第297話 村の掌握

 一通りトキシィ、サンドラの二人の話を聞き終えてから俺たちの話を伝えると、トキシィはこう言った。


「なるほど、この地域を閉ざす霧に、茶々を入れてる村人の黒幕、みたいなのを探し出す必要があるんだね」


「そうなる」


 俺が頷くと、サンドラが魔人兄妹に尋ねる。


「何か知ってる?」


「……知りません」「んー……分かんないです」


 二人は首を傾げる。焦った様子もないし、恐らく本当に知らないのだろう。なら、と俺は質問を変える。


「じゃあ、そういう作戦があるとしたら、誰が知ってると思う?」


「それはやはり、村長かと」「村長合議ってのもあるしね~」


 村長合議。俺は心の内で言葉を反芻する。重要そうなワードが出てきた。


「その、村長合議ってのは詳しく教えてくれ」


「村長合議というのは、このバエル領の村々の村長たちが集まって、合議することです。バエル様はあの通りの方ですので、こちらも色々と考えねばなりませんから」


「ほっとくと税率上げられまくるもんね~。今十割だっけ?」


『二十割である! 今後の税率は、二十割とする!』


 外からバエルらしき声が響く。それに反応して「ふざけんなクソ領主!」「お前の砲撃で隠し作物全部燃えたぞクソが!」と怒号が上がる。


「今の声は?」


「バエル様の使い魔ですね。今回は告知だけのものでしょうが、徴収のときはバエル様に観察されているのと同義です」


 俺は立ち上がり、戸の隙間から覗き見る。目の形をした使い魔が、ふよふよと宙に浮いている。


「分かった、覚えておく。続きを頼む」


「まぁ聞いての通りの方ですから、機嫌を取ったり、逆に何か問題を起こしたりして、こちら側から税率に対して働きかける必要があります」


「そういう、『バエル様に対してどう動くか』を決めるのが村長合議、ということなんだよ~」


 なるほど、と俺は納得する。確かにあの気まぐれな領主相手では、気に掛けず過ごすというのは不可能に近い。


 となると、霧の魔術への干渉も、村長合議で決まったと考えるのがいいだろう。俺は問う。


「その村長合議の内容を知りたい。可能なら混ざりたい。方法は何かあるか?」


 二人の返答はこうだった。


「「村長になる」」


「……ん?」


「人間様、説明します。村長というのは、つまり『村で最も有力な魔人』です。単純に強いというのもそうですし、皆から信頼されているというのもそうです」


「村長って別に長く生きてるとか関係ないしね。盗賊団が居座ってたら面倒だから盗賊頭を村長にして合議に送り出すとかあるし」


「人間様におかれましては、略奪しに来て大暴れされましたので、このまま村長になってしまうのも一つの手かと思います」


「そんな簡単になれるのか村長……」


 魔人……。色んなものが適当過ぎる……。あまりにも失敗国家な治安を聞いて、俺は頭を悩ませる。


「いやその、そうじゃなくてさ。合議の近くで聞き耳を立てる、とか」


「合議の場所は毎回変わり、村長も直接ワープさせられますので、その方法は少し難しいかと……」


「村長合議に無理やりついていこうとしたバカ、ワープ魔術に中途半端に引っかかって、体縦に割られてたもんね。思い出してもウケるんですけど~」


 二人は思い出してケラケラ笑っている。こいつら……。


 とはいえ、確かに村長になるのはそんなにハードルが高そうではないし、やってみる価値はあるのかもしれない。他の方法を模索するよりも、幾分か楽に聞こえる。


「村長になるとしたら、具体的にはどんなことをすればいい?」


 二人は思案し、それぞれこう答えた。


「まずは改めて全員を平伏させ、上下関係を明確にすることでしょう。とりあえず全員奴隷にしてみては?」


「シンプルに家とごはんかなぁ~。家がないと寒いし、ご飯ないとひもじいもん」






