第294話 悪魔の夕食
ひどい目に遭ったと思いつつの帰還の最中、俺はスールに尋ねていた。
「なぁ、エルが『悪魔バエルの娘』とか何とか言ってたけど、バエルって悪魔なのか? っていうか魔人と悪魔の違いって何だ?」
「ああ、それは単に、貴族階級かそうでないか、というだけの話です」
早足で廊下を歩きながら、スールは言う。
「魔人の貴族階級は、悪魔と呼ばれます。王ならば魔王と呼ばれます。言ってしまえばそれだけの話です」
「そうなのか? こう……悪魔と契約する魔女とか、そういうのってあったりしないのかなって」
俺は前世のうろ覚えな知識で問うと「詳しいですね」とスールは驚く。
「ええ、悪魔に身も心も捧げた人間の女性は、魔女と呼ばれます。ワタシの母もそうです。そうすると人間でありながら、悪魔の魔術の一端を行使することが出来ます」
「あー、本人が魔術を使うんじゃなくて、あくまでも魔術を借りるって感じか」
「そうですね。人間に悪魔、というか魔人のやり方で魔術を使わせようとすると、神罰だったり他の理由で死んでしまいますので」
確かに全身の筋線維にルーン刻んだら、人間は激痛でショック死するな。神罰食らうまでもなく死ぬ。
なるほど、と俺は納得する。そんな話をしているとちょうど客間に戻ってきて、俺たちは扉を開けた。
すると、皆がこちらに向かってくるところだった。ばったり、と言う風に顔を合わせる形になって、ちょっと驚く。
「うお、皆どこ行くんだ?」
「あ……っ。ウェイドくん、それに、スールさん。ちょうどよかった……っ」
「使用人の一人が、これから夕食だから晩餐室に来るようにって、伝えに来たよ」
アイス、ピリアの説明に、俺は「確かにちょうどだ」とほけっとした。
晩餐室に訪れると、部屋の最奥で「よくぞ参られた、お客人!」と領主バエルが手を広げていた。
いつ見ても異様な風体である。三つ首の悪魔バエル。左右には猫とヒキガエルの首。真ん中には鷲鼻の男の顔だ。
子供二人も揃っていると見えて、エル、キャビーの順に座っていた。エルは座っているというより置かれていたが。机の上のクッションに鎮座している。
食事は予想と違ってまっとうに豪華なものだった。
七面鳥らしき鳥の丸焼き、美しく並べられたソーセージ。キラキラと蝋燭の明かりをザワークラウトらしき野菜の漬物が反射している。
地獄の食事だから、ゲテモノが出てきても違和感はなかったのだが。昨日は背嚢の保存食で済ませたから、これは嬉しい。
「では早速いただこうではないか!」
バエルの食事開始の音頭に従って食事を始める。
うん、ウマイな。普通にうまい。特筆することとか特にない。ないので、俺はこれからの事を考える。
領主バエルから得られる情報として、『エルが霧を生み出している』という最重要情報は拾った。他にも『民衆から恨まれている』『民衆を逃がさないための霧』なども。
だが、俺とムティーが気に掛けている『恐らく霧の発生理由は他にもある』という点は解消されていない。何かが、まだこの領地には存在する。
……直接聞いてみるか。俺は意を決し、バエルとエルの親子に尋ねてみる。
「すいません、閣下、それにエルお嬢様。つかぬことを伺いますが」
「うむ、何ですかな? 存分に聞いてくだされ」
「はい、お伺いしますわ」
一呼吸。俺はずい、と前のめりになる。
「私が見てきたあの霧の魔術は、恐らくエルお嬢様お一人のものではないもののように見えました。不躾な質問ですが、エルお嬢様お一人で霧を解消できるのでしょうか?」
「何? エル一人のものではないと? エル、確かめなさい」
「はい、お父様。……あら? 本当ですわ」
その言葉を聞いて、俺たちはやはり、と確信を得る。
「これは、ムム、何かが突っかかっていますわね。まるで寄生虫のような魔術が、わたくしの霧の魔術の中で這いまわっていますわ」
「となると、霧を消すことは」
「できませんわ……申し訳ございません、ウェイド様。明朝の出発は、難しいかと存じますわ」
「いえ、ご対応ありがとうございます、エルお嬢様」
俺は丁寧にエルを労ってから、仲間たちと視線を交わす。明日はまた、村々に降り立っての調査が必要そうだ。
俺はさらに情報を、と再びバエルたちに目を向ける。すると不思議なことに、カエルのエルも、猫のキャビーもいなくなって、代わりにバエルが憤怒の表情で顔を真っ赤にしていた。
え? 娘の魔術に介入者がいるの、そんなに怒りポイントだった?
