第296話 トキシィ、サンドラが見た風景

 アイスから小一時間説教を受けてしおれた二人に、これまでの話を聞こう、という流れになっていた。


「……じゃあ……話します……」「ます……」


「思ったよりもしおれてるけど、アイス何言ったんだ?」


「……」


 俺の問いに、アイスは無言で微笑んでいる。俺は怖くなってしまったので、そのまますっと視線を話し出す二人に戻した。クレイが「それが正解だよ」とぼそりと言う。


「えっと、ね? まぁ何があったかって言えば、サンドラが暴走したってだけなんだけど」


 トキシィの説明で、全員の目がサンドラに向かう。サンドラはいつものように無表情でどや顔をし、こう言った。


「あたしがこの村の王」


「……つまり?」


「あ、うん。サンドラの説明じゃ分かんないよね。私から説明します」


 トキシィがサンドラに付いてて良かったな、と様子を見ながら思う。


「みんなもそうだと思うんだけど、私たち、大迷宮の塔で領主の砲撃を受けて散り散りになったじゃない?」


「ああ」


 思い返せば、あの血しぶきとか全部人間砲弾だったんだな、と今では思う。まぁ領主バエルだしな。塔が崩れるのを見て「マーヴェラァス」とか言ってたのだろう。


「その後、野盗に襲われてね? 全員撃退したんだけど、野盗かと思ったら近くの村の村人だって言うから。そしたらサンドラが『逆襲する』とか言い出して」


「奪いに来たら奪われる覚悟を持つべき」


「なるほど、それで襲ったのか」


「そういうこと」


 ピースサインを取るサンドラの頭を、トキシィはポカリと叩く。サンドラはサンドラで、独特の倫理観あるからなぁ。地獄と相性がいいのかもしれん。


「それで、サンドラが聞かないから仕方なく二人で襲撃して、一通りサンドラが略奪して回って、『飽きた』の一言で全員ずっこける訳よ」


「略奪でご飯奪いまくったけど、全部は食べられないし返した」


「すると何でか感謝されちゃってねぇ……。その後に私も、村人さんたちの怪我を治療して回ったら、何か馴染んじゃって」


「今に至る」


「なるほど、大体サンドラの所為だな」


「あたしは村の王」


 毎度のサンドラの無表情ドヤ顔である。サンドラは人生を楽しんでるなぁと思う。


 すると、トキシィが言った。


「あとね? みんなが来たら絶対に会わせなきゃいけない相手がいると思って」


「え? 誰だ?」


「二人とも、来て~」


 トキシィが呼ぶと、元気よく「「はい!」」と答える声が返ってくる。現れた影に、俺たちは目を丸くした。


「……こいつらって」


「うん、そう。


 見覚えのある魔人の男女に、俺たちは驚くしかない。二人は、トキシィとサンドラに何をされたのか、非常に従順な姿を見せている。


「数日ぶりです、皆様。俺は兄のレンニル」


「妹のローロです!」


 レンニルは、喉に魔術の印が無数に刻まれている、上背のある男の魔人だった。一方ローロは、背が小さく小悪魔然とした容姿で、胸元から魔術の印が覗いている。


 北欧神話圏の魔術だから、元が多分ルーンなんだよな。それを体内に仕込んでいる。スールも肌と筋繊維に刻んでいた。二人もほどほどにそうなのだろう。


 そう観察していたら、魔人兄妹はそろって深く頭を下げた。


「前回お会いした時の、度重なる無礼をお許しください……!」


「ごめんなさいでした!」


 二人揃って、勢いよく謝罪である。


 俺は聞いた。


「……何したの? こいつら俺たちが人間って知ってるよな?」


「えーっとね~……サンドラがその~」


「リスキルした」


「あっ! 人が気を遣って言わないでおいてあげたのに!」


 サンドラが言うと、魔人の男女はびくりと背筋を正して、ブルブル震えだす。


「俺たちは人間なんて知りません見たこともありません誰も人間なんかじゃありません許してくださいお願いします」


「う……うぅ……。起きて、死んで、起きて、死んで、あ、ああ、あああ」


「サンドラ?」


 ……リスキルってことは何か。殺して復活した瞬間にまた殺して、を繰り返したのかサンドラ。魔人以上に悪いことしてるぞおい。


「リスポーン地点がここだったのが運の尽き。無限に蘇り続けるアリの足をもぎ続ける作業って感じだった」


「サンドラ……」


 詳しくは聞かないでおこう。まぁ、うん。そうだな。実力のない不死って、要するにそういうことだもんな。


