第274話 『誓約の剣』アーサー

 アーサーの剣は、簡単に俺を両断した。


 今までの速度とは桁が違った。今までの『誓約』は、アーサーの実力を極限まで削り取って、その中から辛うじて戦えるまでに整えたものなのだと理解させられる。


「治癒を禁ず」


 俺の身体を斜めに切り下ろしながら、アーサーは言う。一太刀で俺を本気で殺しにかかる。俺の肉体は聖剣によって鎖骨を割られ、肋骨を砕かれ、めり込んでいく。


 だが。


 俺はそれでも、負けるわけには行かなかった。


「ディープグラヴィティ」


 治癒禁止のゲッシュが【崩壊】する。俺は斬られた端からアナハタ・チャクラで体を復元させていく。聖剣で両断された傍から、俺は無傷となって指を振り下ろした。


「穿て! デュランダル!」


「それでこそ、我が好敵手だ」


 空から降ってきたデュランダルを、アーサーのエクスカリバーが強く弾いた。俺は両腕を構え、アーサーの懐に飛び込む。


「手数勝負と行こうぜ」


「喜んで。次は負けないよ」


 俺の拳と、アーサーの剣が激突する。


 鉄と鉄が、無限と思えるほどの激突を繰り返す。金属音が激しくなり続け、耳がおかしくなりそうだ。


 火花が散る。俺は全力で両手の拳を叩きつけているのに、一本しかないはずのエクスカリバーが俺の手を次々に弾く。


 だが、この程度では終わらない。俺は大剣のデュランダルを重力魔法で操り、アーサーの背後を狙う。


 アーサーは言った。


「小賢しいね」


 アーサーが目を閉じる。途端失われたはずの『柳風の加護』が戻ったのが分かった。


 アーサーは背後からの襲い来るデュランダルを受け流す。その先には俺がいる。俺は虚を突かれ、危うくデュランダルに貫かれかける。


「チィッ! やるじゃねぇかよ!」


 すんでのところで俺はデュランダルを掴んで、返す刃で切りかかった。激しい金属音が鳴り響く。鍔迫り合い。目を開き、正面から勇ましい剣士の顔をアーサーは俺に突きつける。


「ハハハッ! 今までの自分が、まるで病んでいたかのようだよ! こんな爽快な気分になれるとは思っていなかった。ゲッシュに蝕まれていない体が、こんなに心地いいとは!」


「ああ、俺も満足だよアーサー! 急に倍くらい強くなりやがって! ちょっとは段階を踏めっての!」


 力づくで剣を弾く。返す刃にアーサーは合わせてくる。ああ、完全に速度で負けている。やはり剣士には剣では勝てないか。


「そう言わないでくれ、ウェイド! 私とて、こんなに高揚するのは数百年ぶりなんだ。だから、是非とも、この戦いを楽しませてくれッ!」


 今度はアーサーが俺の剣を弾く。俺は返す刃を振るおうとして、アーサーはその隙に俺を貫いた。


「治癒を禁ず」


「ぐぁ、一つ覚えでやり、やがって!」


 俺は貫かれたまま両足でアーサーの胴体を蹴り飛ばした。「ディープグラヴィティ!」とゲッシュを【崩壊】させて回復。した直後に、アーサーは切りかかってくる。


「治癒を禁ず。さぁ、ウェイド! 私にも君の底力を見せてくれ! こんなものじゃないだろう!? 本当の私に焦がれた君は、この程度ではないはずだ!」


「クソッ! ここぞとばかり煽ってよぉ!」


 何度だってアーサーは鍔迫り合いを強いてくる。剣を握っている限り俺は不利だ。やはり俺は拳の戦士で、重力魔法使い。大剣はサブで使わねば。


 どうする。考える。手は無数にある。だがその内から、アーサーに通じる最適な手段はどれか。俺はサハスラーラチャクラで思考を加速する。


 そして、一計を案じることにした。


 剣を、手放す。


「っ! なるほど、考えたね」


 俺はアーサーの虚を突いて懐に飛び込み、そのあご目がけて拳を放った。一撃必殺のアッパー。それを首だけでアーサーは躱す。


「まだまだァ!」


 俺は殴打を繰り返す。アーサーはその一つをエクスカリバーで受けて僅かに距離を調節し、自分のやりやすい間合いに勝負を持ち込む。


 本当に戦闘センスの良い奴だ。元々ボロの直剣でアレだけやっていた奴である。剣では絶対に勝ちはないだろう。俺も順当にそう思うし、間違いなくアーサーもそう考えている。


 ―――それはつまり、想定していないということだ。だから俺はそのにたどり着くために、油断させるために、拳を放つ。


 拳の回転率なら、ギリギリでアーサーの剣速に匹敵する。つまり、膠着を作れるということだ。そこから勝機を見出す。


 拳と剣のぶつかり合い。金属音が、火花が、朝日の草原に飛び散る。俺は必死で殴りながら、タイミングを今か今かと待っている。


 朝日は、今、俺の背後にある。まだ昇っている最中の朝日だ。今も昇っている太陽だ。その瞬間は来る。俺はそれを僅かでも感じさせないために、ひたすらに拳を振るう。


「ウェイド。君はずば抜けた戦士だ。だが、それだけか? 本当にそれだけなのか?」


 俺は何も言い返さない。ひたすらに拳を叩き込む。だが、感じる。アーサーは俺の猛攻に慣れ始めた。もうすぐ俺の拳はアーサーの剣に後れを取る。そのとき俺は敗北する。


「君はまだ、何かを隠しているはずだ。そういう目をしているんだ。このままだと終わってしまうぞ、ウェイド。私に見せてくれ。私は見せたじゃないか。君の底を見せて―――」


