第287話 蔓延する秘密

 相対する村人魔人の態度は、下卑たものだった。


「何だお前……あ! 分かった! お前あの二人につけられた護衛か? でも魔術の匂いがしねぇな。武術だけで二人を守ろうって? ギャハハハハ! ご苦労なこった」


 連中はニヤニヤと笑いながら、氷兵を囲みだす。


「なぁ、別にちょっと略奪して犯して殺すくらいいいじゃねぇか。ここは裏切って一緒に良い思いしようぜ? 世は事もなし。その場その場を楽しもうや。な?」


 例えば~、と言いながら、連中は後ろ手に隠していた武器を振りかぶった。


「裏切られてピンチとかな! ギャハハハハ!」


「―――」


 氷兵はそれに、槍で一閃した。


 奴らには、目にも止まらなかっただろう。一瞬遅れて、氷兵の一閃に気付く。そして、気づいたときには遅い。


 襲い掛かってきた村人魔人の半数が、上半身と下半身の泣き別れを迎える。


「――――は?」


 声を上げるのは、辛うじて槍の一閃に巻き込まれなかったもの。あるいは運よく皮一枚で済んだもの。


 とぼけた声に遅れて、村人魔人たちの血が噴水のように上がった。生き残った村人魔人たちは茫然とそれを見つめている。


「う、うわ、ま、マジかよ。おい。見えなかったぞ。何だよそれ」


「魔術、使わなかったよな、こいつ。っていうと、純粋なる技か? 単なる技で、これか?」


 生き残った魔人たちは、お互いに目くばせしあう。それを見ながら、氷兵は『死んだ仲間に気を払いもしない』と観察する。


 ―――なるほど、魔人は復活するというのは、こういうことか。死に躊躇いがない。だが、常軌を逸した強さを前にすると、本能的な恐怖は覚えるのか。


 氷兵は観察しながら、情報を蓄える。魔人たちはようやく警戒し始めたらしく、各々体の一部を手でなぞって魔術を展開し始める。


 だが、結果は同じだ。


 無数に生み出せるのにもかかわらず、たった一騎で金等級。『氷騎士』にとって魔人は、歯牙に掛ける相手ではない。


「テメェ俺に逆らいやがったなオラァァアアアア!」


 全身を火に包み、一人の村人魔人が襲い来る。氷兵は、鉄よりも強固な氷槍の穂先が溶けているのをみて、なるほど生身の相手には無敵に近い魔術なのだろうと理解する。


 だが、だから何だというのか。


 アイスの三つ目の魔法、冷気の鎧の方が、ずっと無敵に近い。


『コールドアーマー』


 魔人は基本的に銀等級レベルの実力を有する。ウィンディと程度が同じということ。


 つまりは、アイスの冷気の鎧を前に、攻撃を通す術がない。


「ギャ、キッ……!?」


 氷兵の冷気の鎧に触れた炎の魔人は、刹那の内に凍り付き、炎を失い、その場に固まった。勢いばかりが残り、地面に激突し砕け散る。


 それを見て、「っ!? 何しやがった!」「おい、こいつ凍り付いてるぞ」と魔人たちが騒ぎ出した。氷兵は槍を振るい、今殺した相手を歯牙にもかけず前に踏み出す。


 それに、魔人たちは怯みを見せる。お互いに視線を交わしあい、「これは、どっちだ」と言い合う。


 それに、氷兵は違和感を持った。


 『どっちだ』とは、どういうことだ。命の危機を前にして、どちらならどう動かねばならない、という要素があるというのか。


 連想されるのは、奴らの事情。魔人の命が軽いのだろうという想定はつくが、それにしても命より重い秘密があるのか。たかが村人に。そのような秘密が。


 氷兵はアイスに報告する。どうすべきかを主に問う。主は珍しく返答に時間をかけた。


 そして、こう言った。


『ウェイドくんに、お願い、するね?』


 その次の瞬間。


 場に衝撃が訪れた。






 アイスに願われた俺は、すかさず家から飛び出て、殺さないように手加減をしながら二人の魔人をねじ伏せた。


「ガァッ!」「カッ……」


 首根っこを掴んで、地面に押しつぶす。それを重力魔法とアナハタ・チャクラの合わせ技で行うだけで、よほどの化け物以外には負けない威力を有した攻撃になる。


「よぉ。人の良い笑顔で迎えて、夜を待って襲撃とは、趣味のいい話だな。ん?」


 二人の村人魔人の気絶を確認して、俺は立ち上がる。この二人で尋問をすれば、秘密を聞き出すのには事足りるだろう。逆に言えば、それ以外の村人魔人どもは要らなくなる。


「こっちは最近まで離れ離れだった奥さんと、久しぶりに一緒にいられたっていうのに、邪魔してくれやがってよ」


 俺の物言いに、笑っていいのか恐れればいいのか、魔人たちは困惑した目を向けてくる。しかし体は正直だ。蛇に睨まれた蛙のように、連中は俺から目をそらさない。


「しかも、なんか隠してるらしいじゃねぇか。せっかくだから、その秘密暴かせてもらうぜ」


 俺がそういうと、連中は一気に総毛立った。震えだし、俺を見る目が血走っていく。


