第278話 愛ゆえに、牙

 俺は、端的に報告した。


「白金の剣の冒険者『誓約』―――『誓約の剣』アーサーは、間違いなくこの手で殺した」


 その報告に、誰もが息をのんだ。アイス、クレイ、トキシィ、サンドラの四人が、目を丸く口を引き締め、俺を見つめている。シグも「やはり……」と冷や汗をかいて微笑していた。


「ッ……いや、流石だ。お前ならやってのけると思っていたが、いや……。ウェイド、言葉もない。よくあの伝説を殺してのけた」


 アレクは、何度も頷いて俺を褒める。俺は言った。


「強かった。あれほど強い剣士には、多分もう会えないと思う。そのくらい強い奴だった。アーサーのゲッシュも、不死も、その剣技も、きっと世界最高峰のそれだった」


「だろうな。あいつはウチでも長年の目の上のたん瘤だった。シグでさえ脅威になる敵だ。方向性が似てるから可能性はあると思ったが、同時に実力差もあると思っていた」


 俺は頷く。


「実力差は成長で埋めた。今回の戦いは、俺だけじゃない、皆の力で掴んだものだ」


「詳しく聞かせてくれ」


 俺はつらつらと話し始める。ロマンのサポート。モルル、リージュ、ウィンディの献身、シルヴィア、ゴルド、新しく加わった仲間テリンによるデュランダルの強化。


「……驚いた。お前ローマン皇帝の『金の暗器団』メンバーを口説き落としてきたのか」


「ま、色々あってな」


 嫁さん三人からの目が冷ややかだが気にしない。この後もっと難しい話するんだからこの程度ではへこたれない。冷や汗もかいてないったらかいてない。頬に流れてない。


 そこまで話してから、俺は息を吐いた。アレクを見て言う。


「性格上は、仲良くなれる相手だった。けど、殺すことにしたし、ちゃんと殺してきた。アーサーを、あの後も生かすのは、酷だと思ったんだ」


 俺以上の不死性は、死ぬことが領域になる。アーサーの不死性は、まさしくそれだ。だからあの場で満足に死ぬ以上の死は、武人であるアーサーにはきっとなかった。


「……そうか。ウェイドがそう言うなら、それでいい。ご苦労だった」


 アレクの首肯に、俺は一礼する。報告は終わりだ。任務は達成された。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ達成されたのだ。


 俺は報告を終えて、一歩下がる。するとアレクが「次、シグ。ウェイドパーティの成果報告をしてやれ」と促す。


「ああ。では発表する」


 シグが前に出て、アイスたちを背に、俺とアレクを視界に納めて口を開く。


「ウェイド本人を除くウェイドパーティの訓練成果は、目標の七割五分を達成した」


「おぉ、お?」


 俺は歓声を上げかけて、つまり二割五分達成できてないという意味合いだと首を傾げる。


「まず、クレイについて述べる。クレイは、テュポーンとの契約をさらに更新し、俺と対等に戦えるほどになった。目覚ましい成長と言うほかない」


「恐縮です、師匠」


 クレイが一礼する。俺は口を開けた。シグと対等? マジ? つっよ。っていうか師匠って呼んでんの? 俺もロマンのこと師匠って呼んだ方がいいかな。


「よきに計らえ」


「シグ、その返答は師匠を超えて王になってんぞ」


「違ったか」


 シグの天然にアレクが突っ込んでいる。


「トキシィは対等とまではいわないものの、俺を溶かすほどの強毒をヒュドラから発生させることが出来た。不死性と身体能力も上がり、油断ならない実力者になった」


「かなり強くなったよ!」


 トキシィもご満悦だ。十分な成長だろう。というかシグを溶かせるなら溶かせないものとかないと思う。


「トキシィの毒で一回髪が全部抜けた時は本当に焦った」


「あの時はごめんね師匠……」


 シグの髪は見た感じふさふさだ。生えて良かったな本当に。どうでもいいけどシグって何か一つボケこなすノルマとかある?


