第288話 再合流、邪神の話
ひとまずその日は適当な他の家で夜を過ごした。
命の危険はない。ないはずだが、何か気味の悪いものを取り逃がした、という気がしている。そんな、嫌な夜だった。
とはいえ俺たちも冒険者。嫌な気持ちが拭えなくても、寝るときは全力で寝るしちゃんと快眠を決め込む。
そうやって夜を明かして起き出すと、居間にケロっとした様子のムティー、ピリアが座っていた。
「あの別れで、何で平然と居んだよお前ら」
俺が特に何のチャクラも使わずに叩くと、ムティーは特に気にした風もなく、上機嫌で答えた。
「おう、ウェイド。無事村を見付けて夜を明かしたみたいだな。もっとも―――村一つ滅ぼして無事、と言えるならだがな! ギャハハハハハハ!」
クソムカツク。と俺は顔をしかめる。ピリアも「おはよ。ムティーが朝からうざくて大変だね~」と他人事だ。
俺はピリアに肩を竦めてから、ムティーに文句をつける。
「おいムティー。ニブルヘイム、『善意を捨てろどころ』の話じゃなかったぞおい。何だあいつら。アイスからノリで略奪しに来たってのは聞いたけど、それ以上にこう」
俺が言葉に詰まると、ムティーが眉を顰める。
「あ? 何だよ」
「……ここの村人全員、俺に敵わないって気づいた瞬間、村人全員で集団自決したぞ。襲撃掛けてくるようなバカな村人が、だ。どうなってんだよ。イカレてる」
「はぁん……なるほどな。まぁ魔人ってのは、バカや狂人のふりして全員まともだからな。前提が違うからそう見えるだけだ」
「は? まとも?」
「根本の前提が違うと、マジで理解できない動きになんだよ。だが連中はまぁまぁ合理的だ。弱者からの略奪。強者への反抗。仲間同士の裏切りあい。全部がな」
「意味わからんが」
「刺激に飢えてんだ、連中は。前にお前が戦った、冥府の魔王軍とこの中将みたいな真面目堅物と同じに考えんなよ? あいつは恐らく、この村にいる連中全員より若いからな」
「若い!? イオスナイトが!? この辺りの奴らより!?!??」
めっちゃ強かったじゃん! そういうのってある程度年取ってるイメージあったんだけど!
「ダメだ、全然わからん。何なんだニブルヘイム……」
「ニブルヘイムが、っつーか地獄全部がな。とはいえ冥府は地獄でもマシな方で、この辺は最悪に近いが……ま、しばらく遊んでりゃ慣れんだろ」
「こんなところで遊べるか。あんな何考えてるか分からん連中相手に……っと」
俺は思い出し、「なぁ」と尋ねる。反応したのはピリアだ。ムティーは何かを呑んでいる。酒か?
「ん? どしたの?」
「いや、昨日連中の動きが妙だからって、頭の中を覗こうとしたんだ。アジナー・チャクラで。そうしたら、よくわからん奴にしばかれた」
「んん? ……それってもしかして、魔王ヘルメース? 一昔前の冥府の魔王だよそれ」
するとムティーが笑う。
「あー? ギャハハハッ。ヘルメースにしばかれたか。あいつウッゼーよな。分かるぜ。昔殺してやったのに、いまだに地獄にルールを残してやがる」
「ムティーが殺したのかよ」
と言うか死んでるのかよ。死してなお残るのかよルール。じゃあどうしようもないじゃん。
俺の言葉に、ムティーは「魔王ってのは、そういう存在だからな」と言う。
「魔王ってのは地獄のルールそのものだ。嘘を禁じると言えばあらゆる魔人が正直者になる。自然に戻れと言えばあらゆる人工物が廃される。それが魔王だぜ」
「メチャクチャだな……まるで神だ」
「ハッ。気の利いたことを言うじゃねぇか。魔王が神、ねぇ、クックック」
ムティーは鼻で笑って、手に持った水袋に口をつけた。俺は自分で言った言葉に思い出すことがあって、「なぁ」と問いかける。
「昨日、ヘルメースもそうなんだが、妙だと思うことがあってさ」
