第286話 とある氷兵の調査

 これは、アイスとイチャイチャしながら聞いたことだ。


 アイスの氷兵を操るときの脳の動かし方は、氷兵の数がある程度の量を超えた段階で一変した。


 それもそのはず。普通に動かせば、何十、何百という体を、自分の脳みそ一つで管理し、動かすことになる。そんなものは不可能だ。だが、それをアイスは何とかした。


 アイスが語るには、こういう仕組みなのだという。


「作り出す氷兵の中に、ルーンを刻んでおく、の。アレクさんと考えた大ルーンで、氷兵一体一体に、知性を持たせる大ルーンを」


 結果どうなったのかというと、氷兵の一体一体すべてに、アイス同等の知性、経験を詰め込まれた。


「……そ、それは、どうなるんだ……?」


「どうなるって?」


「いや、何ていうか、自分の管理下でもさ、自分並みに頭のいい奴が無数にいるってのは、怖くないか?」


「うふふ……っ、ウェイドくんは、一つ勘違いをしてる、よ?」


「勘違い?」


「うん。ウェイドくんの怖さはね、わたしも通ったから分かるん、だけど、つまり、『自分並みに頭のいい無数の手下が、自分に害をなすんじゃないか』ってことでしょ?」


「……」


 俺はしばらく考え、首肯する。俺が感じた怖さは、その類のものだ。サルが知性を手に入れ人間に反逆するような、AIが人間を支配するディストピアのような。


 しかしアイスは首を横に振る。


「害をなすのはね、知性じゃなくて生命、だよ。生命は理屈抜きで『生きる』っていう目的がある。生きるためには資源がいる。その資源だと認識されれば消費される。それが害」


 でもね、とアイスは続けた。


「知性は違う。知性は命じゃない、から。知性は目的がないの。だから何もなければ何もしない。壊されるなって言われなければ壊されっぱなし。『生きたい』が無いのが知性」


 そして。


「わたしが言えば、どんなに自滅的なことでも、反論なしにすべてやり切ってくれる。氷兵はね、ただの手足、なの。怖がることは、ないんだよ……っ」


 目をキラキラと輝かせながら、アイスはそう語った。その様に、俺は、恐ろしさと危険さをないまぜにした、反転したような愛らしさを感じて。


「……そうか。アイスも、強くなったんだな」


「うん……っ。ウェイドくんに追いつくために、頑張ったんだよ……!」


 俺の胸に顔をうずめるアイスの頭を、そっと撫でるのだった。











 ――――今から語るのは、そんな一体の、アイスの氷兵の話だ。


 氷兵は命ではない。主であるアイス同様の知性と知識、経験を生まれながらに手にしただけの知性だ。だから命令がなければ活動意欲を持たない。そのまま朽ちていくだろう。


 だからアイスは、生み出した瞬間に、もっと言うなら中身の大ルーンが成立した瞬間に、氷兵に一律このような命令を下す。


『主の愛するウェイドに仇なすものを排除せよ。ひいてはそのために動く主の命に従え』


 その命令が、氷兵の中に最初に成立する、根源的な『願望生きたい』の役割を果たす。


 アレクと相談して構築した大ルーンである。無論アレクはこの命令に苦言を呈したが、アイスは頑として譲らなかった。


 故に、氷兵のすべてはアイスに似た願望を持って動く。アイスはあくまでも主で、従うべき司令官である。


 だがウェイドは違う。その望みのままになるように、という深層意識が構築される。


 すると面白いことに、アイスの狂気が、そのまま氷兵にうまく伝染するのだ。


「……」


 故に、アイスに作られ、その命令でウェイドとアイスの二人が過ごす寝室の前に立つ氷兵は、静かに異変を察知した。


「……」


 無論、その異変はアイスに伝わっている。だが、伝わっているだけだ。この程度であれば、アイスは氷兵を信頼して、意識を割きもしない。


 だから氷兵は、自らの判断で自らの複製を生成する。アイスクリエイト。それで氷兵は自分同様の氷兵をその場に残して、異変の正体を探るべく歩き出す。


 まず氷兵は、形を変えた。


「チチッ」


 氷兵は自らの鎧の体を脱ぎ捨てて、鳥の姿となって飛び上がった。氷の鎧が一息に溶ける。手の平ほどの小鳥の姿は隠密性が限りなく高く、この姿で察知されることはほとんどない。