「サンドラは……よく分からんが一回負けた」


「まぐれ勝ちした」


「やば」


 一番やばい。シグに勝つって何? 何をどうしたの? サンドラは無表情のままふんすと鼻息荒く誇らしげだ。いや誇らしくして良いよ。すげーよサンドラ。


「とても悔しいのであれ以来毎日挑んでいる」


「毎日ボコされてる」


 シグの後日談に、無の表情でサンドラは肯定した。シグ……。


「で、アイスだが」


 シグは言う。


「新しく魔法を三つ習得し、氷兵の練度を格段に上げ、さらに多くのルーン魔法を十全に操るようになった。今やアイスの氷兵軍は、一人一人が金等級であると言ってもいい」


 俺は、その物言いから結果を察する。


「誰よりも目覚ましい成長を遂げたのがアイスだ。これだけの遠隔群体型の実力者は、恐らくいない。総合力は白金の剣に至っても不思議ではないほどだ」


「だが、シグには届かなかった、か?」


 俺がシグの言葉を継いで言うと、シグは沈黙の後に頷いた。アイスは堂々と俺を見つめている。


 俺はアイスを見返さず、アレクに尋ねた。


「アレク、シグに傷を入れられるのが、魔王討伐の旅に連れていけるラインだったよな」


「……あの時は、そう言ったな」


 俺はアレクを睨む。アレクは「こえぇ顔で睨むなよ、おい。こちとらお前の王だぞ?」と口を曲げる。


 だが、俺は首を振る。


「アレク、ふざけてくれるなよ。十分な成長をしたから連れていけ、なんて言うつもりか? それでアイスが死んだらどうする。そんなのは嫌だって言ったのはお前だぞ」


「あれはあの時合格ラインに到達してるのがお前だけだったからだ、ウェイド。アイスの実力なら十二分に役に立つし、ウェイド以外の誰かがついていれば死にはしない」


「なら一人になった瞬間から死にかねないってことか? 十分役に立つから、俺の最愛の嫁さん一人の命の危険を冒せって言うのか?」


 一触即発。そういう雰囲気だった。外野の皆は焦った顔で周りを見回しているが、俺は誰の言葉があっても矛を収める気はない。


 だが、それでも声を上げるのが、きっとアイスなのだ。


「ウェイドくん……っ」


 シグを押しのけて、アイスは前に出る。


「わたしは、大丈夫、だよ。とっても強くなった、から。心配は掛けさせないよ……っ」


「……でも、シグに攻撃が通る、合格ラインには届かなかったんだろ。なら、死にかねない旅になるってことだ。そんなの」


「うん。つまり、これまで通り、だよ。何も変わらない。いつだってわたしたちの周りには命の危機があって、これからの旅もそうだって、それだけ、だよ」


「……」


 それを言われると、弱い。だが、俺は首を振る。


「他の皆は、死なないくらい強くなったんだろ。でも、アイスだけは届かないって、そう言うことなんじゃないのか。それで無理して、アイスだけ死んだら、俺は」


「ふふ、ウェイドくん」


 渋面で言う俺に、アイスは言った。


「その認識は、甘い、かな」


「……」


 あ、今俺、虎の尾踏んだ。


 アイスの顔を見る。微笑んでいるが、怒っている。明らかに、怒っている。


「これからわたしたちが行くのは、魔人たちの世界、魔界、地獄、だよ……? 死ぬ可能性がない人なんて、一人もいない。まさか、余裕の旅になるだなんて、思ってた、の?」


「い、いや、そういう訳じゃ」


「シグさんに攻撃が通るかどうかっていうのは、あくまで指標。死ぬ可能性が許容値に収まるって、だけの話、だよ。わたしはシグさんに攻撃を通せなかったけど、死ぬ可能性そのものは、とっても低いつもり」


 それにね、とアイスは続ける。


「旅の途中でも、それこそ、魔王ヘルを相手取る最中、でも、わたしたちは成長できる、よ? ウェイドくんがもまさにそう、でしょ……っ? それが、心配だから、なんて甘い理由で」


「あ、甘い理由だなんて」


「甘い、よ。ウェイドくんの無茶に、わたしたちが、どれだけ、心配してきたと思ってるの……?」


「……はい」


 俺はもう項垂れるしかない。周りが「うわぁウェイドかわいそ」とか「流石第一夫人……」とか好き勝手言ってる。


「ウェイドくんは、ね? 自分の痛みに鈍感すぎるし、周りの痛みに敏感すぎる、よ……っ。わたしたちは、もう、ちゃんと強いの」


「はい……」


「気遣ってくれるのは嬉しい、よ? けどね、過保護は、ダメだよ……っ。それは、わたしたちにとっても、よくない、から」


「はい……。すいません……」


 俺は唯々諾々と頷くばかりだ。こうなるとアイスには頭が上がらない。


 だがそこで、「だけど」とアイスはそっと俺のことを抱きしめてきた。


「わたしのために怒ってくれたのは、嬉しかったよ……っ。ありがとね、ウェイドくん……っ」


「……アイス……っ」


 俺はぎゅっとアイスを抱きしめる。それを傍から見ていたリージュが「アイス様怖いですわ……」と震えていた。

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