第283話 地下世界にて合流、離散
俺が適当に重力魔法で土くれをどかすと、地下101階に繋がる階段を発見した。
「お、これだな。みんな、こっちだ」
俺の呼びかけに、同じく下り階段を捜索していたみんなが集まってくる。俺は背嚢に収納していた松明を取り出して、壁にこすって火をつけた。
松明の明かりを頼りに階段を降りていく。ここから先は未知の面々も多いだろう。同じ事を考えたのか、サンドラが俺の横に並んで言った。
「ここまで降りてくるのは久しぶり」
「そうだな。イオスナイト戦は激しかった……楽しかったけど」
「ウェイド、あれからずっと楽しんでていい感じ。もっともっと狂気に身を任せるべし」
「サンドラは狂気が好きだなぁ」
「もっとやばばばなウェイドの可愛い姿見せて。最近見れてない。遺憾」
「今回の旅で、もうたくさんってくらい見れるから、大人しく待ってな」
「待つ。あたしは忠犬。わんわん」
「絶対犬か猫かで言ったら猫だぞサンドラ」
「バレた。にゃおん」
軽口を交わしながら進むと、階段の終わりが見えてくる。一番下まで降りると、ひどく冷たい風が吹きすさんだ。
「わぷっ。すごい風! 寒~~~い! ……え、っていうか風……? こんな地下深くで?」
「トキシィはまだまだ世界の構造が分かってない」
「いきなりサンドラが煽ってきた」
むっとするトキシィに、サンドラが「見て」と指さした。それにトキシィは視線を動かし、言葉を失う。
「……真っ白な、空……?」
「にしては少し青みがかっているね。不思議な光景だ。まるで、世界が凍り付いているかのようだよ」
クレイの言葉を聞いて、俺は何となく、アイスの方を見た。アイスはどこか複雑そうな目でこの地下世界を見つめている。
ニブルヘイム。北欧神話圏の地獄。
俺は床の端まで移動して、下をのぞき込む。ああ、確かにこの下にちゃんと雲がかかっている。この真っ白な空は、本当に空なのだと知る。
「さて……とりあえず突貫でここまで来たわけだが。合流相手はいつ来るんだ?」
「ウェイド様、噂をすれば影、ですね」
「ん?」
スールが、僅かにこの地面の斜め下の方を指さした。俺はアジナー・チャクラを起動して目を凝らす。――――うぉおおおお!? ものすごい勢いで向かってくる!
「お前ら全員階段まで避難! あいつ、ぶつかったときの危険とか全く考えてねぇ!」
『!?』
俺の指示に全員目を白黒させるが、やはり訓練されたパーティ、すぐに階段まで避難を終える。
その直後、それは着弾した。
まるで地表から放たれた砲弾がぶつかったような衝撃だった。地面を僅かに揺らし、ガリガリと地面削って勢いを止め、土煙に包まれる。
そして奴は、煙を剛腕で払って、ニヤリと笑うのだ。
「―――よう、少し見ない間にまた強くなったみてぇだな、ウェイド。サンドラも、ハッ、化け物揃いのガキどもめ」
現れたのは、懐かしい顔。ガラの悪いチンピラのような男。だが胸元に揺れるのは、白金の松明の冒険者証。
俺にとって、師匠とはこいつのことだ。俺は悪態をつきながら、笑みをこらえられない。
「ムティーは相変わらずだな。口の悪さと唐突さとか」
「ウェイドが言うじゃねぇかよ。最近可愛いお人形さんにされてた奴がよ」
「したのはお前だろうが!」
俺のツッコミに、ケタケタとムティーは笑う。白金の松明の冒険者。俺とサンドラのヨーガの師匠。悪辣なる迷宮の大先輩、ムティーが地上から着弾し、そこに立っていた。
それに沸き立つのは、俺だけではない。
「お久、ムティー。あたしもボチボチ強くなった」
「おうサンドラ、お前はウェイド以上に久しぶりだな」
サンドラが無表情ながら高揚した様子で近づいてくる。一方ムティーの背中から顔を出して、他の二人に声をかける影が一つ。
「クレイ君にトキシィちゃん久しぶり~! うわー! 古龍たちが完全に君たちのこと認めてるよ。どんだけ修羅場くぐったの? キャハハッ」
小さな全身鎧の姿に、クレイとトキシィが笑顔で駆け寄っていく。
「ピリアさん、お久しぶりです。たくさんの経験を積んできましたよ」
「ピリアだ~! 久しぶり久しぶり! えへへ、強くなったでしょ私たち!」
ムティーとピリア。俺たちが初めて本格的に師事した、尋常ならざる実力の二人。白金の松明パーティの二人が、そこに立っていた。
……というか、あのメチャクチャ重そうな全身鎧のピリアを、ムティーは背負っていた。もしかしてムティー、ピリアを背負って自前の跳躍だけでここに跳んできたのか?
