第284話 地獄探訪記:村々へ

 地面は、一面の雪で覆われていた。


 絶えずびゅうびゅうと、冷たい風が雪と共に流れていく。俺たちを囲うように生えている木々はまさに樹氷というべき姿をして、真っ白な木肌を風に震わせている。


「「……」」


 そこに立ち尽くす人物が二人。言うまでもなく、俺とアイスの二人だ。


 投げ出されてからの着地は、ひとまず問題なく終わった。空中で何回転したかも分からないが、空中近くで重力を軽くして、そのまま厚い雪の中にずぶり、だ。


 俺たちはその雪の中から這い出て、ようやく雪を体から払ったところだった。一息つき、言う。


「寒っっっっっっみぃ……!」


「こ……これは、厳しい、ね……っ。わたしは氷魔法の分耐性があるけど、ウェイドくんが心配……」


「いや、言うて俺もアナハタ・チャクラがあるから命に関わるようなことはないんだけどさ」


 にしたって極寒である。暖かい地域で育った身としては、体に答える寒さだ。地上はまだ春だぞ。地獄にはそういうのないのか。


 地上に到着したタイミングで、思いっきり雪の中にハマったのが辛いところだ。それで結構体温を奪われた感じがする。


 おかげで俺は全身ぶるっぶるに震えているし、アイスも体を抱きしめている。こんな寒いのかよニブルヘイム。これが北欧神話圏か。


 ううむ、アナハタ・チャクラの肉体改造で、体を無理やり温めてもいいが。エネルギーは余計に消費することになるし、その時間でアイスはより寒い思いをする。


「うだうだ言ってても仕方ないな。さっさと動き出そう。死ぬことはないにしろ、寒すぎてやってられん」


「う、うん……! じゃあ、どうしよう、か?」


 アイスに見つめられ、俺は答える。


「第一に拠点の確保だな。次に仲間と合流。最後に情報収集ってところだ。ここが魔王の居場所にどの程度近いのか、あるいは遠いのか、俺たちはまだ何も分からない」


「スールさんが、魔王城とここの距離は知ってる、と思う、よ……?」


「確かに。じゃあどっちかというと、情報収集はこの周辺地域についてをメインで集めるのがいいか」


「うん……っ」


 俺は頷くアイスに頷き返し、「ブラフマン」と呟く。するとアジナー・チャクラが起動し、第二の瞳でみんなの居場所を探る。


「……みんな結構飛ばされてんな。しかも全員人里離れた場所だ。合流だけならできるが、そこから人里をみんなで目指すとなると、厳しいだろうな」


「先に人里に向かう……?」


「そうしよう。体を温めてから合流に動くのが良さそうだ。俺たちに一番近い人里は……あっちだな」


「うん……っ。じゃあ、行こっか……!」


「ああ。ウェイトダウン」


 俺は俺とアイスの体重を軽くして、雪に足を取られないようにする。「あ……歩きやすい……!」とアイスはニコニコだ。俺は笑顔で肩を竦めておく。


 そうして、俺たちは歩き始めた。歩きながら、言葉を交わす。


「ムティーが言ってたこと、どう思う?」


「えっと、角を付けて魔人のフリをしろっていうのと……」


「それと『あらゆる善意を捨てろ』って奴」


 俺が補足すると、アイスは「うーん……」と困った顔をする。


「角は、どうにかしなきゃ、ね。わたしが氷魔法でつくってもいい、けど、色はどうしようもないし……」


「その辺の木でどうにか作るか? ほら、幸い周りにはたくさんある」


 言いながら俺が近くの樹氷に触れると、アイスが目を丸くする。何だと思って見上げると、上の方に顔がついていた。


「……え」


 同時、俺が樹氷と信じて疑わなかったそれらが、哄笑を上げて一斉に襲い掛かってくる。俺は「うわぁああああ驚いた! オブジェクトウェイトアップ!」とすべてをひねりつぶす。


 木々に見えていた魔物は、すべて一様に重力魔法でへし折れた。俺は心臓を驚愕に高鳴らせながらも、木片を拾い上げてアイスに見せる。


「と、とりあえず材料ゲット?」


「あ、あはは……。びっくりしたけど、ちょうどよかった、ね」


「ああ、そうだな。オブジェクトポイントチェンジ」


 俺はちょうどいいサイズの木片をいくつか空中に浮かべ、デュランダルで形を整える。角。角ねぇ。こんな感じか? 第二の脳サハスラーラ・チャクラの平行思考で何とかするか。


