第289話 封鎖された辺獄

 遅れて起きてきたアイスと共に、俺はムティーたちに連れられる形で村を離れた。


 だいたい数キロ離れた程度の場所に、その道はあった。田舎の大通り、とでもいうべき、踏み鳴らされてはいるものの整備はされていない太い道。


 それが、まっすぐに霧の中に伸びていた。「アレだ」とムティーは言う。


「あの霧が、俺たちを阻んでいる。ぐるっと回って確認したが、この一帯、だいたい数十キロ圏内全部がこの霧で包まれてるみたいだな」


「空は確認したか?」


「試しに行ってみろよ」


 ムティーに促され、俺は重力魔法で飛び上がり、上空遥か高くで霧へと


 霧。どこまで行ってもどこまで落ちても霧だ。サハスラーラ・チャクラで干渉しようにも、捉えどころがない。


 俺は重力の方向を真反対すると、一秒で霧から抜け出せた。一時霧を直視して宙に浮かぶも、「ダメだ。手の打ちようがない」と重力を弱めたままに落下した。


 雪に着地する。「帰ってきたな」とムティーが言う。「どうだった?」とピリアが尋ねてくる。


 俺は首を振った。


「多分地上も上空も同じだ。俺は数分間霧の方向に落ち続けたけど、抜けられなかった。戻ってくるときは一秒で元の位置に戻れた。チャクラも意味がない」


「ウェイドくんでも、ムティーさんでも、どうにもならないくらい、高度な魔術なんだ……っ」


「高度……高度、ねぇ? ウェイド、どう思う」


 真剣そうな目で言うアイスに、何か含みのありそうな言葉をムティーは呟く。それから奴に問い掛けられ、俺はアジナー・チャクラで観察した。


 魔術。魔法よりも遥かにメチャクチャで歪な、神の奇跡の模倣。外見だけ取り繕って中身には全く気を払っていない、と言うような構造が、第二の瞳、アジナー・チャクラでは分かる。


「……高度、っていうと、ちょっと違う気がするな。こう言う物言いは分かりにくいかもしれないが、こう……美しくない」


「ウェイドも言うようになったな。そうだ。この魔術は見てて気持ちが悪いほどに。だが、だからこそ手出しがしづらい。ただの魔術じゃねぇ」


「そうだな。何ていうか、絡まりまくった糸みたいな感じなんだ。サハスラーラ・チャクラ、第二の脳のチャクラでも触れないし、触れたとしてもこれは触りたくない」


「触りたくない、の?」


「うん。絶対悪化させるだけの未来が見える」


 アイスに首を傾げられ、俺は頷く。


 技術と方法はあるが、それでも千日手、という感じがあるのだ。抜本的に術者を殺して、魔術そのものを根っこから消し去るのが一番いい。


 ともかくだ。魔王城に向かえない理由がこの霧なら、晴らすしかない。だが直接晴らせない以上、調査して解決するしかない。


「ムティーってこの外から来たんだよな? その時はどうだったんだ?」


 何かとっかかりはないか、と俺が尋ねるも、ムティーの反応は芳しくなかった。


「あー? 霧がかっちゃいたが、素通りだ。そんときは気付きもしなかった」


「じゃあ、どうしたもんか……。虱潰しに調べるには周囲数十キロは広いしな……ううむ」


 魔法なら、アジナー・チャクラから、魔力の流れをたどれる。だがこれはぐちゃぐちゃになった魔術だ。魔力の余計な流れが多すぎて、辿っていられない。


 ……魔術を見た後だと、魔法って綺麗だったんだなぁと思う。魔力の流れというか。合法だから無駄がなく美しい。逆に魔術は、そこを避けるから歪で醜い。


「ちなみに、なんです、けど」


 悩む俺の背後で、アイスがピリアに尋ねる。


「ここから魔王城って、どのくらい距離、ありますか……?」


「うーん、馬車で1ヶ月かな」


 遠。


 そう、俺が二重の意味で唸っていると、「ねぇウェイドちゃん」とピリアが俺を呼ぶ。


「何も案がないなら、他のみんなを探しに行かない? 特に、クレイ君に、スールさんの二人がいるところ、結構気になってて~」


「ん? まぁどうしようもないし、行けるところからっていうのはいい案だけどさ。何でクレイ・スールペアが『特に』なんだ?」


 俺が聞き返すと「キャハハッ」とピリアは笑う。


「だってあの二人が今いるところ、ここ一帯の領主悪魔の城館だよ?」


「マジで!?」


 俺は目を剥いてピリアに振り返る。ピリアはおかしそうにケラケラと笑っている。アジナー・チャクラで確認すればその通り、クレイとスールの周辺には城のような作りの建物が。


