第293話 霧の娘
会議の結果、「とりあえず俺たちがここから出られない理由の一端を担うはずの『霧の魔術を使う領主バエルの娘』とやらに会いに行こう」という話になった。
みんなでゾロゾロ行っても仕方ないので、二人選出することに。選ばれたのは俺とスールだ。
スールの選出理由は、イケメンだから。バエルの娘だ。悪魔の娘なのだから、イケメンは効くだろう。俺は武力的な付き添いだ。
……にしても、猫のキャビーに対して、カエルの娘だからな……。程度問題だが、期待はしない方がいいだろう。
そう考えながら、俺は「そういえばさ」と、廊下を渡りつつスールに質問する。
「魔人って復活するんだよな? 魔王は違うのか?」
「いえ、いずれ復活しますよ。ただ、魔人とは違ってかなり長期間を要します」
「なるほど?」
俺の意図を組んで、スールは話し始める。
「おそらく『復活するなら魔王を倒しても意味がないのでは?』という意図の質問なのではと思うのですが、結論から申し上げますと『力が強い魔人ほど中々蘇らない』が答えです」
「あー、分かった。つまり『魔王みたいな強力な魔人は、一度殺すと数百年とか蘇らないから、殺すことでしばらくの侵攻を防げる』っていうことだな?」
「そういうことになります」
スールの肯定を受けて、俺は頷く。
とするなら、恐らくここの領主バエルもそうなのだろう。逆にその辺の木っ端魔人を殺しても、すぐに蘇ってしまうからあまり意味がない、という訳だ。
俺は納得しながら、氷鳥の案内に従って歩き続ける。アイスはすでにこの城の構造を把握していたのだ。アイス万能説。
石造りの寒々しい廊下を渡ったり、城壁に繋がる螺旋階段を上がったり、城壁屋上に所狭しと並べられる砲門を眺めたり。そうしてようやく、俺たちは霧の娘の部屋にたどり着いた。
「ここ、ですか」
「ここみたいだな」
鳥がドアノブの上にとまり「チチチッ」と鳴いてパタパタしているので、ここだろう。可愛いなこの鳥。アイスがインストールされてるだけある。
「では、どちらから行きますか?」
「……」
俺は無言で、どうぞどうぞ、と促す。えぇ、という顔でスールが俺を見る。
「ウェイド様が行かれてはいかがでしょう?」
「いや、俺非常時の援護担当だから。妻帯者だし。イケメンで案内役のスールが行くと良いと思う」
「何で嫌がるんですか」
「……想像つくだろ」
言わずが花だ。
というかリージュの嫁入りを三人に報告する時点で胃がキリキリしたのだ。どんなに美女だとしてもフラグを立てたくない。
「はぁー……分かりました。では、ワタシが行きます」
「よっイケメン!」
「嬉しくないですよ」
褐色ロン毛イケメンのスールが、ノックを四回。それから、演技がかった振る舞いでこう言った。
「失礼いたします。ワタシは今宵賓客に招かれました、スール、と名乗るものです。美しいお嬢さん、あなたの噂を聞き、一目会いたくてこうして足を運んでしまいました」
「完璧だ……。完璧なおとぎ話の王子セリフだ……」
「ウェイド様、お静かに」
役目を押し付けたので恨みを買ったか、俺に対する反応が雑だ。俺はカラカラと笑う。
すると、「お入りください……」と淑やかな声が返ってきた。鈴の鳴るような、可愛らしい声だ。これは? と期待を込め、俺たちは扉を開ける。
その先に居たのは―――机の上のクッションで丸くなる、ドレスを纏った、手のひらサイズのカエルだった。
……思った十倍くらいカエルだ……。
俺は、言うてカエル要素のある少女くらいを想像していたのだが、領主バエルのご令嬢は、ドレスを着ていなかったらただのカエルと見間違えるくらいカエルだった。
種類は何だろう。バエルの首はヒキガエルだったが、こっちはアマガエルっぽい。つるんとしててちょっと可愛い。女の子というよりペット的に。
