第292話 クレイが見た風景

「改めて、無事で何よりだ、クレイ」


「おや、これはご挨拶だね。まさか僕を心配してたのかな」


「それこそまさかだ。微塵も心配なんかしてねぇよ」


「それは嬉しいね。君こそ元気そうで何よりだよ」


「ハハハッ」


 俺とクレイは笑いあって、軽く拳をぶつけ合った。俺たちはこのやり取りだけで大体わかる。万事順調問題なし、だ。


「さて、じゃあ情報共有と行こう」


「そうだね。まずは君の話を聞かせてくれ、ウェイド君」


 俺はクレイに、ひいてはこの場の全員が聞こえるような大きめの声で、俺がニブルヘイムでどんな目にあってきたかを話した。


 最初の村で襲撃されたこと。その村の連中が、村人とは思えない練度であったこと。秘密を漏らさずに死んだこと。内心を覗こうとして死した魔王に処されたこと。


 今朝ムティーたちと合流したこと。霧がこの地域一帯を覆っていて、ここから出られないこと。その魔術はここの主バエルの娘によるものであること。


 その話を、クレイとスールは頷きながら聞いていた。たまにクレイはスールに目くばせして、スールが頷く、というやり取りが何度かあった。


 話し終えて、「うん。了解した」とクレイは言った。それから「では、僕の話をしようか」と話し始める。


「僕とスールさんだけど、ウェイド君たちが魔法で着地したように、僕らもそうだったんだ」


「テュポーンの巨人化か」


「うん。血を垂らせばどこでも応えてくれるから、うまく受け止めてもらったよ」


 テュポーンも大概便利だよなぁと思う。迷宮を掘り進められるのは、パーティでもクレイのテュポーンくらいのものだろう。


「それから、この城が目に付くところにいたから、とりあえずここを目指したんだ。その道中では、三組の魔人たちと出会ったよ」


「三組、……三組か」


「うん」


 クレイはにこやかな笑みを崩さずに言う。だがその目の奥は淀んでいた。あー何か話見えてきちゃったな。


「一組目は五人組の男たちだった。ガラが悪くてね。警戒しつつ通りすぎたら、直後襲い掛かってきたから全滅させたよ。まぁ彼らは正直、あまり心象は悪くない」


「ああ」


 いかにもな悪党の方が心象悪くないの、ちょっとわかる。


「次に通り過ぎたのは、純朴そうな村人たちだったね。僕らが進んでいる道の先は危ないから、少し戻って違う方に進めと言われたよ。罠だったね。巨大な樹氷に襲われた」


「あー……」


「だから樹氷の魔物を倒して振り返ると、先ほどの純朴そうな村人たちが潜んでいてね、どういうことか聞いたら、襲ってきたよ。もちろん全滅させた」


「そうだな。報復は義務だ」


 舐められたら殺す、ができないとどこまでも貪られるからな。これは地上でもそうだ。


「最後に出会ったのは、一組の夫婦だった。少し赤ちゃんを見てて欲しい、と言われてね。流石に疑心暗鬼だったけど、間違っても負ける相手じゃなかったから引き受けたんだ」


「ああ」


「赤ちゃんが爆発して、夫婦がゲラゲラ笑い始めた時は、流石に僕も表情が失せたよ。テュポーンを小さく纏って防いだけどね。見たら赤ちゃんまで流暢に喋って笑ってた」


「いやだなぁそれ。ペラペラ喋ってゲラゲラ笑う赤ちゃん嫌だわ」


「痛めつけて聞いたら、赤ちゃんが一番魔人としての暦が長いみたいでね。魔術で若く見せてるだけの老人だったよ。全滅させたけど、虚無だったな」


「なるほどなぁ……」


 クレイの目は死んでいた。それを見てアイスは可哀そうな目を向け、ムティーとピリアは爆笑していた。師匠連中はよ。


 俺はクレイの肩を叩いて、同情に眉を垂れさせる。


「お互い大変だったな……」


「ウェイド君が似たような体験をしたというのだけが、僕の唯一の救いかな……。城ではテュポーンを出して高圧的に名乗ったらこの好待遇だったから、勉強料だと思ってるよ」


 クレイも大概大変だったらしい。横に座るスールは、ニブルヘイムが故郷だったと語るだけあって苦笑気味だ。


 クレイは心底嫌そうに重い溜息を吐いて、こういう。


「ムティーさんの言う通り、この地獄ではあらゆる善意は捨てるべきだね。魔人たちに優しくする価値はない。人間の悪党よりも、いくらか性質が悪いよ」


「そうなぁ……。人間の悪党っぽい奴は、むしろ心象ちょっといいもんなぁ……」


 騙してこない分マシなのだ。こちらも躊躇なく殴れる。最初に可愛い子ぶられると、本性を現すまで一旦あえて隙を見せる必要があるのが面倒くさい。


「いいな。教え子どもが着々と地獄に慣れてきてやがるぜ」


「まだ初々しいね~。こっちから襲えるようにならないとまだまだだし」


「ムティーとピリアは絶対毒され過ぎだからな」


 俺が苦言を呈すると「分かってねぇなぁ地獄ゴミクズ」「優しいねぇ。優しすぎ」とムティー、ピリアは口々に言う。ムカつくわぁ。


 俺たちがそう言いあっていると、スールが言った。


