第279話 ヴュルテンベルク家第四夫人
アイスの説得で完全に牙が抜かれてしまった俺だが、男としてすべきことが残っていた。
つまり、リージュを第四夫人です、と第一、第二、第三夫人の皆様にご紹介差し上げなければならないのだ。
「……」
時間はすっかり夜になった頃。夕食も終え、ゆったりする時間だ。
俺はリージュと並んで、屋敷の歓談の間の扉の前に立っていた。中にはアイス、トキシィ、サンドラの三人に、クレイとモルルがいる。
ちら、と隣のリージュを見ると、ガクガクと震えていた。昼間、俺がアイスにやり込められたのを見て、完全に怖気づいている。
「へ、下手を打てば、死……っ」
まぁ流石にこれは怯え過ぎだが。昼間の小悪魔っぷりどこいったの?
「お、落ち着け、リージュ」
俺はリージュの両肩に手を置いて、元気づける。
「確かに今から立ち向かうのは全員金等級の冒険者だが、今までリージュに優しく接してくれたお姉さんたちでもある。可愛いリージュに手をかけるなんて、そんなことはしない」
「そ、そうですか……っ? わ、ワタクシ、生きて帰れますか……?」
「ああ。むしろ危ないのは手加減なく襲える上に多少のことでは死なない俺の方だ。超怖い」
「ウェイド様っ?」
俺どうなるんだろう。ボコられるのかな。ボコられて許されるならいくらでもボコられるけど。嫌われたらとっても辛い。泣きそう。
「男は度胸……」
「ウェイド様? 泣きそうですが大丈夫ですか?」
「耐える……。よし、行こう。俺の覚悟が切れる前に行こう」
切り替える。俺は息を吐いて表情を引き締め、扉を開けた。歓談していたみんなの視線がこちらに向く。
「おや。ウェイド君、どうしたんだい? そんな改まって」
「クレイ、悪いが、黙って見ててくれ」
「……なるほど、分かったよ」
察しの良いクレイは、頷いて両手を腹の上で組んだ。モルルは「あー……」と嫌そうな顔でクレイの隣の席に移って見に回る。
相対するのは三人だ。左から、トキシィ、アイス、サンドラの順番で座っている。
「え、え、何? 何が起こるの?」
戸惑っているのはトキシィだ。一方微笑のまま口を閉ざしているのがアイス、ちょっと考えて勘付くのがサンドラだ。勘付きやがった。させるか。
「ウェイドもしかし「今回は、俺の大切な奥様方三人に、新しく、四人目が加わることを承知いただきたく、ご紹介します」
サンドラに先読みされて腰を折られてなるものか、と俺は先んじてまくしたてた。サンドラは何も気にせず、「当たった」と勝ち誇っている。三人全員こんなならいいのに。
「えっ……」
一方ちゃんとショックを受けるのがトキシィである。そうだよな! トキシィ正気なら一番常識的だもんな!
俺は深呼吸をして、リージュの背中を押す。リージュは震えながら前に出る。
「あ、改めて、自己紹介いたします! リージュ・オブ・ノーブル・カルディツァ、ですわ。ご承諾いただけた暁には、リージュ・オブ・ノーブル・ヴュルテンベルクを、名乗らせて、いただきます」
震える声で、リージュは言ってのけた。深々とお辞儀をするリージュに合わせて、俺も頭を下げる。それから揃って頭を上げ、説明する。
「今回の旅で、リージュの想いが本物で、婚約を受けても十分なほどにリージュが成長したこと、何よりみんなへの罪悪感に苦しんで涙したことを知って、俺はリージュを家族として迎えたいと思った。……リージュを好きになったんだ。だから、新しく嫁にすることにした」
俺の声だけがこの場に響く。シンとした静寂が、歓談の間に似つかわしくないほどに場を支配している。
質問してくるのは、トキシィだ。
「それは、つまり……手を出したってこと?」
「それは出してない。しばらくそのつもりもない」
「えっ」「えっ」
トキシィとリージュの二人が俺を見て声を上げる。俺はブンブン首を横に振る。
「手、出してあげないの?」
「出しません」
「出してくださらないんですの!? 何で!」
「何で!? 受け入れるとき言ったじゃん! しばらく出さないって!」
「理由を聞いているんですのよ! お答えくださいまし!」
