第295話 これにて無事に勢ぞろい
夜、俺たちウェイドパーティは、全員で装備を整えてバエル城から抜け出した。
ムティー、ピリアは「ハッ、待ってたら全部やってくれそうだぜ? 何で動く」「ゆっくり寝る~、疲れたー」とついてこなかった。まぁあの二人に倫理観は期待してないのでいい。
スールは、「この城のことをもう少し調べてみます」と単独行動するようだった。確かに城で調べ残しがあってもいけない。ムティーたちも動かないだろうし、と了承した。
ということで俺たち三人は、使用人砲撃を受けて大わらわとなった村々の様子を確認すべく、雪の降り積もる道を進んでいた。
「あっちか」
「うん……っ」
いつものように俺が先頭、アイスの氷の鳥が道案内の形で進む。
夜のニブルヘイムは暗く、雪が降りしきり、歩くのに向いた条件とは言い難かった。吐く息が白くなる。遠くで狼らしき遠吠えが聞こえる。
しばらく進むと、バエル城から最も近い村にたどり着く。そして俺たちは、一様に顔をしかめた。
先ほどのバエルの砲撃による被害は、甚大だった。
家々はなぎ倒され、多くの魔人たちが呆然としていた。地面に座り込んで焼け焦げた家を見上げる者。雪の地面に倒れ伏す者。燃え上がる家に入ろうとして止められる者。
「……同情すべき相手ではない。それは分かってるつもりだ」
クレイが、渋面で言う。
「でも、これは、流石にむごすぎる。助けに行っていいかい、ウェイド君」
クレイが、使命感に駆られた顔で俺に言った。俺は苦笑しつつ、「んー……」と考える。
「まずは、様子見だな。何というか、クレイは多分育ちが一番いいからさ。魔人に対する感覚が一番合ってない気がする」
「え……?」
俺が「なぁ」とアイスを見ると、アイスも苦笑気味に「地上では、美徳だと思う、よ……?」と苦しげにフォローを。クレイは口をもどかしげに動かして、言葉を絞り出す。
「……分かった。まずは、様子見だ。リーダーたる君に従おう、ウェイド君」
「ああ。察知されないように近づこう」
俺たちは示し合わせて、息を殺して進む。
クレイの感覚は、地上においては間違ってない。正しい感覚だろう。弱者を助ける。それは尊ばれるべき価値観だ。
だが、ここは地獄だ。俺たちは『弱者を助けるべきだ』という感覚をしゃぶりつくすような魔人たちの振る舞いを見てきた。結果として、クレイは酷い目を見続けた。
俺もまだ、地獄で適切な感覚がどこにあるのか、というのは掴み切れていない。だが、それ故に一旦見に回るのは正しい判断だろう。
俺たちは村の中がうかがえる程度に近づいて、気づかれないように藪に隠れて様子を見る。
村は、城から見た通り炎上していた。火が上がり、煙が昇り、人々は慌てふためき大惨事だ。
確かに一見悲惨だ。バエルの頭おかしい砲撃で、これだけの被害が出た。だがそもそも論で言えば、村人側が霧に細工をしていたのが原因だ。
その細工がこれだけの被害にふさわしい、という話ではない。村人魔人たちが『何を考えて霧に細工をしたのか』という問題なのだ。
つまり、俺の予想では――――
雪上に倒れ伏していた魔人が、ガバッと起き上がる。
「一回凍死して復活した! あのクソ領主が! 待ってろすぐにでも惨殺してその死体獣に食わせて嗤ってやる!」
「え」
クレイがポカンと口を開ける。続いて、焼け焦げた家を眺めていた魔人が立ち上がる。
「よし、そろそろ中の肉もいい具合になんじゃない? おーい、まず腹ごしらえしよ~?」
「それ俺の死体の焼肉だろ姉貴」
「そうだけど?」
「食わねぇよ! 復活して一番に食う肉が自分のなんてやだよ!」
「若いわねぇ……。でもアタシの肉はあげないわよ。女の肉は柔らかいんだから」
「自分の死体の評価がそれってヤバくない?」
魔人の兄弟の会話に、アイスが「わ……」と声を漏らす。
燃える家に入ろうとし、止められる男が叫ぶ。
「あの中には! あの中には俺が遠くの村で拉致って来た奴隷が居るんだよ! 焼け死んだらここに復活しないから逃がしちまうことになるだろ! 離せよッ!」
「ギャハハハハハッ! ざまぁみろバーカ! ずっと羨ましかったんだよ! 逃がせ逃がせギャハハハハハッ!」
絶句。クレイは口をポカンと開け、何も言えないでいた。俺はその肩を叩いて、言う。
「な?」
「……冷静にさせてくれてありがとう」
「よし、落ち着いたな。じゃあ雑なノリで村に行こう」
俺たちは村に近づいていく。
村人魔人たちは、俺たちを見付け、じっと見つめてきた。恐らく考えていることはこうだろう。
―――勝てる相手か。略奪可能か。騙せるか。善意に付け込めるか。どこまで搾取できるか。その価値はあるか。