 俺はチャクラを用いて半分自動運転で重力魔法を扱い、木彫りの角を掘りながら歩く。そうしていると、アイスが話しかけてきた。


「もう一つの、ムティーさんの話、だけど、ね?」


 アイスの言葉に、俺は視線をやる。


「わたしは、まだ判断できない、と思う、な。わたしたちは、まだ何も見てない、から」


「そうだな。しいて言えば今の木の魔物くらいのもんだが、あれだけじゃ参考にならん」


「ふふ……っ。そう、だね。でも、うん」


 アイスは俺を見上げながら、こう言う。


「多分、相手にもならないとは思う、けど。それでも、警戒は、しなくちゃ。相手は、地上であれだけのことをした魔人、だから」


「そうだな。ムティーの意図は分からないが、魔人の悪意は本物だ。警戒して向かおう、っと。できたぜ」


「わ……っ、早い、ねっ」


 俺は二対の角を完成させ、片方をアイスに渡す。


 俺は少し曲がりつつ上に伸びる鬼っぽい角。細長い木片の形を生かした力作だ。


 一方アイスは、くるんと下に伸びる羊のような角。おぉ~いいな。悪魔感出てる。可愛いわ。流石俺の嫁。


「アイス似合うな。これなら魔人じゃないとはバレないはずだ。しかも可愛い」


「ふふっ……! ありがと、ね。ウェイドくんも、かっこかわいいよ……!」


「そうか? アイスは俺のこと何でも褒めるからな」


「全部本音、だよ。ウェイドくんは、何してもすごい、から」


「悪魔の角付けても?」


「うん……っ! 似合ってる、よ」


 アイスは目をキラキラさせて俺を見つめている。俺は少し恥ずかしくなりつつも、アジナー・チャクラの状況把握は続けている。


「村はそろそろだな」


「うん……っ。住んでる人も、みんな魔人だけど、普通そう……っ」


「……実は氷の鳥でも飛ばしてたか?」


「うん……っ。おんぶにだっこでいるつもりは、ない、からね……っ!」


 アイスはニコニコで俺を見る。うん。俺が過保護発揮したの、ちゃんと根に持たれてるわ。


「……頼りにしてるよ、アイス」


「本当、に?」


「ホントホント」


「何だか、嘘っぽい言い方……」


 ムッとしながら、アイスは俺の腕を抱きしめてくる。俺はクスリと笑って「冗談だよ」と言う。


 それで二人で、クスクス笑いながら歩いた。アイスと二人きり、というのは久しぶりだ。だから何というか、心地よい。寒い中でも、温かな気持ちになる。


 アイスもそうだったようで、歩きながら気持ちよさげに目を細めて、俺の腕に顔を寄せていた。「ね……、ウェイド、くん」と俺に言う。


「二人っきり、だね」


「そうだな」


「みんなと合流するまで、だから、堪能しても、いい?」


「もちろん」


「ふふっ……! やった」


 アイスは地獄ニブルヘイムに居るのにも関わらず、上機嫌で歩を進める。その姿を見て、そういえばしばらく、アイスはみんなに譲りっぱなしだったな、なんてことを思う。


 この旅では、しばらくアイス優先で動こう。みんなを愛すと言ったからには、アイスのことだって十分に愛さなければ。それが、ハーレムの主の義務で権利なのだから。


 そんなことを考えてながら歩いていると、ようやく枯れ木の森を抜け、村が見えた。そして、第一村人も。


「……やっぱり魔人か」


「うん……!」


 その村人魔人は作業をしていたようだったが、俺たちを見るなり明るい顔をした。目を見開いてにこやかに、手を振りながら、ちょっと駆け足で近づいてくる。


 ……魔人の角が効いたか? 流石の魔人も魔人同士なら友好的なのか。しかしムティーがあの様子だからな、と揺れる俺。とりあえず警戒はしておく。


「これはこれは、旅人様でございましょうか。この深雪の中ご苦労なことです。この村には何用で?」


「地方の調査が済んで、これから王都に戻るところなんです。それで休息を取らせていただけないかと。ああ、彼女は私の部隊の隊員で、私が隊長を務めております。他の隊員は別に」


 俺が流暢に敬語&嘘で返答したから、アイスはポカンとした目で見ている。だがすぐに取り繕って、俺に続き簡単に会釈をした。


「なんと、役人の方でございましたか。道理で皆様ご立派な角をお持ちでらっしゃる。話を聞くに、魔王様の?」


「ああ、すいません。あまり所属は言わないようにと厳命されておりまして」


「それは失礼しました。では丁重にお迎えせねばなりませんね。もう日が暮れる頃ですし、是非この村に泊って行ってください」


 こちらです、と村人から丁寧に案内を受けながら、俺とアイスは冷徹な目で、魔人の背中を目で追った。

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