第280話 ちょっとした魔人退治

 翌日のこと。朝食の席で、アレクに一つ頼まれごとをした。


「え? 魔人退治?」


「ああ。少し頼まれてくれよ。この街から少し離れたところにある遺跡に、はぐれ魔人が住み着いてな」


 コーヒーを啜りながら言うアレクは、「ぷは」と口を離してからニッと笑った。


「近隣の村がちょいと悲惨なことになってるみたいだから、助けてやりたくてな」


「ふーん?」


 こう見えて自国民のことはちゃんと考えてるんだなぁ、とアレクの王っぽいところを初めて見て、俺は感心する。


 アレクはこう続けた。


「ウェイドパーティで行けば何ら問題ないような相手だ。ただ、肌感覚で魔人と魔術ってのがどういうもんかっていうのは、安全な範囲で知っといた方がいいだろ?」


「ああ、一石二鳥みたいな話でもあるのか」


「ま、そういうことだ。ニブルヘイムで初めて直面して、面食らうのも嫌だろ。だから今のうちに、散歩感覚で対『魔術』訓練ってところだ」


 アレクがそこまで考えて振ってくれた仕事なら、断る理由はないだろう。


「そうだな。ま、ちょいとやってくるか」


「助かるぜ。あとで小遣いやるから、終わったらバーッと遊んでこい」


 俺は頷く。それから準備に自室に戻ろうとすると「あ、その前にいいか?」とアレクに言われて立ち止まる。


「ん? おう。まだ何かあるのか?」


「いや、魔人って何か分かってるのかって確認だけな」


「……そういやあんま分かってないな」


 漠然と人間の敵というイメージはあるが。あとニブルヘイムに住まうメイン種族?