俺は笑顔で魔人たちに言う。
「略奪に来ましたー! 全員今すぐ平伏しろ!」
「ウェイド君!? 待とうウェイド君、そこまで適応するのは僕としても抵抗がある。一旦引き返さないかい?」
クレイが大慌てで言うのが面白くて、俺は笑う。それから小声で「振りだよ振り」と。
俺の宣言に、魔人たちは動揺した。それから「あいつやべぇ!」「困ってる所に付け込む力が高すぎる」「あいつ俺より性格が悪いぞ! 騙せねぇ!」と口々に言い合う。
「な?」
「な? って……そんな会話が通じるだけの別の生き物みたいに……」
「いや、多分その認識のがいいぞ。別の生き物だろアレ」
善人はザコで、悪人は強い奴、という価値観が横行している匂いがする。実際俺の横暴な言葉一つで、魔人たちは俺たちを対等な相手と見始めた。
だから、後は実力を示すだけだ。『平服しろ』という言葉は、つまり『そこまでもらえればそれ以上は奪わない』という逆に宣言にもなる。数人殺せばそこで止まる。
逆に言えば――――それを言わなかったからこそ、昨日の村では、村を全滅させるに至ったのだ。
要求をしない相手は、要求ができないザコか、表に出せないほど底知れない欲望を持っているかのどちらか。恐らくは、連中の思考回路はそうなのだろう。
俺は別に善人じゃない。貫く矜持もない。なら、郷に入れば郷に従うのが筋だと思ったのだ。
「あ、あの~……こ、この通り、領主様の砲撃で我々も困窮しているところでして……」
そう言いながら、一人の村人魔人が近づいてくる。俺はアジナー・チャクラで、その後ろ手に刃物が隠されていると看破する。
後ろで待機している魔人たちが僅かにニヤついているので、間違いなくこれ特攻だな。村で復活できるからとりあえず行かせた奴だ。
「知らん」
なので俺は拳でその魔人の頭を打ち抜いた。パァンッと頭が弾ける。後ろの魔人たちから、ニヤついた笑みがサッと消える。
俺はニコニコ笑顔で近づいて、連中に言った。
「略奪しに来た。平伏しろ」
『します』
近距離十数メートルの魔人たち全員が平伏した。第一段階はいいな。魔人ってプライドないからこの辺りはスムーズで良い。
そして同時に、従ったふりをして全く従っていないのも魔人の特徴だ。なのでアジナー・チャクラでここから目が届かない範囲を見てみると。
「……ん?」
ひと際高い殺意で俺たちを狙う二人に、俺は違和感を覚える。この辺りの魔人の強さではない。金等級でも上位の強さ。敵対していると分かっただけで全身がヒリつく。
が、これあいつらじゃん。
「隙だらけ」
バツッ、と電気の爆ぜる音を響かせて、黄色い髪の少女が雪の舞う空中飛び上がった。
「そこです! 先生方! やっちゃってください!」「よっ! 美少女魔人二人組!」「俺たちの救世主!」
魔人たちが口々に声を上げる。なるほど、この辺りに来て、上手く馴染んだらしい。そう思いながら、俺は構えた。
まず、雷と共に落ちてくる少女を、素手で受け止める。その拳が俺の胴体に突き刺さるが、その程度なら気にするまい。
「合わせるよッ! とりゃああああ!」
そこに大蛇の幻影が襲い掛かってきた。俺はデュランダルを構えてザックリ振り下ろす。
「っ!? 止められ」『ぐぁあああっ』「嘘ッ! ヒュドラが負けた!?」
同時にそんな風に言うから、俺は苦笑して、それから一つ苦言を呈す。
「トキシィ、サンドラ。殴るときは相手の顔をもっとよく見ろ」
「「あっ……」」
距離を取って幻影をぶつけてきたトキシィと、直接雷をまとって突撃してきたサンドラは、一瞬パァッと顔色を輝かせてから、さっと青ざめさせる。
「わー! ごめん! ごめんウェイド! 大丈夫!?」
「これは失態。まさかすでにウェイドが地獄に染まってるとは、このサンドラの目をもってしても見抜けなかった」
「いやまぁ、俺は痛いだけだからいいけどさ」
サンドラに開けられたどてっ腹の穴を、アナハタ・チャクラで修復しつつ、俺は後ろを振り返る。
そこでは、俺でも恐ろしく感じるような微笑みを浮かべて、トキシィとサンドラを見るアイスがそこに立っていた。
「……トキシィ、ちゃん。サンドラ、ちゃん……?」
「あ、あわわ、あわわわわわわ」「ウェイド、愛してる。また来世で会おうね」
慌てまくるトキシィに、すでに死を覚悟しているサンドラ。俺は二人からそっと離れて「アイスから絞られたら色々話そうな」と告げてから、他の魔人たちに目を向ける。
そこでは、頼みの綱が敵の身内だったことを悟り、身を隠して襲撃の機会を窺っていた魔人含め、全員が土下座で並んでいた。
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