 俺が家から出てくると、周りの連中が武装して取り囲んでいた。


「よぉお~! 何してたか分からねぇが、楽しいお話は済んだみたいだなぁ~!」


「先生方には恩義があるが、いきなり略奪しに来た奴に従っちゃあこっちもメンツが立たねぇんでなぁ~!」


 様相は完全に村人一揆という感じだ。村人魔人たちは各々武器を手に持ち、体のルーンを光らせて俺たちを襲う気満々でいる。


「お話してる間に、俺たちも武器を揃えられたぜ!」「さっきは不意を突かれたが、今度はそうはいかな」「オブジェクトウェイトアップ」「ぐぇ」


 全員が一斉に地面に潰れる。俺は「傾聴~」と言いながら手をたたく。


「これから俺がお前らのご主人さまです。お前らは奴隷です。ハイ自己紹介! 『あなたは私たちのご主人様、私たちはあなたの奴隷です』だ!」


「言うかボケっ!」「頭沸いてんのか!?」「クソがッ! ……あれ、思った以上に全然動けねぇぞ?」「おい誰か動ける奴居ねぇの?」「あ、おい! レンニルにローロ!」「私たちを解放して!」


 俺の背後の魔人の兄妹が現れる。俺に沈められた魔人たちが、兄妹の反攻に期待する。


 兄妹はにっこりと笑って、こう言った。


「俺たちは奴隷一号、二号だ」


「番号が小さい方から優遇してくれるんだって~♪ これからご主人様と一緒に狩りして、お肉の一番おいしいところ食べさせてもらうんだ~!」


 シン……と沈黙が訪れる。シンシンと雪が降る。


 怒号が上がった。


「俺! 俺俺俺俺俺! 俺良い動きしますよ! どうぞよろしくお願いしますご主人様!」「何だってします! よろしくお願いしますご主人様!」「足でも舐めましょうか!?」


「魔人ちょっろ」


 俺は『ご主人様』と口にした奴から解放していく。すぐにその熱気は伝播して、最終的に村の全員が俺の奴隷になった。


 話が早いなぁ……。いや、元々兄妹から「みんな奴隷になったこともあるし奴隷を飼ったこともあるので、美味しいと思えばすぐに奴隷になりますよ」とは聞いてたが。


 マジで奴隷も一興なんだなこいつら。冷静に考えて短絡的な方がいいって、地獄ヤバすぎないか。


 と俺は引きつつも、パンパン、と手を叩いて、「整列」という。全員が何となく整列する。


「とりあえずお前らは俺たちの奴隷、所持品になったので、一通り管理する。分かったら返事しろ」


『はい!』


「よし。じゃあまずまだ怪我が残ってる奴らはそっちの紫の髪した俺の仲間、トキシィに治してもらえ」


「砲撃で中途半端に怪我した人はこっちね~。前みたいに治してあげるよ~」


「で、次に家がなくなった奴はそっちに居る男、クレイに家を、簡易的な奴だけど建ててもらえるぞ」


「よろしく」


「あとは飯、つまり狩りだな。お前らの武器は貧相だから、そっちの白い髪の俺の仲間、アイスが氷の槍を貸してくれる」


「よろしく……ねっ」


「そんな感じだ。分かったな?」


 俺がそう説明すると、魔人たちはポカンとした。俺の後ろの兄妹も、俺を唖然とした顔で見つめている。


「……え、何?」


「――――あ」


「あ?」


 すると全員が、頭が雪に埋まるほど深く礼をする。


「あなたが、俺たちの魔王だ……!」「よろしくお願いします。こんな、こんな優しくされたの、初めてだ……!」「末永く、末永くよろしくお願いします、魔王様!」


「……えぇ……?」


 俺はパーティの皆に困り顔を向ける。みんなも苦笑気味に、土下座する魔人たちを見つめていた。


 ……魔人、もしかして優しさ耐性ゼロなのかもしれない。いやまぁそのまま優しくすると弱者認定される世界なら、そりゃそうだろうが……。

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