 という認識をアレクに伝えると「ああ、大体あってるぞ」と頷く。


「ただ念押ししておきたいのは、魔人ってのは真の意味で『人間の敵』ってことだ。奴らは人間を食うし、騙して殺すことになんの良心の呵責もない」


「すげー嫌な敵なのは分かった」


「つっても、俺だって第一人者じゃないから詳しい話は知らないがな。魔人は絶対的な敵、とだけ覚えとけ。それがうじゃうじゃいるのが、これから行くニブルヘイムだ」


 じゃ、早速会ってどんなもんか確かめてこい! アレクに背中を押され、俺は部屋を追い出される。











 そんな訳で、俺たちは冒険者装備に久しぶりに身を包んで、散歩のようなテンションで街を出た。


「いやぁ何かいいな。この辺りは風も涼しいし、歩いてて気持ちがいい」


 足取りも軽やかというものだ。油断して鼻歌でも歌いだしてしまいそうなほど。


「ウェイドパーティで冒険者っぽく動くのも、久しぶり、だねっ……!」


「そうだな、アイス。やっとのびのびできる」


 最近は組織戦に戦争、政争と肩ひじ張った戦闘ばかりだったから、冒険者らしい動きができるのも久しぶりだ。俺はくくっと伸びをして先頭を歩く。


「クレイ、道はこのまままっすぐでいいんだよな?」


「そうだね、ウェイド君。まっすぐ進んでしばらくすると、遺跡に続く獣道が右手に見つかる。それまではまっすぐだ」


「全然まっすぐじゃなかったわ、ごめん」


 気を遣わせてしまった、と俺は何だか反省気分だ。するとクレイが、くくっと笑う。


「いや、気にしてないよ。ああ、久しぶりにウェイド君と話したという気がするね。会話のテンポが小気味いい」


「え、何だよ褒めるなよ……いや待て。褒め方だいぶ独特じゃないか? 日常生活でテンポ褒めることあるか?」


「ね~え~。男同士でイチャイチャするのやめてもらえますぅ~? 寂しく旦那様を待ってたお嫁さんがここに居るんですけど~」


 背中から俺に抱き着いてくるのはトキシィだ。わざとらしく頬を膨らませて、脇腹の辺りから俺を見上げている。


「ハハハッ。トキシィ、ヤキモチか?」


「……ヤキモチくらい焼くもん。お嫁さんだもん」


 ぷい、と抱き着きながら視線を逸らすトキシィ。何だ可愛いなこいつ。思わず頭を撫でてしまう。


「ん~……ウェイドに頭撫でられるの安心する」


「分かる。あたしも」


「サンドラ、今は私のターンだからもう少し辛抱してて」


「おもちゃがなくて暇」


「サンドラ今私のことおもちゃって言った?」


「言ってない」


 トキシィの真似をするように、トキシィの反対側の脇腹に抱き着いて、ひょっこり顔を出すサンドラ。子供だなぁと思いながら俺はサンドラの頭も撫でておく。


「ん……なかなかどうして……わるくない……」


「お嫁さん二人からモテモテだね、ウェイド君。ご気分は?」


「すっげー申し訳ないけど犬と猫」


「……」


 無言で甘えモードを解いて赤面しつつ普通に歩きだすトキシィ。一方俺から離れず、ずっと撫でられ続けるのがサンドラだ。


「にゃおん。大勝利」


「サンドラが最強で良いと思う」


「ふふふ……っ。みんな、楽しそう、だね」


 俺に唯一撫でられるポジションを確保し続け、サンドラは勝利宣言だ。その様子を見守りながら、アイスは穏やかに微笑んでいる。


 そんな風に戯れながら進むと、獣道に差し掛かった。俺たちは無言で目配せをし合って、緊張感を取り戻して進む。


 獣道をしばらく進むと、アレクの言う通り遺跡に差し掛かった。苔むした、朽ちた石造りの遺跡だ。今にも崩れそうだが、崩壊したとて怪我を負うようなメンバーでもない。


 が、わざわざ長居したい場所でもないだろう。俺はアイスに視線を向ける。アイスは頷いた。俺たちはこれで伝わる。


「アイスクリエイト」


 アイスは呪文で指先に氷の小鳥を三匹作り出し、飛ばした。小鳥は遺跡の中に入っていく。


「……見つけた、よ。どうする……?」


「アレクは『対魔術練習』って言った。直接激突して観察するのがいいだろうな」


『了解、リーダー』


 俺以外の声が重なる。俺は頷いて、先陣を切った。


 戻ってきた一匹の氷の小鳥の案内に従う形で、俺たちは遺跡に足を踏み入れた。カツン……と足音が響く。空気がひんやりと冷え、何となく湿度の高さを感じる。


 ダンジョンの空気感。それが、俺たちに程よい緊張感を与えていた。着実に俺たちは足音をなくしていき、まるでいないかのように存在感を消して動いた。


 途中、アイスが言う。


「ちょっと惨いけど、それだけ、だから」


 揃って頷く。それから、『ちょっと惨い』という表現に適した状況がどんなものか想像できず、疑問符を浮かべながら、俺はその部屋に立ち入った。


 そこにあったのは、小さな地獄だった。


