第271話 見送りは騒がしく

 出発の朝、テリンと完全に貫徹テンションとなったゴルド兄妹から、デュランダルを渡されていた。


「ウェイド! 今回のデュランダルはもうすっごいわよ! なんたってテリン先生考案の大ルーンを刻んだんだから!!!!!!」


「いや、本当におれの目から見てもデュランダルがどんどんと強くなっているぞ、ウェイド。生みの親としてはこれほどの名誉はない。叫びたいくらいだ。叫ぶぞ」


「やめろ?」


 ゴルドの狂気は実行に移されるから性質が悪い。制止した俺に、「そうか……」とゴルドはしょぼんとしている。そんな顔したって叫ばせないからな。


 一方テリンに目を向けると、僅かに目元に隈があるくらいで、先日とほとんど様子は変わらなかった。


「あ、あはは……。こんなに持ち上げられたの初めてですが……でも、お二人の鍛冶の腕あってのことだと思います。こなたは変形する剣の鍛冶はできませんし、そこに直接ルーンも刻めません」


 テリンは謙遜しつつ、二人のことを褒めている。


「……いえ、本当に。びっくりしました。こなたも簡単な鍛冶くらいはできますから言うんですが、人間でドワーフに褒められる鍛冶の腕って異常ですよ? 分かってますか?」


「ん? 親方たちはみんな優しかったが」


「そうよね。特にお兄ちゃんにはみんな目をかけてくれて。アタシも大概ちやほやされたけど」


 違うわ。謙遜とかじゃなく兄妹が強いだけっぽいわ。まぁそうだよな。念じると変化する剣をどう打てって話だもんな。


 テリンはそこまで言って、「こほん」と一つ咳払いをした。それから、迷いない目で俺に剣を差し出してくる。


「自信作です、ウェイド様。どうぞお使いください」


「ああ」


 受け取る。単なる直剣サイズになったデュランダルの刀身には、大ルーンと思しき文字がズラズラと刻まれている。


「ウェイド様、デュランダルは神話武器、つまり、創造主に『神話に出てきたものと同じである』という認可を受けた武器です」


「全然意味わかんないけどすごそうなのはわかる」


「なので、神話の力をより引き出すように大ルーンを刻みました。デュランダルには三つの奇跡が宿ると言われており、現在二つが既に使用されています」


 俺は思い浮かべる。恐らく自由に変形する力と、三つまで分裂する力だろう。気になるのは、残る一つだ。


「残る一つは、せ、僭越ながら、こなたの大ルーンで引き出し、定義しました。内容は『一度相対した名剣の再現』です」


「……それは」


「はい。は、話に聞きました、お持ちの黒死剣ネルガルを始めとして、ウェイド様が対峙した名剣を、デュランダルに再現できます」


 俺は、ちょっと考えてしまう。それ、それすごいぞ。すごいことになる。一部は多少不安が残るが、それは。


「こ、これは持ち主に依存する力ですので、ウェイド様が過去に出会った名剣をも再現できます……」


「それ、すげぇな。すごすぎる気がする」


「い、いえ。やはり、上手くいきすぎることはないと言いますか……効果は本物には届かないものになります。やはりデュランダルは、デュランダルとして使うのが一番強いかと」


「だよな。いや、十分だ。十分すぎるくらいだ。ありがとうな、テリン、それにゴルドもシルヴィアも」


「いやーまさか二徹するとはね。完全に昼夜逆転よ」


「いい経験だった。だが、もうデュランダルは完成に近い。そろそろ新しい武器を作るから、楽しみにしていてくれ」


「お兄ちゃん次は左腕とかやめてよ」


「もっとすごいことをするぞ」


「絶対止めるからね」


 そろそろゴルド怖くなってきちゃったな。


 俺は静かにドン引きしつつ、「じゃあ」と玄関扉を開ける。


 そこに、よろよろと現れる小さな影と、それを支える影があった。リージュとウィンディ。俺は扉を開ける手を止め、向き合う。


 リージュは、か細い声で言った。


「お見送りに、参りましたわ。……どうか、モルルを、助けてあげてください」


「言われるまでもない。だから、安心して寝てな。まだ本調子じゃないだろ」


「は、はい……。それでも、お見送りだけは、したくて。昨日は、モルルに止められて、しまいましたから」


「結果的にはそれでよかったけどな」


 『誓約』と戦うのは今日だ。今日見送られたのなら、十分だろう。


「じゃあウィンディ、お嬢様を寝室へ」


「はい、ウェイド様」


「きゃっ。ウィンディ、あまり主人を雑に扱うものではありませんわ?」


 お姫様抱っこに抗議するリージュに、主従の仲の良さを感じて俺は笑ってしまう。それから良い具合に気を抜いて、玄関を押した。


「じゃあ、行ってくるよ、みんな。ロマンはまだ怪我が治ってないから、困ってたら手助けしてやってくれ。あと今執務に追われてそれどころじゃなくなってるビルク卿も」


「噂をすれば影だな」


 ゴルドが奥の方に視線をやると、やつれた様子のビルク卿が立っている。右肩にコイン、左肩にセシリア姫に肩を貸されて、立つのもやっとという状態だ。何があったの?


「ウェイド、さん。が、頑張って、くださ……」


「よし、見送りの言葉を送ったな。もう行くぞ旦那様よ。お主にはまだ無数に仕事が残っておる」


「そうですぜ。ほら、歩きながらでいいですんで、ここに承認のハンコ」


「あぁ~……」


 ビルク卿がショタロリにドナドナされていった。すでに尻に敷かれているが、結局セシリア姫と結婚すんの? ビルク卿。


「……誰かビルク卿に詳しい人」


「ビルク卿はビルク卿で、今『血脈の呪術』の成就に向けて一睡もせずにことを進めているそうですわ」とリージュ。


「ビルク卿の、セシリア姫とコインさんの仲裁はすごかったぞ」とゴルド。


「エルフとドワーフのガチ喧嘩をああまで見事に仲裁するとはね……」とシルヴィア。


「……なるほどな。みんな戦ってるんだな、うん」


 俺は納得したことにした。


「じゃ、何度腰を折られてるって話だが」


 肩を竦めて、俺はみんなに笑いかける。


「ちょっとモルル助けてくるわ。もう止めんなよ?」


「止めないわよ。だってウェイド勝つでしょ?」


「ああ、これほどになったデュランダルを携えて、ウェイドが負けるとは思わん」


「うぇっ、ウェイド様、こなたは信じております。か、勝ってきて、くださいっ!」


「ワタクシも、無事にモルルを連れて帰ってきてくれることを、祈っており―――ちょっと! ウィンディ! 最後まで言わせなさい!」


「ウェイド様。今度こそお嬢様はボクが守り抜きますので、是非楽しんできてください」


 鍛冶組三人から素直な激励を貰い、背を向けて奥に引っ込んでいく主従二人からは信頼を感じながら、俺は「おう! 行ってくる」と戸を開く。

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