「マジじゃん」


「ピリア、それいつ知った」


 淡々と問うのはムティーだ。それにピリアはぶっとい鎧をくねくねさせて答える。


「ついさっき♡ だってウチの十八番の霧使ってウチを封殺なんて、ブチギレ案件だし~。だからこの霧結界の内側、『ウチの霧』で埋め尽くしちゃった」


「ああ、それでか」


 その問答に、俺は以前戦った『香箱の神』ことアルケーのことを思い出す。


 だが匂いはしないし、視界がかすむ感じもないし、何よりアルケーの『香箱』とは規模感が段違いだ。


「……ムティー、どゆこと?」


「あん? 直接聞け。オレもピリアの訳わからん魔法は詳しく知らん」


「ピリア?」


「乙女の秘密~」


 ピリアに答える気はないようだ。俺はアイスと視線を交わして苦笑するばかり。


「なら、これを使うか」


 ムティーは懐からアクセサリーのようなものを取り出した。氷の結晶が穂先に付けられた、杖のようなそれだ。


「何だそれ。首飾りか?」


「一昔前、女王ヘルがまだ子供だった頃に、奴の騎士団から奪ったもんだ。徽章きしょうっつってな。要するに身分証明のためのモンだ」


「ってことは」


 俺がハッとすると、ムティーはニヤリ笑う。


「ああ。こいつを使えばオレたちは正式な魔王軍だ。懐にもぐりこんで調査なんて簡単よ」


「アレク並みに色々持ってるなムティー……」


「やめろ! アレクさんの耳に入ったらマズいだろうが。あの人マジでどこにでも耳がついてんだからな?」


 顔を青ざめさせて、ムティーは首を振る。あ、やっぱアレクに頭が上がらないのは素なのか。


 いや、俺も頭が上がらないと言えばそうだからアレだが、方向性が違う。


「よし。じゃあ、早速クレイたちと合流しに……おぉ?」


「……ハッ。身の程知らずどもが……」


 話している最中で、俺たちの全員が近づいてくる敵意に気付いた。雪に隠れてこちらを伺っているのは、魔獣、いや、魔人か……?


 まだ他の皆が気付いていない中、俺はアジナー・チャクラ、第二の瞳を飛ばして、奴らの声を聞き取る。


『立ち往生してる旅人か? 武装はほとんど最低限だ。四人中男二人に女一人、一人は全身鎧で分からねぇ。だがチビだ』


『女はよほどのことがない限りは戦力じゃねぇ。俺たちは10人全員男だ。鎧が不気味だが、不意を突けば全員殺して女と荷物を奪えるな』


『へへ……。女なんていつぶりだ。前の女はイジメ抜いて殺しちまったからなぁ。近くの村の女だったなら、何度も殺せたのによ』


『よし、さっさと襲うぞ。こちとら腹が減ってんだ。また餓死なんて御免だぜ』


 むき出しの殺意。全員が不死であるからこその倫理観、躊躇いのなさ。人間の山賊よりも下卑た価値観。


 俺は口を曲げる。


「ムティー、連中の会話は聞いてたか?」


「ああ、聞いてたぜ。いつ虐殺しても心の痛まないクソ野郎どもだ」


「そうだな。じゃあ、分かりやすくいこうか」


「そうだな。分かりやすくいこう」


 俺は視線を鋭くさせ、ムティーは悪辣に笑う。


「「早い者勝ちだ」」


 俺は「梵=我ブラフマン・アートマン」と口にして、重力魔法と筋力、第二の心臓アナハタチャクラを用いて一瞬の内に飛び出す。同時、横に居たはずのムティーが消える。


 俺は空中を矢のように駆けながら、デュランダルを振りかぶった。眼下には俺たちの消失に戸惑った山賊たちがいる。そこ目がけて、俺はデュランダルを振るった。


「まず二人」


 魔人二人の上半身がズレ落ちる。大量の血が噴水めいて吹き上がった。残り8人。


 少し奥を見ると、ムティーが触れた一人の魔人がブクブクと膨れ上がり、パンッと爆ぜた。巻き添えで3人死ぬ。昨日の魔人爆弾と全く同じ事やってるよムティー。


「おい! ムティー倫理観ヤバイぞ! まんま魔人の行動だぞそれ」


 俺はムティーに文句を言いながら、返す刃でさらに3人切り伏せる。魔人は何の反応もできずに死ぬ。


「あー!? オレはクソみたいな奴は、徹底的にイジメることにしてんだよ!」


 ムティーは言いながら、素早く最後の魔人に肉薄し、頭を手で鷲掴みにした。ムティーのサハスラーラチャクラが起動する。グシャ、と魔人の頭がまるでアルミ箔のように潰れる。


 これで魔人たちは全滅だ。2秒と掛からなかった。と思いながら、俺はムティーに食い下がる。


「だからって魔人と同じ行動取ることはないだろ」


「ハッ、バカが。地獄にいる間は魔人のノリに身を任せてみろ。思ったより笑えるぞ?」


「笑えるって、あのなぁ……」


 ケタケタと笑うムティーに、俺はため息を吐く。


 そんな会話を見ながら、「男の子って、いつになってもやんちゃなんだから」とピリアが訳知り顔で肩を竦めていた。

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