「色々マズいからだろ! 第二次性徴もまだみたいな体つきに手出しするほど飢えてねぇよ!」
「ウェイド、手は出すべき。同じ嫁として可哀想」
「サンドラの意見はこういう時参考にならないからしない」
「悲しい……悲しみ」
サンドラがさめざめと泣いている。無表情で。
トキシィは「うーん……可哀想という気持ちと、今のリージュちゃんに手を出されるのは女として抵抗感がある気持ちがせめぎ合ってる……」と腕を組んで考えている。
俺は渋面で手を横に振った。
「いや、違う。論点そこじゃない」
「んぇ?」「ん」
トキシィとサンドラが首を傾げる。
「俺が言ってるのは、リージュを嫁に加えます。よろしくお願いしますってことだから。手を出す出さないって話はしてない。誰が始めたんだこの話は」
「トキシィ。仕方ない。トキシィむっつりだから」
「サンドラ!」
「椅子が遠いから届きませーん」
相変わらずトキシィを手玉に取るサンドラ。この雰囲気なら大丈夫そうだが……、と思った矢先だった。
トキシィが言う。
「なら、私たちは判断を下せないよ」
「うん。トキシィの言う通り。そもそもあたしたちも許可が出た側の人間」
「となると……」
視線が自然と中央に座るアイスに向かう。アイスは微笑みを浮かべて俺たちを見つめている。何か再会して以来ずっとアイスがラスボスポジ陣取ってない?
「……え、わ、わたし……っ?」
そんなことなかった。ニコニコしながら見守ってただけだった。今更になってちょっと慌てている。可愛い。
「え、えっと、ね……? じゃあ、ごほん」
咳払い、というより言っただけの「ごほん」を挟んで、アイスは言う。
「まず、ウェイドくん……っ。お嫁さんを増やすのは、構いません。ただ、約束してください」
「は、はい」
「平等に、愛してください。十分に、愛してください。たくさんのお嫁さんを持つ以上、これは義務だと、思います……っ。わたしたちみんなに、愛されてないなって、思わせない、で?」
「―――もちろん。そんなの、言われるまでもない。全員、もういいってくらい愛しつくすさ」
「うん。それでこそ、ウェイドくん、だね……っ」
くすぐったそうにアイスは微笑む。トキシィもサンドラも照れ照れだ。可愛いな俺の嫁さんたち。リージュも赤面して俺を見上げている。
「それから、リージュちゃん」
「は、はいっ!」
リージュが緊張に背筋を伸ばして受け答えをする。
「リージュちゃんは最初から、ウェイドくんのお嫁さんを目指していたから、じきにこうなることは何となく予想してた、よ? だから、わたしからは、おめでとうって、言いたいな」
「あ、ありがとうございますわ!」
「うん、それはまぁ来た時の様子的に、何となく分かってたしね」
「ウェイドたちが緊張してたからこっちも緊張した。トキシィが変な質問したのもその所為」
「フォローなのかイジリなのか分からないのやめて」
「イジリ」
「あとでしばく」
「ともかく、ね?」
アイスが言う。
「改めて、旦那様。四人の妻を、よろしくお願いします……っ。リージュちゃんも、同じ夫人として、よろしく、ね?」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますわ!」
俺たち二人は、頭を下げるアイスたちに揃って深くお辞儀をし、それからほっと胸をなでおろすのだった。
「ところでウェイド君、このやりとりが始まってからずっとモルルちゃんが唸ってるよ」
「モルルは認めないから」
クレイの報告に追従する形で、モルルが「うるるるる」とわざとらしく唸りながら俺とリージュを睨んでいる。俺はそれに苦笑するばかり。
「それは分かってるからまぁ、おいおい……」
「モルル~! これで名実ともに新しいママですわよ!」
「ギャー!」
リージュがモルルを抱きしめ、モルルが嫌な顔をしてもがく。
か弱いリージュのことなど、その気になれば一瞬で振りほどくことが出来るだろうに、モルルは抵抗をやりこめられたようなふりをして、「ふんっ」と鼻を鳴らすのだった。
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