 にしても、と思う。一番ひどい目に遭ってげんなりしているクレイに対して、最初から適性の高かったサンドラは、割と自由に過ごしているという感じがある。


 だからか、俺は自然に尋ねていた。


「なぁ、サンドラ。このニブルヘイム……地獄は、サンドラにとってどんな場所だ?」


「? 地獄」


「いや、その、違くてさ。倫理観が違い過ぎてて、掴みづらいんだよ。どう解釈していいのか、分からないんだ」


 俺が質問すると、アイス、クレイの二人も頷いた。サンドラはそれで俺たちのニュアンスを理解したのか、「分かった」と頷き、言う。


「実はあたし、嫌いじゃない。みんな素直だから」


「……素直?」


「うん。素直。他人に嘘は吐くけど、自分に嘘を吐く魔人は一人もいない」


「……」


 俺は、サンドラの言葉に、また一つこの地獄がどんな場所なのかが分かったような気がした。無言で頷いて先を促すと、サンドラは続ける。


「地獄には、我慢はない。悲しみもない。苦痛はあるから悲鳴もあるけど、それは悲しみじゃない」


「……」


「だから、みんな笑うか、怒るか、叫ぶだけ。奪えば楽しい。奪われればムカつく。奪われること自体が苦痛だと、悲鳴を上げる。そして」


 サンドラは言う。


「そのすべてが、一興」


「……一興……」


「そう。だってすべては一時のもの。永遠に生きる魔人にとって、永遠は存在しない。実感としてそう。奴隷を飼えば楽しい。奴隷になればムカつくけど、報復の喜びが待ってる」


 俺は、サンドラの魔人への理解の深さに、何も言葉を挟めない。


「地獄はシンプルな世界。全員が不死だから、どんなに貶められても本当はそんなに気にしてない。どんな栄華もいずれ奪われることを知ってるし、どんな苦痛もいずれは終わるから」


「……だから、あんなにどいつもこいつも短絡的なのか?」


「そう。未来を予想するのは無駄なこと。どうせすべてはどこかで無になるし、その前に自分が終わるってこともあり得ない。だからその場の楽しみを追求する」


 俺は考える。俺のように、能力としての不死ではない。言ってしまえば『誓約』アーサーと同じように、誰もが『真の意味で死ねない世界』がこの地獄だ。


 どんなに成り上がっても、永遠を生きる以上どこかで失敗して没落する。奴隷まで落とされても、飼い主だっていずれミスをして解放される。


「だから、すべては一興。王も奴隷も楽しむ。王という幸せが続くのも、いずれは無為になるように。奴隷の苦痛も、慣れれば気にならなくなるように」


 それが地獄で、魔人。サンドラの言葉に、俺はやっと、このニブルヘイムという場所を理解する。


「……ムティーが言ってた『魔人たちはまともで合理的』っていうのは、そういうことか」


 永遠を前にすれば、幸福も苦痛も、一瞬のことなのだろう。だからしているのだ。


 幸せはずっと続けば当たり前になる。そうすればすべてが無価値に見えてくる。水を湯水のように使える日本人が、オアシスの喜びを知らないように。


 だから、失うことを許容する。幸せが奪われることが、幸せの価値を高めることだと知っているから、奪われることに怒ることはあっても悲しむことはない。


 この村の魔人たちは、その一例だろう。砲撃が村を荒らしまわっても、その事に怒りはすれど、嘆きはしない。人が真に失われることはないし、家も作り直せば取り戻せるから。


 略奪もそうだ。奪えば楽しい。やり返されて、殺されても、大したことではない。だから誰もがやる。成功しても失敗しても一興だから。


「……!」


 俺は、やっと理解が追い付いてきて、何だここは、と思う。


 頭がおかしく見えていた連中は、全員まともだった。まともに考えて、頭がおかしい行動をとるのが、一番具合が良かったのだ。


「ウェイド、笑ってる」


 サンドラに言われて、俺は口端に触れた。俺の口角は、確かに上がっていた。


 俺は頭を掻き、サンドラに言う。


「なぁ、サンドラ……。俺も、地獄意外に楽しいかもしれないって、ちょっと思い始めた」


「奇遇。一緒に無法者になろ。どうせすべては一興だから」


「ん~、その感想はちょっと待ってもらいたいなぁ~」


 俺とサンドラが結託しかけたところで、トキシィがやんわりと割って入る。

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