「久しぶりにニブルヘイムに戻ってきましたが、こういう点は地方の方が酷いのですね。少しワタシの認識とも違っていました」


「そうなのか?」


「ええ、ワタシは魔王城下街の出身ですから。一応城下街には魔王軍が駐屯していて、最低限の治安は保たれているんです。少なくとも、関わる全員がではありません」


 じゃあ、多少はなんだな。とは言うまい。しかし、これが下限だと思えば気も少しは晴れるというもの。これから向かう先は、まだマシ、というわけだ。


 ですが、とスールは続ける。


「本質はやはり変わりません。ニブルヘイムにあるのは、ただ享楽のみ。あらゆる魔人、悪魔は、他者を自らの享楽のために搾取するものと認識しています」


「はは……それで死んでちゃ仕方な……あ、でも生き返れるのか。しかも別の場所で」


「基本下手を打てば奴隷にされるのが通例ですね。運よく死ねれば解放です」


「ゴミみたいな世界観だ……」


「父も母も奴隷を、十を超えて飼っていましたが、その扱いは酷いものでした。ただ拘束にゆるみがあると、瞬時に舌を噛んで死ぬだけの狡猾さは皆持ち合わせていましたね」


「魔人って思ったより逞しくないか? ひどい仕打ちで心がどうこうとか、そういうのはないのか?」


「そんなこと言っても別に優しくされることは地獄においてはないので……」


「逞しすぎる」


 スールは眉を垂れさせて、苦笑気味に手を横に振った。こういう感じなのか魔人的には。すげぇな魔人。スラムの痩せ犬だった俺とか怠けて見えるのかな。


「魔人はそういった存在ですので、魔王城の問題も、今の内から考えていくのがいいでしょう」


「魔王城の問題?」


「はい。我々はまずこの地域を離れて魔王城へと向かう必要がありますが、城下街に至ったとしても、すぐに魔王城には入れません」


 スールは語る。それに俺、アイス、クレイは聞き入り、ムティーとピリアは肩を竦める。


「魔王城は、合計十の封印によって守られています。その封印がすべて解かれなければ侵入できません。この封印を、一度解くだけならば、強大な皆様には簡単でしょう」


 スールの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。


って?」


「そこなのです。封印は、すべて同時に解かれることで魔王城の道が開きます。そして、封印は、


 それを聞いて、俺たちは眉を顰める。代表して、俺はスールに尋ねた。


「その、封印とか、守りとか、そういうのは想定してたよ。けどさ、話を聞くにそれだと……」


「はい。ご懸念の通りでしょう。魔王城侵攻のためには、一度管理塔を突破して、封印を解くのでは意味がない、ということです。一度落とした塔は、守り続ける必要があります」


「……」


 俺は口を曲げて考える。アイスなら、と振り返ると、アイスは眉を垂れさせていった。


「ごめん、ね、ウェイドくん……。攻め入ってきたときに『氷軍』を展開して守ることは出来ると思う、けど、ずっと出し続けるっていうのは、魔力がもたない、かも……」


「分かった。ありがとうアイス。となると、戦力はさておき人員がいるのか。しかも、こんな他人を信じられたもんじゃないニブルヘイムで」


 軍単位の陣取り合戦となると、アイス一人でどうにかできるとは思い難い。アイスに出来るのは、金の上位レベルの敵が存在しない軍隊を、一時的に退けるくらいのものだろう。


 だが、正直それができる時点ですさまじい話なのだ。シグの先遣隊で俺が虐殺したときのように見晴らしがよければ話は違うが、市街戦では俺は軍隊には勝てない。


 俺やクレイは、突破するのは得意だが、防衛は苦手だ。十もある拠点のすべてを守る、ということは俺にはできない。


 恐らく二拠点でも無理だ。一拠点でも、影が薄くてすばしっこい奴がいたら怪しい。逃して封印を操作されるだろう。


「いや、無理か……? どうだ……? ん~~~……」


 直感的に可能性がありそうな気がするので、かなり頭をひねれば絶対に無理とは言わないが、今はとりあえずキツいだろう。これが、一拠点の話だ。


 だが、アイスはそういうのを逃さない。ついでに俺みたいな突破力対策になる人員が一人いれば、とりあえず一拠点は確実だろう。同じ要領で数拠点は守れる。


 となると……必要なのは、弱点をカバーする、信用できる仲間か。


 俺は何が必要なのか、一つ答えに近いものを掴んで、顔をあげる。


「分かった、スール。今はどうにもならんが、色々と考えてみる」


「ありがとうございます、ウェイド様」


「とはいえ、だいぶ先の話だ。まずは目の前の問題を片付けるための話を始めよう」


 俺がスールに限らずみんなに呼びかけると、それぞれが頷いた。作戦会議の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る