「おら重ぇよ落ちろ」「うぎゃ」
ムティーがピリアを振り落とす。やっぱ重いんだ。
ムティーは俺たちをジロリと一望してから「ふん、どいつもこいつも粒になってやがる」と鼻を鳴らす。
ピリアは「乱暴だなぁ」と自分の尻を撫でながら、かぱっと顔鎧を開けた。中から小さな女の子の顔が出てくる。相変わらずのギャップだ。
俺は肩を竦めて二人に言う。
「ま、合流相手は二人だと思ってたよ。殴竜軍との戦争の時は協力してくれなかったのに、今回はどういう風の吹き回しだ?」
「あん? そりゃあオレたちはここが本領だ。殺していい無数の敵と、殺しても死なねぇ味方。それだけの世界なんてのは実に単純でいい」
「要するに、松明の冒険者だから松明の依頼ならちゃんと受けるよ、って話だよ、ウェイドちゃん」
ああ、確かに戦争は剣の冒険者の領分か。強い強くないじゃなく、自分の仕事は受けてそうじゃなければ蹴るってだけの話らしい。プロ意識だなぁ。
「つーかあらかじめ潜ってたのか? 今下から来たけど」
「ハッ、ちげぇよバーカ」
鼻で笑うムティー。何だこいつムカツクな。……いや、元からか。
俺はピリアを見ると「あ、そっか知らないんだ」と納得に手を打つ。それから、ピリアは言った。
「地上と同じで、地獄もつながってるんだよ。だからカルディツァで依頼を受けて、その足でこっちまで移動してきたってこと」
「え!? 繋がってんだ! へー!」
この世界おもしれー! じゃあ地獄経由で他国に潜入とかできたりすんのかな。逆に天国とかでも繋がってたり? そもそも天国があるのか分からんけど。夢が広がる……。
シルヴァシェオール無限に掘れるな、と俺は世界の広さに感心してしまう。そんな事を考えていると、スールが前に出た。
「お初にお目にかかります、白金の松明の冒険者『無手』様、並びに金の松明の冒険者『鉄檻』様。今回陛下よりニブルヘイムの案内人の役割を下賜いただきました、スールと申します」
「おう。……へぇ、おもしれーな。お前みたいなのはそうそう現れねぇ。ま、進む方向が同じである間は仲良くやろうじゃねぇの」
「光栄です。『無手』様」
「ムティーでいい。こっちもピリアってな」
「よろすく~」
「では、ムティー様にピリア様、と」
へりくだる形でスールが挨拶するも、ムティーはスールに何を見出したか機嫌がいい。基本機嫌が悪いムティーが珍しい、と思っていると、クレイが問いかけた。
「それで、ひとまずここから一階ずつ降りていくんですよね? 積もる話は進みながらしませんか」
「あ? そんな時間ある訳ねぇだろ」
「えっ」
ムティーに一周され、ポカンとするクレイ。というかクレイに限らず全員意味が分からずキョトンとしている。
「ムティー? 何言って―――ッ」
そこまで言って、俺も気づく。強烈な殺気。俺たちを射抜く視線。俺に続いて続々とみんなが脅威に気付くのを見て、ムティーはニヤリと笑い言う。
「ハッ。まったくこの程度で驚いちゃってよぉ粒どもが。初々しい限りだぜ」
「ムティー背負い直して~」
「あ? 仕方ねぇな」
ムティーはピリアを背負い直す。俺たちは殺気の方向を探り、そして高速で向かい来る影に気付く。
「ムティー、あれは」
「さぁな。だがこの上空目がけて攻撃できるような奴だ。恐らく高位の魔人、悪魔だろ。ここの領主とかじゃねぇの?」
ムティーの言葉の直後、それは着弾した。ムティー以上の威力と猛烈さで俺たちの立つ地面を打ち砕く。俺たちは足元の揺らぐ感覚に瞠目する。
飛び散る血。肉。誰かに当たったかと確認するも、俺たちは全員無事だ。俺は困惑する。今何を撃ち込まれた?
