


「だって、久しぶりにウェイドと二人っきりなんだもん」


「ああ、他二人に比べて甘え下手だもんなトキシィ」


 二人は思ったより人前でも甘えてくるが、トキシィは恥ずかしがってそう言うことはできないのだ。


「ちょっと! そう言うこと言わない!」


「はははっ。悪い悪い」


 ポカポカと叩いてくるのに、俺は笑って防御する。するとその腕を取って、トキシィは抱きしめた。


「さっきもさ? 魔人の妹ちゃんから何か粉かけられてて。アイスちゃんが追い払ってくれたけどさ?」


「アイスって嫉妬しないよな。サンドラもしないけど、ちょっとニュアンスが違うというか。で、トキシィはちゃんと嫉妬するタイプ」


「悪い?」


「可愛いよ」


「……バカ」


 腕に抱き着きながら、ぷい、とトキシィはそっぽを向く。


 そうしながら、少し無言で進んでいた。雪は音もなく降り続けている。ニブルヘイムは、いつでもこうなのだろうか。作物とか育たないだろこれ。


 そんな事を考えていると「ね」とトキシィが言う。


「ニブルヘイムの魔王倒したらさ、次は、ローマン皇帝を倒すことになるのかな」


「そうなるんじゃないか? 女王ヘルも楽しみだよな。どのくらい強いんだろ」


「……これは、本当に、ちょっとした質問なんだけど」


「ん?」


 俺はトキシィを見る。トキシィはじっと俺のことを見上げている。


「―――ウェイドは、どこまで強くなるの?」


「……どこまでってのは」


 俺が問い返すと、トキシィは前に向き直る。


「ううん。ちょっと違うかな。何ていうかね、ウェイドなら、本当に世界最強になっちゃうんだろうなって、そう思うんだ。つまり」


 トキシィは一呼吸入れて、言う。


「今みたいに『最強の一人』じゃなくて、誰もウェイドに敵わない、みたいな、そういう強さを、きっとウェイドは持ってしまうんじゃないかって。その」


 ―――絶対的な強さを。トキシィは言う。


「……ローマン皇帝みたいにか?」


「あははっ。ローマン皇帝は、そういう人なのかもね。だから好き勝手出来る。私も色々聞かされたよ。でもさ」


「でも?」


 ぎゅ、とトキシィは、俺の腕を抱きしめる力を強める。


「……ウェイドは、強敵が好きだから。世界の全員が自分よりも弱いのは、きっと楽しくないんだろうなって」


「……」


 俺は沈黙する。強敵の居ない世界。誰もが俺よりも弱い世界。


 それは……ちょっと、想像がつかない。簡単な想像のはずなのに、ピンと来ない。


「……よく分からない」


「―――。……ま、その時が来たらさ、考えようよ。大丈夫! ウェイドには、私たちが付いてるから!」


 ね? と笑顔を向けられて、「そうだな」と俺は微笑み返す。


 それから前を向き直ると、そこには森があった。つまり、先ほど見つけた村長魔獣が居る森が。

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