 氷鳥となった氷兵―――氷兵鳥は、すいーっ、と軌跡を描いて飛び、わずかな隙間から家の外に抜け出し、雪の降る村にある鐘の上にとまった。


「チチチッ」


 氷兵鳥は、まず空を見た。アイスたちがこのニブルヘイムの地を踏んだ時からすでに薄暗かったが、今はさらに暗い。こんなどん詰まりにも、昼夜は一応あるらしい。


 さしずめ、今は夜と言ったところか。地上と地獄で時間にズレがあることは、不思議でも何でもない。そう考えながら、氷兵鳥は地面を見下ろした。


「チ……」


「……」


 そこにいたのは、一人の魔人だった。警戒した目で、ウェイドとアイスに貸し与えられた家を見つめている。見つめながら、こんなことを言う。


「……どこの手のもんだ……? 何故何も行動を起こさない。探りか、工作か。そのどちらでもないなら、マジで王都から来た無垢な坊ちゃん嬢ちゃんか……?」


「……」


 村人魔人の物言いを見ながら、氷兵鳥は考える。魔人であるにしろ、村人の発言とは思えない発言だった。人間の村人はもっと純朴だ。組織の立場の物言いはしない。


「チチ」


 だから、氷兵鳥は判断する。この村は単なる村人の村ではない。意図があり、思惑がある。優しさゆえに、ただ純粋に二人を迎えてくれた村人ではない。


「チ」


 それを氷兵鳥はアイスに報告する。指示を仰ぐ報告だ。アイスはこういうとき、必ずノータイムで返答する。


『探りを入れて、くれる? 可能なら、全滅させちゃおっか……っ』


「チ」


 氷兵鳥は了承する。ウェイドに仇なすものを排除する。それは原初の命令、氷兵鳥の願望そのものだ。


 そして氷兵鳥は再び飛んだ。監視していた村人魔人が歩き出したので、それを追う。


 その村人魔人は、この村でもひときわ大きな家に入っていった。村長の家だ。家を借り受ける過程で、二人はここで村長と話した。


 氷兵鳥は自らの体を限りなく透明に近くしてから、村人魔人が扉をくぐるのに便乗して、すいーっ、とその頭上を飛んだ。それから村人魔人の向かう先へついていく。


 村人魔人は、やはりというか村長の執務室のような場所に至った。その執務室の片隅に隠れ、氷兵鳥は静かに聞き耳を立てている。


 村長と相対して、村人魔人は話し始めた。


「注意深く動向を探ってましたが、動く気配はなかったですね。言葉通り、マジで王都から来た無垢な坊ちゃん嬢ちゃん調査員みたいでした」


「そうか……。ならば捕まえて拷問にかけるほどではないな。見過ごすか、略奪するか」


「リスク問題ですね。立ち振る舞いはしっかりしてましたが、魔術の気配が少なかった。多分かなり弱いです。魔人としては生まれたてじゃないかと」


「なら、略奪しておくのが一つの親切か。奴隷にして売ってもいいが、ここは殺しておこう」


「えーっ。男も女も美味しそうだったのに。どっちもいい体してましたよ?」


「お前は雑食がすぎる。最近奴隷を捕まえたばかりだったろう」


「もう全部あそこぶっこわれちゃいましたよギャハハハハ!」


 村人魔人は、純朴な村人とは決して思えない悪辣な顔で嗤う。それを氷兵鳥は、冷酷に見下ろしている。


 村長はそれに、呆れるでもない、むしろどこか羨ましそうな目で、こう言った。


「その辺りの塩梅は任せる。無垢だというなら奴隷にはせず、一通り楽しむ程度にしておけ。終わったらちゃんと殺すんだぞ」


「はいはーい! じゃ、若い衆連れて襲撃といきますか!」


 村人魔人が跳ねるような足取りで出口へと向かう。村長はそれをぼんやりと見つめている。村長は氷兵鳥に気付く気配もない。


 だから氷兵鳥は、その頭にとまる。


「……? な、ぃぎッ」


 硬質な音を立てて、氷兵鳥のとまっていた場所から、極大の氷柱が村長の頭を貫いた。村長があっけなく息絶える。その感触で、氷兵鳥は理解する。


 ―――この村の魔人どもは、すべて自分一人で皆殺せる程度の存在だ。


 氷兵鳥は飛び上がり、出ていった村人魔人の様子を眺める。村人魔人が群れを作って、ウェイドとアイスのいる家の前に集まる。


 その様を見下ろしながら、氷兵鳥はじっと考えた。


 この村を滅ぼすのは確定事項だ。奴らはウェイドに仇なす者。だから殺す。一人も生かして返さない。


 だが、何か探り切れていない気がする。村人魔人たちには、こちらの掴めない敵がいる。奴らはそれを警戒し、懐にウェイドとアイスを呼び込み、観察していた。


 可能ならその情報も得たい。得るべきだろう。それでなくとも、魔王ヘルメースとやらの所為で、奴らの頭の中を覗けないのだから。


 そう考えながら、氷兵鳥は高く飛び上がる。


「おぉっし、メンツはそろったな。じゃあ早速―――」


 松明に加え、思い思いの武器を持った村人魔人の群れ。その眼前に、氷兵鳥は鳥の姿から兵士の姿に戻り、連中の頭上から降り立った。


 村人魔人たちは一様に瞠目する。だがその異常に大きく反応しないのは、おそらく連中が『魔術の匂い』とやらしか感知できないためか。


 これでは長生きできまい、と氷兵は思う。いや、事実長生きするまでもないのか。奴らは死ねば蘇る。だから生存本能は人間よりも弱い。


 何せ自分に―――アイスの魔法のすべてを内包し、アイスの戦闘経験のすべてを受け継ぎ、アイスの体ではなしえない動きを取る自分に、ここまで暢気でいられるのだから。


「は……何だ? お前、誰だ」


 村人魔人の問いに、氷兵は作り出した槍を構える。


「……」


 氷兵は物言わぬ兵士。外から見れば冷酷に任務を達成していくだけの氷の兵隊。だが中ではアイスの狂愛に似た命令が、反響し続けている。


 ―――ウェイドに仇なすもの、殺すべし。その視界に不快をもたらすもの、視界にすら入れぬままに滅ぼすべし。


 氷兵は静かに腰を低くする。その中に宿る魔法は、アイスが持つものと全く同じ。


 無数に増え、魔力の限り尽きることはなく、だというのにその一体一体の強さは金等級に届く。


 『氷軍』アイスが無数に放つ必殺の尖兵『氷騎士』が、悪辣なる魔人どもに殺意を燃やしていた。

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