「あ?」
「クレイが言ってたんだけど、ヘルメースって、ギリシャ神話圏の神の名前でもあるらしいんだ。後、今回狙う女王ヘル。ヘルって名前の神が、アイスの変身魔法の神だって」
俺は、ムティーが何か答えらしきものを握っている、という期待を込めて尋ねた。ムティーはそれを聞いて呆けたような顔をし、俺から目を背ける。
「へぇ」
「……何も知らないのか?」
「知らん。オレが知ってるのは体験したことだけだ。長年生きて、それなりに多くの物事に関わっちゃいるが、文献読んで議論できる学者様とは違う」
「……そうか、分かった」
ムティーでも分からないか、と思う。「が」とムティーは続けた。
「神ってのが、そう聖なる存在でもないって話くらいならできるぜ。実際オレも神を殺したことがある。ある程度実力ある連中なら、どこかで出会って戦うことになるからな」
「ムティー神殺ししたことあんのか!?」
「ある。厳密には邪神だがな。神そのものを顕現させる儀式ってのが各地に残ってて、頭のおかしな連中がしでかすんだ。そうやって顕現した神は、色んなものが欠けてやがる」
ムティーは語る。
「暴れまわる力の塊。それが召喚された神、邪神だ。理性ある振る舞いはできねぇ。周囲に災厄をもたらして進み、召喚者の望みを歪に叶え―――後は殺されるまで暴れまわる」
ニィ、とムティーは笑う。
「常人にとっちゃ絶望の権化だ。指の一振りで死ぬからな。だから邪神には神話に詳しい奴確保して、金等級を十人以上かき集めて特攻させるか、白金級を強制的に向かわせる」
実力としてはそれでトントンだ。とムティーは言った。
「だから、神殺しなんてのはそう珍しい称号じゃねぇ。竜殺しよりは上ってくらいだな。そこまで上り詰めた連中は、邪神ごときには負けねぇよ。神殺しの化け物になるだけだ」
何でもない、という口調でムティーは〆た。俺は「……なるほど」と頷き、整理しきれない情報に思案する。
神。分からないことが多すぎる、と思う。この世界は神という存在の扱いがあまりにも多岐にわたり複雑だ。神罰、魔法、邪神、……魔王。
今考えても仕方がないことか。と、少し考えてから思索を打ち切った。それから、「話は変わるけど、そっちは昨日どうしてたんだ?」と尋ねる。
答えたのはピリアだった。
「昨日はも~大変だったよ~。どこまで行っても霧! ウチに霧だなんて不敬もいいところでしょ!?」
「言ってる意味が全然分かんないけど」
「ピリアの戯言は気にすんな。相手にするのもしち面倒くせぇ」
「ムティーひどっ! で、話戻すけど、何かね? 霧の結界で、この周辺一帯、出られないみたいなの」
「出られない?」
やっとちゃんとした説明を受けて、俺は渋面になる。すると、ムティーが言った。
「ウェイド、今日はオレたちと一緒に来てもらうぞ。霧の結界を破らねぇと魔王城に向かえねぇ。ボチボチ他の連中回収しつつ調査だ」
「あのムティーが、調査?」
「お前人のことなんだと思ってやがる」
「あらゆるすべてをチャクラで何とかするチャクラマン」
「おうお前の体ももう一度チャクラで人形にしてやるよ」
「やめろっ! いや待ってくれ。本気で聞くけど調査って何だよ。ムティー、アジナー・チャクラで大体見れば分かんだろ」
「ああいうのは無理なんだよ。チャクラは万能だが全能じゃねぇ」
事実上のムティーの敗北宣言を聞いて、俺は呆然とする。
「……マジ?」
「マジ」
「サハスラーラ・チャクラとか使っても?」
「だって魔術は森羅万象じゃねぇーし」
ムティーがへそを曲げるように言うのがあまりに珍しすぎて、俺はポカンと口を開けた。
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