「おっと、大迷宮の塔ごと砕きやがる気か。しかも弾が悪趣味極まりねぇ。ま、どうせ迷宮だから数日で直るだろうが―――しち面倒くせぇけど、最低限、師匠としてやることやるか」
粒ども。ムティーが俺たちに呼びかける。
「見ての通り、オレたちは今超高威力の砲撃を受けてる。足場は砕かれ、風は吹きすさび、恐らく散り散りになるだろう。だから、心構えを先に教えておく」
ムティーが言う中でも、謎の砲弾は次々に着弾し、地面を破壊し血肉をまき散らす。
アジナー・チャクラを起動しようとした瞬間、アイスの足場が崩れたので、俺は咄嗟にアイスを抱きよせて助けた。
「あ、ありが、ウェイド、く」
「あぶっ、ムティー! 今それどころじゃ」
「どうせお前らは落下しても死なねぇんだ、慌てるなよウェイド。地獄じゃあこの程度の破壊は日常茶飯事だぜ?」
「はぁ!? ―――グッ」
俺たちより下の階が一気に崩壊したのか、俺たちは一気に地面ごと数メートル落下する。その衝撃に俺たちが焦る中、ムティーは平然としたままこう言った。
「粒ども、これが大迷宮の更に下、地獄の日常だ。お前らはこれから、人間の常識の通用しない世界に入る。覚えておけ。地獄においては力だけが正義だ。他のものは何の意味もねぇ」
さらなる砲撃で地面が明確に傾く。サンドラが「やば。トキシィ負ぶって」とトキシィにしがみつき、クレイが「スールさん、掴まってください」とスールの手を取る。
「常識は捨てろ。だがそれ以上に、良識を捨てろ。他者を思いやる心を捨てろ。慈悲を捨てろ。目の前の相手はすべて殺すか奴隷に堕とせ。あらゆる善意を捨てろ。外道になれ」
俺は、ムティーの語る言葉が分からない。それでなくともこの窮地だ。俺はアイスを抱きしめ、重力魔法で45度以上に傾く地面にしがみつく。
「あとは最低限、角のレプリカでも被って魔人のフリをしておけよ。それさえありゃあ、そう大きな問題にはならねぇ。ともかく、だ」
地面が傾き、地上に落下する中でも、ムティーは地面に対して垂直に直立していた。本当に慣れっこなのだろうと思う冷静ぶり。
突き刺さった砲撃で、とうとう俺たちの立つ地面が完全に瓦解する。俺はアイスを抱きしめながら、「
それから他の皆も、と思った直後、強烈な凍える突風が俺たちをかき乱した。俺とアイスは空中で何回転もしながらぶっ飛ばされ、上下の感覚さえ失ってしまう。
しかしそんな土壇場でも、変わらない語調で、風音に負けない堂々とした物言いで、ムティーは言うのだ。
「悲鳴と怒号と笑い声の絶えない領域。地獄へようこそ、だ。粒ども」
俺とアイスは二人きりで、真っ白な世界に投げ出される。俺はアイスを抱きしめたまま、突風にどこまでも飛ばされていく。
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