 その瞬間、僅かにアーサーの目が動く。それは俺の背後の朝日がアーサーの目をくらませた証拠。


「ああ」


 俺は笑う。


「見せてやるさ。俺の本気を。お前の敗北でな」


 俺は僅かにできた隙の中で、左手の結晶瞳に右拳を叩きつけた。


 結晶の雪崩が、アーサーを襲う。


「ッ! これは前に見た!」


「まずはあいさつ代わりの目くらましだぜ! 爆ぜろ結晶!」


 魔力を爆裂させ、結晶が爆ぜる。アーサーは傷こそないものの、その物量に俺から距離を作らざるを得ない。それこそ、俺が本当に求めたもの。準備する時間。


 俺は、呟く。



 先ほどのアーサーのように、俺は居合の体勢を取る。しかしイメージする姿は別人だ。重力魔法で大剣のデュランダルが俺の手に収まる。


 ここから、勝ちに行くぞ。


「『王よ、英雄よ、貴様らには奴隷の手による死がふさわしい』」


 デュランダルが一瞬俺を拒絶する。だが本来の自分を思い出し、拒絶を解いた。残るは俺が想起した最悪の刀の異能。ずぐ、とデュランダルが怖気を纏う。


 そこで結晶を切り払い、アーサーが俺の眼前に現れた。けれど、そこで勢いは止まる。王も英雄も、その怖気を前に息をのむ。


「何だ、それは。その、剣は―――」


 俺は、にっと笑って答えた。


「呪われた勝利の十三振り、ムラマサのコピーさ」


 居合が、アーサーを切り裂いた。


 アーサーは躱した。傷としては浅かった。しかしそれでも、ムラマサの『運命の簒奪』は発動した。アーサーの英雄としての運命が俺に流れ込む。アーサーが呪いに蝕まれる。


「これは、何だ。今、何が―――」


「ここからだぜアーサー! 次の警句を述べる! 『怒りこそ我が力の根源なれば』ァッ!」


 俺の全身が魔剣グラムの怒りに包まれる。強大な力が俺を暴走させる。だが頭が完全に塗りつぶされるわけではない。なら、サハスラーラチャクラで、第二の脳で支配を奪い返せる。


 俺はサハスラーラチャクラで自らの制御権を奪い返し、残った鬼のような暴力性で切りかかった。アーサーは冷や汗をかいて受ける。その一合で俺は笑う。


「もう! 俺の方が! 強い!」


「くぅっ!」


 運命を奪われたアーサーよりも、運命を奪い、大いなる怒りの力を纏った俺の剣の方が、重く、早く、強かった。


 俺の剣技を前に、アーサーは押されっぱなしになる。いなすことしかできない。怒涛の連撃はアーサーの姿勢を突き崩す。俺は正面からアーサーに一撃入れる余地を作り出す。


「警句、『朽ちゆく体の、苦しみを知れ』」


 黒死剣ネルガルの病を纏った突きで、俺はアーサーを貫いた。アーサーは血を吐いて、それでも倒れなかった。必死の蹴りを食らって俺は離れる。


「ああ、ウェイド。君は、君は―――最高の敵だ。至上の好敵手だ」


 顔色を真っ青にし、これほどの蹂躙を受けてなお、アーサーは笑った。今までのような余裕はそこにはもうない。あるのはただ、剣士の意地と戦闘狂の喜び。


 アーサーは、剣を天に掲げる。


「だから、受けてくれ。聖剣エクスカリバーの一撃を。これを放たなければ、私は、エクスカリバーに顔向けできないッ!」


「ああ、来いアーサー! そして、そのまま再現しろ、デュランダル!」


 アーサーが掲げた聖剣は、朝日の光を受けて輝いた。剣に光が蓄積し、膨れ上がり、天を突く。


「薙ぎ払えッ! エクスッ! カリバァァアアアアアアアア!」


「ぶちのめせッ! デュランダルゥゥウウウウウウウウウウ!」


 俺は全く同じ所作を取り、デュランダルはエクスカリバーの極太ビームをコピーする。ぶつかり合うは膨大なエネルギー。バチバチと爆ぜるような音が響く。


「うぉぉおおおおおおおお!」


「うぉぉぉおおおおああああああああ!」


「おおおおおぁぁぁあああああああああああああ!」


「ああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺とアーサーの咆哮が響き合う。魔力の過放出で、サハスラーラチャクラが悲鳴を上げている。サハスラーラチャクラの魔力生成量よりも、エクスカリバーの方が、消費がデカイ。


 そしてついに、エネルギー同士のぶつかり合いが破綻した。


 強烈な爆発が、鍔迫り合いを中心に発生した。俺とアーサーは揃って十数メートル吹き飛ばされる。平原の草が土ごと抉れ、クレーターのようになる。


 けれどこれで勝負は終わりではない。俺は転がりながら足で土を掻き、爆風に煽られながら立ち上がる。三十メートル以上離れた場所で、剣を杖にしたアーサーが血まみれで俺を睨む。


 俺は息を吐き、剣を大きく振りかぶった。心を静める。デュランダルの気配が乱れたのを受け、「嫉妬するなよ」と口端を持ち上げる。


「最後の一撃は、お前しかいないに決まってるだろ。―――切り裂け、デュランダル」


 振り下ろすは無限の一閃。伸縮自在のデュランダルが、アーサーを断ち割った。

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