第273話 白金の剣の冒険者、『誓約』

 一合目の剣戟は、まったく同じ動きをした。


 高く鳴る金属音が、朝焼けの平原に響き渡る。デュランダルとボロの剣がぶつかり、火花が散った。至近距離にまで寄った顔には、揃って歯をむき出しにした獰猛な笑みが浮かぶ。


 同じタイミングで剣を弾き合い、俺たちは後退した。ああ、と俺は感動してしまう。まるで鏡の中の自分と戦っているようだ。そのくらい、動きが似ている。


 だが、差がつくのはここからだ。俺たちは剣士以上に魔法使い。魔法を使わなきゃ始まらない。


 俺はその場で強く足で地を掴み、一連の重力魔法でデュランダルを振るう。


「【軽減】【加重】【反発】で威力を限界まで上げて―――伸びろッ! デュランダル!」


 一閃。距離無限の一撃が、『誓約』を襲う。だが、『誓約』は余裕の一言だ。


「こういう時は、判断に迷わなくていいね。―――柳風の加護」


 『誓約』は、シグでもダメージを追う一撃を軽やかに受け流す。ゲッシュすげぇな、と改めて思った。しかしそれは、手を止める理由にはならない。


 俺は距離無限の一閃を繰り返して、接近してくる『誓約』を打ちのめそうとする。だがそのすべてを『誓約』は受け流してのけた。


 とうとう『誓約』は、そのボロの刃が俺に届くところまでくる。その口が紡ぐのは、俺を殺しきるためのゲッシュだ。


「我らは誓う。治癒の否定を。代償に求むは、より速い足」


 アナハタ・チャクラが治癒を禁じられる。ああまったく、強敵だよ、お前。


 『誓約』は急激に速度を上げ、俺の脇腹をすれ違いざまに切り裂いた。俺は咄嗟に腕を上げて「あっぶね! また右腕落されるとこだった!」と叫ぶ。


「ハハハッ! 『ノロマ』! 君はおおらかだね! 切り裂かれた脇腹には言及もしないとは!」


「生憎と、何度もミンチにされてる身なんでね! この程度は痛くも痒くないんだよ!」


 俺は方針を変える。重力魔法の強みは、敵に直接かけられるところだ。だから俺は『誓約』を掴む素振りと共に、呪文を唱える。


「オブジェクト・ポイントチェンジ」


「おや、残念だがそれは効かないよ」


 重力魔法が『誓約』を掴みかけて、弾ける。無効化。『誓約』はニヤと笑って剣を構える。


「私には『退魔の加護』がある。そういう直接の魔法は、無効化できるのさ」


「そういやそんなのあったな……」


「では」


 『誓約』が、再び前傾姿勢を取る。


「今度は、こちらが追い詰めさせてもらう」


 『誓約』が、反転し飛び出した。素早い。俺は防御を考え、ロマンから禁じられていたなと思いだす。


 ならば、攻めだ。俺は『誓約』を掴むために伸ばした腕を、指に変える。


「ディープグラヴィティ」


「!?」


 『誓約』が姿勢を崩す。奴の『退魔の加護』が崩壊する。俺は改めてぐっと拳を握って、言った。


「オブジェクト・ポイントチェンジ」


 さぁ、振り回してやる。


 俺は『誓約』を重力で掴んで、右手を思い切りあげては地面に振るった。『誓約』の身体が浮いては地面にたたきつけられ、浮いては地面にたたきつけられる。


「んでっ、トドメの一発だッ! クリエイトチェーン!」


 何度も地面に『誓約』を叩きつけてから、ポイ、と上に放る。そこに鎖を絡ませ、俺は飛び上がった。


 一閃。『誓約』の身体が真っ二つに割れる。だが俺はそれで終わらせない。鎖をぶん回して、地面にまたも叩き付ける。


「『ノロマ』。君は容赦ないね」


「お互い様だろ?」


 『誓約』の身体が地面にたたきつけられ、とうとう砕け散った。パァンッ、と肉袋が弾ける音共に、『誓約』の身体が四散する。


 だが、『誓約』は復活した。風が吹き肉片が粒子と舞い、つむじ風の中にその体は再臨する。


 俺は言った。


「ずるいわ。やっぱ不死ってクソだな」


「『ノロマ』、君は鏡を見たことがないのかい?」


 治癒の禁止を砕いて、俺の身体はアナハタ・チャクラに修復される。俺はカラカラと笑って、「何だよ、冗談だろ?」と言い返した。『誓約』も、同じようにくつくつ笑う。


 第二の瞳、アジナー・チャクラは、今の攻防でさらに崩壊を進めた『誓約』の『不滅の加護』を注視していた。ヒビを入れた今、殺せば殺すほど、その不死は砕けていく。


 一方で俺は、まるでシグ戦とは真逆の立場を強いられているようだった。何度でも蘇られるが脆い俺と、蘇られないが硬いシグ。