 人間に似た男女が、無数の人間を貪り食っていた。角の生えた男は村人らしき女性の腹部にかぶりつき、尻尾の生えた女は村人らしき男性の足を炙ってはかじっていた。


「地上はいいな。確かに魔王様方が目指すわけだ。憎き人間どもは弱いのばかりで食べ放題のいたぶり放題。ここは楽園だな」


「ね! 村はあんなに貧しかったのに、ここはご飯もおもちゃもいっぱいで、至れり尽くせりって感じ~」


 瞬時に足の肉を平らげた女は、その骨を後ろにぽいっと投げ捨てた。奴の背後には、食べ散らかしたのだろう人間の骨が山になって積まれている。


 どういう関係かは知らないが、この二人が人間にとって受け入れざる敵であることはすぐに分かった。であるからには、俺たちのすべきことは単純だ。


「誰がいく」


「私がやろうかな。外道は苦しんで死ぬのがいいし」


「じゃああたしも。胸糞悪いのは見敵必殺」


「任せた」


 俺の問いに声を上げ、トキシィとサンドラが前に出る。ザッと地面をこすってわざと出した足音に、男女は急激に反応した。


「追加の食事……じゃない。これは敵だ」


「ううん、追加の食べ物だよ。実力差も測れないよわよわ人間が~、食べてくださいってやってきてくれたの」


 魔人の男女が立ち上がる。ニタリと笑う様は歪で、魔人でもかつてのイオスナイトとは全然別物だと思う。


 しかし、魔人―――魔術。魔法ではない以外、ほとんど知らない魔の技術。


 どんなものか、お手並み拝見と行こう。


「行くよ、サンドラ。軽く叩いて反応を見る。見どころがなかった潰す。それでいいね」


「了解」


「女二人しかかかってこないのか? 愚かだな。やはり人間とは、魔王様が言うように唾棄すべき種族か」


「ふふふっ、身の程分からせてあげよ~?」


 四人が見合う。むき出しの殺意。そのを見れば、強さが分かる。


 俺は言った。


「銀もいいところだな。常人には手も足も出ない程度。俺たちから見ればただの羽虫だ」


「ほざくなよ人間風情がァ!」


 男魔人が、前に出た二人を無視して俺に叫んだ。


 妙なのは、奴が自らの喉に触れたこと。同時に口から光が漏れたこと。


 男魔人の声は遺跡の中で反響して、耳が痛いほどだった。だがこの手の音響爆弾はモルルのドラゴンボイスのが数段上。使い方は妙だが、脅威ではない。「うるせ」とぼやくだけだ。


 しかしそれを有効打だと誤認して、男魔人が俺に突進してきた。俺は構えも取らない。


 何故なら、俺はトキシィとサンドラを信頼しているからだ。


「もう魔術は見たし、あなたは殺すよ」


 横をすり抜けようとした男魔人の喉元に、トキシィは鋭く毒指を刺し込み抜き放つ。男魔人はそれに痛みさえ感じる間もなく、脱力して倒れ込んだ。


「な……い、ぁ……?」


 男魔人は痙攣し、そのまま静かに息を引き取った。その静かな決着に、女魔人は「んぇ……? な、何ふざけてんの……?」と震える声で男魔人に問いかける。


「あ、相手は、ザコ人間だよ……? そ、そんなやられた振りしたって、引っかからないんだから……。だ、だから、早く起きてよ、ねぇ……ねぇ……!」


闘神インドラ


 サンドラが構えを取り、真言マントラを口にする。サンドラのスワディスターナ・チャクラが起動し、チャクラの赤子が目を開く。


「さぁ、早く魔術を使って。もうこっちはさっさと終わらせてウェイドとイチャイチャすることしか考えてない」


「それはそれでどうかと思うぞ」


「敵よりも先に夫から苦言が」


 みんなが苦笑している。だが女魔人はそれどころではない。連れ合いの死を悟り、震え、胸元に手を当てる。


「―――このぉおおおお!」


 ドクン、と大きな鼓動音が響いた直後、女魔人は消えていた。しかし、それはただ高速移動をしただけ。もっと言うなら、その動きを追えなかったメンバーは一人もいない。


「はい、終わり」


 女魔人が襲い掛かろうとしたサンドラは、女魔人の移動よりも速くその背後を取っていた。女魔人の後ろ手を掴んで、呪文を口にする。


「スパーク―――」


 ただし、より強い一撃を。


「―――バーストアウト」


 バチィッ! と激しい炸裂音を立てて、女魔人の中心から電撃が弾けた。女魔人は瞬時に炭化して、その場に崩れ落ちる。


 その最中に、女魔人は言葉を紡ぐ。


「滅、び、ろ、くず、人間……!」


 地面に倒れた衝撃で、炭化した体は粉々に砕けた。俺たちは顔を見合わせ、魔人、魔術がどんな雰囲気であるのかを理解する。


「なるほど、ニブルヘイムの道は、マジで人間の敵しかいない道程らしい」


 アレクめ、にくいことをする。本当に散歩感覚で魔界の温度感を伝えてきやがった。

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