第291話 深淵の女
俺たちはキャビーが呼び寄せた魔人のメイドたちに連れられ、個別の客室へと向かった。何があるか分からないから、と貴族服をカバンに詰めておいて正解だった、と俺は着替える。
俺に限らず、みんな揃って貴族服で出てきて、察しの良さが何でか笑えた。だが、中でも一番面白かったのは。
「―――プッ、あはははははっ! ムティー! ムティーお前も貴族服持ってんのかよ!」
「なぁんで笑うんだぁバカ弟子がァ……」
案内された客間にて。俺が指さして笑うと、ムティーが無精ひげの厳めしい面で、迫力満点の笑みを作って俺に絡んでくる。
その様子は、まるで無理に貴族服を着させられたチンピラである。服に着られているどころではない。ほとんど拒絶されている。
なので俺は素直に答えた。
「だって似合ってないんだもん」
「もんじゃねぇよゴミカスがッ!」
パァンッ、と頭が弾けるほどの威力で殴られるが、何てことはない。俺は即時復活しながら「あー面白。避難避難」とムティーから離れる。
「……ひぇえ……」
そのやり取りを隠れながら見ているキャビーは顔面蒼白だ。俺がにこやかに手を振ると、ドン引きの顔で一歩後ずさる。
「い……今頭が吹き飛びませんでした……? 僕の見間違い……?」
「見間違いですよ」
「そ、そうですよね、へへ……。すいません変なこと言って」
「こいつちょろいな」
「!?」
キャビーに与しやすしという評価を下す俺の横で、女性陣は別の盛り上がり方をしている。
「ぴ、ピリアさん、かわいい……っ!」
「キャハハッ、そんなキラキラした目で見られると照れちゃうな~」
アイスは、ドレスを纏った小柄なピリアを見付けて、目を丸くして見入っていた。ピリアはそんなアイスの正面からの言葉に、半分困り半分照れるといった具合。
実際俺も全身鎧のピリアが鎧を脱いでいる姿など初めてで、遠巻きに「へぇ」と目を丸くする。確かに愛嬌があるな。リージュみたいだ。
「四肢が、本当に全部義肢なんです、ね……っ。それなのに強いなんて、すごい……っ! しかも、義肢まで飾りがあってオシャレ……!」
「あ、アイスちゃんっ、この辺りで勘弁してよ~! 義肢は完全に社交用だから見た目がいいのにしてるってだけ! ほら、ウチのことなんかほっといてさ。ね?」
アイス、モルルを始めとして可愛いものに目がないからな……。母性本能が強いというか。酔うと俺まで赤ちゃん扱いしてくるし。基本飄々としてるピリアもたじたじだ。
「で、では、こちらです……!」
ネコショタのキャビーに連れられ、俺たちは歩き出す。招かれた先は大きな部屋。赤絨毯に暖炉は、この寒いニブルヘイムでは標準装備だ。
そしてそこに備え付けられたソファに、深く腰掛ける影が二つ。
クレイに、スールだ。二人も俺たち同様に身なりの良い格好をして、魔人の角を付け、そこに収まっている。
「えー、魔王軍調査隊の皆様、こちらは我が城を訪れた豪商、クレイルです。クレイル殿、こちらは魔王軍調査隊のお歴々になります」
キャビーの話を受けて、俺たちは瞬時に視線で示し合わせた。顔に浮かべるのは上っ面の笑顔。俺が近づき、クレイが立ち上がり、お互いに含みのある笑顔で、握手しあう。
「お初にお目にかかります。魔王軍調査隊、ウェイドです」
「お会いできて光栄です。わたくし、こちらの地方に初めて訪れました行商人、クレイルです」
にこやかに握手していると、「で、では僕はこれにて~……」とさりげなくキャビーはいなくなった。好都合だが、こいつ、と思わなくもない。
「せっかくのご縁です、情報交換をしませんか?」
「ええ、是非」
クレイに誘われ、俺はクレイの横のソファに腰掛ける。それから素早く周囲を見回して、さて、と次の手を考える。
部屋の端には従僕、メイドなど使用人が数人。正直邪魔だ。クレイと普段通り話すにしろ、この城についての調査を始めるにしろ、こいつらの目は俺たちの行動を阻害する。
こいつらどうしようかな、と考える。まさか殺すわけにもいかないしな。霧の魔術を行使している娘とやらにも会っておきたいのだが、どうしたものか。
そう思っていると、ドレスを身に纏った小さなピリアが、使用人たちに話しかけて回っているのが見えた。
俺は首を傾げて眺めていると、ピリアは次々に使用人たちに話しかけていく。最後の一人に話しかけたところで、部屋の中心に戻ってきた。
「みんな、この部屋の耳は完全に潰しちゃったから、ここからは自由に動けるよ」
「えっ」
「キャハハッ」
ピリアは悪戯っぽく笑って、一番大きなソファの中央に座る。
使用人の方を見ると、全員うつろな目をして正面を見ていた。立ちながらも、意識らしいものを失っている。話しかけても反応しないだろう、と言うのはすぐに分かった。
「……何したんだ? ピリア」
「ん~? 気になるの? ウェイドちゃん」
嫋やかな右手を自らの頬に当て、クスクスとピリアは笑う。それから親指で、ピン、と中指の第一関節を開けた。
まるでペン入れの蓋のように、中指の第一関節が、開く。指の中の空洞が見て取れて、改めてピリアの四肢が義肢であるということを思い出す。
次の瞬間、にゅるりと中指の中から、数本の細い触手がうねった。触手は意思を持つかのように開いた中指の蓋を掴み、カパッとまた閉じる。
「……気にならないです」
「キャハハッ、教えてあげようと思ったのに~」
「全然気にならないから教えないでください」
「も~、仕方ないなぁ~」
ピリアはクスクスと含み笑いを続けている。ムティーはいつものように「ハッ」と鼻で笑って「相変わらず悪趣味な女だ」と吐き捨てる。するとピリアがムッとして言った。
「その悪趣味な女と何十年来の付き合いなんですか~、白金の松明の冒険者さーん」
「お前が死なないだけだろうが。オレは一度組んだ連中を、自分から追い出したことはねぇぞ」
「キャハハッ! 嫌気がさしたならウチでも死んじゃうようなところに行けばいいのにー」
「この世界のどこにそんな場所がある」
ピリアは嬉しそうに立ち上がり、ソファに深く腰掛けるムティーの膝の上に座った。ムティーは嫌そうな顔をして舌打ちを一つ。俺は納得した。
「なるほどな」
「おいバカ弟子。今何を納得した。言え」
「じゃあピリアが対策したことだし、積もる話でもするか」
「聞けよ」
俺はムティーを無視してクレイに向かう。
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