「……何たる不遜、何たる翻意、何たる侮辱!」
ブチギレ状態のバエルが、高く拳を掲げる。その手を力強く、食卓の長机に振り下ろす。
直後、料理も皿も粉々に砕けた。俺は反射的に身を引いて、何かを躱す。
今、何が起こった? どうして食事がぐちゃぐちゃになった? それをアジナーチャクラで看破すると、机から無数の小さな砲台が生えていることに気が付く。
―――この小さな砲台が、料理を全部破壊したのか! 城全体で砲台が目立つと思っていたが、これがバエルの魔術か!
俺に気付きも知らないまま、バエルは怒号を上げる。
「賓客を前に余に恥をかかせるとは! どうせあの愚民どもに違いあるまい! 許せぬ! 許せぬ! 許せぬ!」
バエルの両肩の猫とカエルがしきりに威嚇している。猫が「シャーッ!」と、ヒキガエルが「ぐわっぐわっぐわっ」と鳴いている。
「ええい! こうなればこの城より砲弾をすべての村々に叩き込んでやるわ! その後に触れを出す! 今まで作物十割の税で許してやっていたのを、今後二十割に増やすと!」
十割って、今までも農作物全部取る税率だったのかよ。とツッコめる人間はこの場に居ない。バエルは立ち上がり、ぐるり、と首を動かす。
「そこのメイド! 貴様は村々にて余が連れてきた者だったな!?」
「は、はいぃ……。お、御屋形様、どうか、どうか怒りをお鎮めに……!」
「貴様を初めとし、村々より余が連れてきた使用人すべてを砲弾とする! 装填! 構えェエエエ!」
ガコン、とそのメイドを飲み込むように、城から大砲が出現した。見れば部屋で待機していた使用人の半数が、大砲に体を飲み込まれ拘束されている。
「御屋形様っ! 御屋形様、ご寛恕、ご寛恕願います!」「許してください、御屋形様ぁっ!」「砲弾にするのだけは! 砲弾にするのだけはお許しを!」
「ええい、やかましい! 貴様らは愚民どもと余の開戦の狼煙である! 狙い、ヨーシ!」
「助けてッ! 助けてお客様ぁぁあああ!」「砲弾にされて死ぬのは本当に痛いんです! 嫌なんです!」「どうか御屋形様をお鎮めに! お客様ッ! お鎮めにぃぃいい!」
砲弾にされた使用人たちが悲鳴を上げる。パカッ、と俺たち頭上の屋根が開く。俺たちは呆気にとられて何もできなかった。
バエルが、叫ぶ。その鷲鼻から、煙が噴出する。
「
使用人砲が、一斉に発砲された。凄まじい勢いで使用人たちが発射されていく。砲門から上がる煙が、ここまでの騒がしさが一転したように静かにくゆる。
それから、再び閉じられる屋根に、バエルは立ち上がった。そっと窓辺に近寄り、外の様子を眺める。その眼下には、雪に降られる複数の村々がある―――
直後、その村々が、激しく火柱を上げた。
「マァーヴェラァス……」
うっとりとした面持ちで、カイゼル髭を撫でながら、バエルは村々の炎上を眺めていた。村々で魔人の村人らしき小さな人影が右往左往し、家々は高らかに煙を上げている。
俺たちパーティは全員言葉を失い、スールはひどい渋面を作り、ムティー、ピリアの二人は爆笑していた。
俺、アイス、クレイの三人で、お互いに目配せし合う。声はない。言うべきことはない。ただ、お互いに決心が決まっただけ。
悪魔は、殺さなければならない。ラグナロクなど以ての外だ、と。
ひとしきり村々の炎上を楽しんだバエルは、にこやかに俺たちに振り返った。
「大変なご迷惑をおかけしてしまいましたな、賓客の皆々様」
まるで老紳士がごとき所作で、バエルは一礼する。
「明日の出立は難しいかと思いますが、明後日にはどうか都合をつけさせていただく故、どうかもう一日、この城でごゆるりとしていってくだされ」
「は、はぁ……」
俺は曖昧に頷いてから、夜の内に出よう、と決めるのだった。
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