スールはゴクリ、と唾をのみ下す。覚悟を決めたような男の顔をしていた。スール、お前何でそんな……。
スールは優雅な歩き方で前に進み、そっと机の前に跪く。そして手を差し伸べ、口説き文句を一つ。
「お会いできて光栄です、お嬢さん。名を、お聞かせ願えますか?」
「紳士ですのね……。わたくしは領主たる悪魔バエルの娘が一人、エルと申しますわ。紳士さんのお名前は、スール、と仰いますの?」
「ええ、エルお嬢様」
しっとりとした空気がこの場に流れ始める。俺はその手練手管に感心するしかない。とんだ色男だ。嫁さん三人には近づけないようにしよう、と一人心に決める。
「そちらのあなたは?」
名を問われ、俺も近づいて跪く。
「ウェイド、と申します。私はあくまで付き添いですので」
「ウェイド様?」
スールの目が痛い。
「悪かったよ。……エルお嬢様、明日、霧を解くという話はご存知で?」
俺が本題に入ると、カエルお嬢様は「父から聞き及んでおりますわ」と小さな手(?)を振った。
「申し訳ございませんわね。入ってくる分には問題ないのですけれど、出るにはこうしてわたくしが術を解くか、わたくしが死ぬしかないんですの」
死、という言葉が簡単に出てきて、俺は口をつぐむ。代わりに尋ねるのはスールだ。
「キャビー殿が言っていましたが、この辺りの情勢が不安定、というのは?」
「ええ、愚民たちが納税を嫌がるんですの。それそのものは昔からなのですが、父が最近『買いたいものができたから税率を上げる!』と上げて以来、度々襲撃がありまして」
脱出じゃないんだ。襲撃なんだ。っていうかエルも平然と愚民って言ったな。どこまで行っても魔族か、と俺はスンとする。
「ちなみに領主殿は何を欲しいと?」
「マンハント用の質のいい弓ですわ」
ろくでもねぇ。
「キャビーもお揃いのものを買ってもらえるそうですの。わたくしも同じのを、とお願いしましたけれど、女の子がマンハントなんてやるものではない、と断られてしまいましたわ」
女の子じゃなくてもマンハントはするべきじゃないんだよな。それアレでしょ? つまりその辺を馬で駆けながら、適当な魔人を弓で射るってことでしょ?
魔界の倫理のなさ……。と俺は戦慄するが、スールは「左様ですか」と微笑みを返す。エルは「まぁ、美しい笑顔」と緑の頬を赤らめる。
「それで、『逃げ出すような者が出ないように』と霧の結界を張りましたの。そうすれば愚民は税を納めるしかないでしょう?」
ケロケロと笑い声(?)を上げるエルに「ご聡明ですね」とスールは褒めた。
「にしても、スール様?」
ぴょん、とエルは飛んで、スールの褐色の手の平に乗る。
「あなた、色男ですわね。見たところ力も強そうですわ。ねぇ、良ければ今日の夜、部屋にいらしていただける……?」
「……」
スールは俺を見て、助けてのアイサインを送ってくる。俺は、この体格差で何をどうするんだよ、と思いつつ助け船を出した。
「すみません、お嬢様。スールは隊でも重要な立場でして、そう易々とお貸しできないのです。残念ですが、またの機会に」
「そうですか……残念ですわ」
ぴょん、とスールの手から、エルは俺の手に移ってくる。俺はピシッと硬直する。
「では、ウェイド様。あなたでもよろしいですわ。今夜是非、わたくしの卵に」
「私の妻はこの近辺に三人いますが、全員一人でこの城を落とせます」
「……ごっ、ご縁がなかったということですわね」
ぴょん、とエルは再びクッションの上に戻った。俺たちはお辞儀をして、無の表情で、早足で部屋を出る。
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