「お前……やっぱり探りに来た奴だったかよ。クソ領主の手先め……」


「……クソ領主……?」


 というと、村長とムティーが話してた奴だ。村長は取り繕いながら「素晴らしい方ですよ」と言い、ムティーが「この砲撃は高位の悪魔、おそらく領主のものだ」と言った奴。


 村人魔人と領主悪魔は敵対関係にあるのか……? 分からんな。だがそれは、村人魔人に聞けばいい。


 俺が目で合図すると、アイスの氷兵が、俺に代わって二人を持ち上げた。そのまま油断なく後退り、家の中に入っていく。


 それを見て、村人魔人たち全員が血相を変えた。


「全員! 死ぬのはここだ! 


『おうッ!』


「おぉ? お前ら意外に骨があるのか? いいぜ、やろ―――」


 俺がニヤリ笑い構えを取った瞬間に、連中の内の複数が、たった一人の魔人の頭をカチ割った。


「は?」


 俺はキョトンとする。あの発言の直後に仲間割れ? そう思った瞬間だった。


 魔人の頭の中で、ルーンの輝きが走った。直後爆風が、頭をカチ割られた魔人を中心に吹き荒れる。


「―――――ッ!?」


 俺を一度死なせるほどの威力を持った至近距離での爆発に、俺は即時に復活しながら、真っ先にアイスの待つ家の二階へと駆け付けた。


 というか爆風の勢いのままに自分で壁を破って、アイスを抱きかかえた。


「ッ!? ウェイドくんっ……?」


「しゃべるな舌かむぞ!」


 俺は言いながら、アイスの部屋の中に置いておいたデュランダルを呼び寄せて、疑似的な壁にした。その辺のあばら家に比べれば、デュランダルの方が優秀だ。


 デュランダルは俺たちを包むドーム状に広がり、追って迫る爆風をしのいだ。それが数秒。衝撃が収まったのを確認して、俺はアイスに聞く。


「外の状況、どうなった?」


「……えっと、あ、気を付けて……っ。この家、もう」


 アイスがそこまで言った時に、足場が崩れる。俺はアイスをお姫様抱っこで抱き上げて、デュランダルを剣の形に戻しながら、地上に着地した。


 そこに残っていたのは、散々な光景だった。村人魔人たちは全員死んでいた。俺たちが尋問用に、と残していた二人も、氷兵ごと爆風に巻き込まれ死んだようだった。


 俺がそう判断して唇を曲げた瞬間、アイスが言った。


「何か、変……っ」


「え?」


 アイスは言い、崩落した家の残骸の中に倒れる魔人二人に近寄っていく。四肢が欠け、明らかに死んでいる死体に触れ、アイスはその口を開いた。


「うっ……!」


「うお、すごい悪臭だな。……いや、何だこのにおい? 何か、少し覚えがあるぞ」


「……トキシィちゃんの、毒魔法、だと思う」


「は? 何だ、それ。どういうことだ」


 アイスは俺を見る。アイスの目はすでに分かっている。ならば、考えれば分かることなのだ。俺は頭を冷やし、推論を述べる。


「……逆、か? 爆発で死んだんじゃなく、毒で死んだのか? それを爆発で死んだと思わせた? だとすると、毒を仕込んだのは」


「うん……っ。わたしたちを襲うより、ずっと前に、……、いつでも死ねるように、毒を奥歯に仕込んでたんだと、思う」


 なら、いつ死んだ。俺が抑え込んだその瞬間には、実力の差を察して毒を噛んでたのか? なら、爆発は何のためだ。尋問を避けるためじゃないのか。


 俺は考える。考えて―――理解した。


。勝てない敵が秘密を暴きに来たっていう、村全体への合図だ」


「アイスクリエイトッ!」


 アイスが大量の氷鳥を放つ。氷鳥たちは素早く飛び回り、村の家々の中に飛んでいく。二秒と経たず、アイスは唇をかんだ。


「……ウェイドくん、この村の人たち、もう全員、毒で自殺、しちゃったみたい……」


「―――マジかよ」


 ここの連中は、魔人ではあったが、それでも村人だったはずだろ? ただの村人が、ここまで迷いなく集団自決するのか? とりあえず略奪、なんて馬鹿なことをする奴らが?


 俺は戦慄する。アイスを見れば、静かに沈黙し、据わった目でじっと魔人の死体を検分している。つまり、可愛い子ぶる余裕をなくした、素のアイスだ。


 俺は「はー……」と息を吐き、それから「今日寝る用の新しい家、あと適当に夕飯に出来そうな魔物狩ってくる」と歩き出す。


「うん……っ。気を付けて、ね……!」


「ああ」


 頷きながら、考える。『気を付けて』、という言葉。以前までは少し聞いた。最近はめっきり聞かなくなった。理由は当然、俺の強さ。俺は簡単には死なないから。


 だが、それを分かっているアイスが、そう言った。


 俺は思う。


「ニブルヘイム、こわ」


 この地には謎がある。何か、得体のしれない謎が。

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