 今は、回数制限付きで蘇られる『誓約』と『誓約』が死ぬまでは治癒できない俺だ。こういう戦いも、中々ヒリヒリして良い。緊張感は、戦闘を楽しむスパイスになる。


 俺はデュランダルを宙に放り、重力魔法で飛ばして伏兵とする。代わりに構えるのは、両腕の手甲だ。それを見て、「面白い」と『誓約』は思案する。


「ならば、そうだな。私は殴り合いができないから……迎え撃つ側に立とう」


 『誓約』はボロの直剣を鞘に納めて、深く息を吐きだした。構えはまるで居合。いや、恐らく居合なのだろう。


「治癒を禁ず」


 再び俺は、『誓約』のゲッシュに巻き込まれてアナハタ・チャクラを制限される。つまりは、仕切り直しだ。俺は注意深く構える拳の間から、『誓約』を睨む。


「私のゲッシュの中には『必中の加護』というものがある」


 『誓約』は言う。


「飛び道具を使えない代わりに、あらゆる攻撃が外れない。回避で私の攻撃をいなそうとする者を狩るゲッシュだ」


「防御狩りのゲッシュもあったよな」


「『破盾の加護』だね。つまりは、そういうことさ。私の攻撃に対してわずかでも日和った人間から殺していく。防御しても、躱しても、両断して殺す」


 ふふ、と『誓約』は微笑む。


「その点、君たちは満点の対応だった。揃って躱しも防ぎもしない。攻撃一辺倒。そういう正気を疑う動きは、大好きだよ」


「うっせーな、要点言えよ」


 褒められて悪い気はしないものの、あまり長々と講釈を聞くほど俺の血の気は落ち着いていない。


 『誓約』は「まったく、年寄りの言うことはちゃんと聞くものだよ」と言ってから、ゆっくりと『誓約』は右腕に力を籠める。


「必中の加護は、飛び道具を禁じる。弓、投げ石、そういうものを私に許さない。けれど、結果的に生じてしまった飛び道具は、寛大な心で許してもらえるんだ」


 『誓約』の剣が、朝焼けの中に瞬いた。


 俺は総毛立って、とっさに手甲で虚空を殴りつけていた。衝撃。デュランダルが、高い金属音を立てる。


「流石、対処してきたね」


 『誓約』の笑いに、俺は理解する。


「斬撃を素の剣技で飛ばしてくるとは、やるじゃんかよ」


「ご名答。さ、説明は終わりだ。おいで、迎え撃ってあげよう」


 『誓約』の腕がぶれる。俺は不可視の斬撃に向かって、駆け出した。


 アジナーチャクラで斬撃を見抜きながら、的確に拳で打ち砕いて進む。だが『誓約』の居合は止まらない。次々に斬撃を放ち、俺の身体を斬り裂こうとしてくる。


 最初は良かった。斬撃は大量だったが、すべて俺に向かって襲い来た。それだけなら俺は対処できる。


 だが、『誓約』は途中から遊び始めた。


「こんなのはどうかな」


 『誓約』の斬撃が、明後日の方向に飛ぶ。何をやっているのか、と考えながら俺はさらに前進し、一拍遅れて反転した。


 斬撃は、空気の振動だ。物質ではない。だから俺は、斬撃がブーメランのように戻ってくるという想像に至るのが遅れた。


 拳を突きだし砕く。反転する。正面からも怒涛のような斬撃が来ている。


 俺はやたらめったらに拳を突きだして斬撃を砕いていく。視界はアジナー・チャクラが示す、見えないはずの斬撃で埋まるほどだ。


 肉の抉れる音。


 俺の肩に斬撃が走った。容易に肉が裂け、血が噴き出す。背後からの斬撃だった。クソ、と俺は好戦的な笑みの中に歯噛みする。


「やっと一撃か。しぶとい敵だよ、君は」


 言いながら、『誓約』は居合の手を止めない。俺は現状が苦しいことに気付く。


 斬撃が見えるからこその視界の飽和。物理現象に反して背後から俺を襲う斬撃。無論、正面からのものだって無数に存在する。


 俺はそれに思考リソースが奪われつくすことを予見する。咄嗟に対応策は二つだ。


 第二の脳サハスラーラ・チャクラで思考リソースを確保して、じわじわと距離を詰める方法。


 もう一つは、アジナーチャクラすら閉じ、傷つきながら高速で『誓約』の懐にもぐりこむ方法。


 俺は獰猛に笑い、後者を選んだ。


 第二の瞳、アジナーチャクラが閉ざされる。俺は適当に勘で正面の斬撃を砕きながら、前に出た。


「ハハハッ! 君はとてつもない度胸の持ち主だ!」


 『誓約』が驚嘆する。俺は「度胸だけは自信があってな!」と言いながら、重力魔法と第二の心臓アナハタ・チャクラ、さらにデュランダルの【加速】のルーンで駆け抜ける。


 その速度は影すら置き去りにする。俺の身体は斬撃に傷つくが、大したことはない。


 肩が裂かれ、太ももに亀裂が入り、横っ腹から血が出、右足の親指が飛び―――俺は『誓約』の懐に飛び込む。


 襲い来るは『誓約』のボロの直剣。この間合いは『誓約』の間合いだ。だがそれでも、俺は怯まない。俺は止まらない。


 拳。


 デュランダルの手甲が、ボロの直剣の側面を打つ。重力魔法とデュランダルの重量変化の掛け合わせが、拳にはあり得ない威力を持つ。シグにさえ並ぶ拳。


 それは、ボロの直剣程度、容易に砕くものだ。


 破片が散る。ボロの直剣は俺の知る限り三度砕ける。残るのは無防備となった『誓約』だ。


 剣の間合いを乗り越えれば、『誓約』の懐がある。すなわち、剣ではなく拳の間合い。俺の領域だ。


「『誓約』」


 俺は、に、と笑う。


「歯ぁ、食いしばれ」


 俺の拳が、怒涛の勢いで『誓約』を打ちのめす。


 それはさながら、シックを殺した拳のようで、話に聞くロマンの神オルグが『誓約』を切り刻んだ剣のようでもあった。


 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。俺の殴打は止まらない。ここで勝負をつけてやろうと、俺は拳をメチャクチャに叩きつける。


 『誓約』に、今更の防御はできなかった。『不滅の加護』は着々と概念的な重圧にやられて破片をこぼす。


 一瞬ごとの『誓約』の死が、俺の【崩壊ディープグラヴィティ】が、『不滅の加護』を突き崩す。『誓約』の血が、肉が、骨が、本当の死へと近づいていく。


 だが俺は、それが何故だか不満だった。


「これで終わりか」


 俺は『誓約』に問いかける。


「お前はまだやれるだろ。俺はまだやれる。俺に消化不良起こさせるつもりかよ、『誓約』」


 『誓約』は俺の殴打に毎秒死にながら、抵抗もできないままでいる。


「剣がなきゃもう終わりか。何でそんなボロの剣使ってんだよ。直るからって、そんなナマクラ後生大事に使ってんじゃねぇ! 剣が砕けなきゃ、まだやれただろうが!」


 『不滅の加護』が砕ける。俺はその瞬間拳を叩き付けるのをやめ、『誓約』の襟首をつかんで、そのボロボロの身体を高らかに掲げた。


「お前はまだやれる! 何か残してんだろ!? 答えろ『誓約』! 不死を失った程度で、剣を折られた程度で、お前の底は見えた気にはならねぇぞ!」


 『誓約』は、沈黙している。俺は信じて待つ。朝焼けは美しく瞬き、平原を赤々と照らす。


 そこで『誓約』は口を開いた。


「済まない。ただ、待っていたんだ。来るという予感があったから」


 『誓約』の身体が、加護を失ってなお回復する。どんなに殴り殺されても手放さなかったボロの直剣が復元され、そのボロボロの表面が剥がれ、内側から太陽のような輝きを放つ。


「私には、最後のゲッシュがあったんだ。すべては、このためだった。『不滅の加護』すら貫き滅ぼす、神々しいまでの加護。それを求めて、百年私はこの直剣を使っていた」


 俺は剣から放たれる熱に、思わず手を離していた。『誓約』はその場に着地し、姿勢を正し、ボロの直剣を振るう。


 メッキが、剥がれた。


 そこにあったのは、真っ白に輝く剣だった。俺はハッキリと、その剣がデュランダルに匹敵する名剣であると理解する。


「聖剣エクスカリバー」


 『誓約』は言う。


「神は私に約束した。百年この剣を振るったなら、百年の先にどんな敵でも打倒する、約束された勝利の剣を授けると。呪われた勝利の十三振りとすら格の違う剣を授けると」


 『誓約』は目を覆っていた包帯を取り払う。奴の中からすべてを受け流す『柳風の加護』が失われる。包帯が風に乗って流れていく。


 そして『誓約』は、開眼した。


 真っ青な、透き通るような碧眼だった。朝日を背に、『誓約』は言う。


「『ノロマ』のウェイド。いいや、この際だ、ウェイドと呼ばせてくれ。改めて、私は名乗ろう」


 胸に手を当て、奴は言う。


「私はアーサー。『誓約の剣』アーサーだ。君が求めていた私の底とは、つまりこれだ。これこそが、君が求めた全身全霊の私だ」


 俺はそれに、ぶるりと震えた。今までの、どこか抑えていた雰囲気が霧散している。加護という名の縛りを失って、全力の『誓約』―――アーサーがそこに立っている。


 アーサーは、剣を構えた。


「ウェイド。私と君の、最後の戦いを始めよう」


 朝が来る。一日が始まる。本当の戦いが始まる。


 制約はすべて取り払われた。アーサーが、神々しいまでの剣士がそこに立っていた。

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