第270話 『誓約』の挑戦状
俺がテリンを連れて拠点に戻ると、真っ暗な玄関で、ロマンが倒れていた。
「ロマンッ!」
俺は慌てて駆け寄る。ロマンは全身がズタズタで、宿のカウンターに背を預けていた。
見れば、玄関全体が激しく争った跡がある。石造りの床は砕け、壁は一部崩れているほど。
「うぇ……いど、君……あ、あ。やはり、君はすごい……。見事口説き落として、きたのですね……」
「ふぇっ、ここここ、こなたはその、く、口説かれたと言いますか、その……。と! ともかく、一旦治療いたしますねっ」
テリンは懐から注射器のようなものを取り出して「万能薬」と言いながらロマンに突き刺した。中身を注入され、ロマンの呼吸がじわじわと安定していく。
「おぉ……ありがとうございます。ええと、テリンさん、でしたね……。ふぅ、ああ、いくらか楽になりました。これで、つつ……っ、ま、まともに話せます」
「悪いな、そんな状態で話させるなんて。けど、頼む」
「ええ」
ロマンは、痛みをこらえるように顔をしかめる。それから俺を見上げ、ひどく悔しそうな目でこう言った。
「……『誓約』が、ウェイド君と入れ違いで、この拠点を襲撃してきました」
「……だろうな」
俺の頷きに、ロマンは「もう知っていましたか……」と傷だらけの顔で苦笑する。
「彼は、私と対峙し、そして勝利しました。彼はアルケーさんと、モルルちゃんを……」
俺はそれを聞いて、一時呼吸を失う。
「ッ! モルルが……―――いいや、今は他の皆のことを教えてくれ。何人生きてる?」
「他の皆さんは、バラバラに避難していたので無事です。モルルちゃんだけは戦いをこっそりと伺っていたようで、そこを見つかり攫われてしまいました」
ひとまず、最悪の事態にはなっていないようだった。ほっと俺は胸を撫でおろす。ロマンは続けた。
「ですが、他はもう『誓約』も興味がないかと……」
「興味がない? どういうことだ?」
「彼は、二人を回収して、私にこの手紙を渡して、去って行きました……」
ロマンから、手紙を受け取る。かなり簡素な手紙だ。中を開けて確認する。
『「ノロマ」へ
少し長くお遊びをし過ぎたみたいだ。いい加減、君と直接戦いたい。
君が乗ってくるように、君の娘を名乗る古龍は預かったよ。
明日、ビルク領郊外、平原にて待つ。
楽しい戦争にしよう。
追伸
君はアルケーを傷つけなかったようだから、こちらも抵抗した「自賛詩人」以外は傷つけないことにした。
彼も治療すれば十分問題ない程度のケガに留めておいた。
君とは妙な禍根は残さずに戦いたいからね』
言ってることと、敵を必要以上に傷つけない理由が俺と全く同じなの、すげー似た者同士感ある。
俺は複雑な気持ちで文面を眺めてから、ロマンを見た。
「主旨は分かった。どうせいつかは直接やり合わなきゃならない相手だ。……この分だと、モルルも無事だろう。けど、逃げることは絶対にできなくなったってとこか」
流れはどうあれ、どうせ戦いたいと思っていた相手だ。しかしやはり、人質を取られると、優位を取られた気がして嫌だな。
モルルは今後も強くなってもらわねば。でないと、俺が死地にばかり赴く関係で、ほとんど離れ離れになってしまう。
俺は息を吐く。ひとまず、現状確認とすべきことは分かった。
モルルが人質に取られ、明日にどう足掻いても『誓約』と戦わねばならない。
ならば俺は、『誓約』戦の準備をするだけだ。
「テリン、頼みたいことがある」
俺はデュランダルを一つにまとめ、剣の形にしてテリンに差し出す。
「ウチにはお抱えの鍛冶師が二人いる。そいつらと連携して、この武器をさらに鍛えてくれないか?」
「は、はいっ! ええと、この武器は……―――すごい。芯に創造主の銘が記されています。神話武器ですよこれ!」
「えっ。ゴルドマジであいつ何者……?」
テリンがよく分からんことを言ってるが、何かすごそうなことだけ分かる。
「この武器はどこで?」
「えっと、今言ったお抱え鍛冶師が作った……」
「現代の鍛冶師が作った!?!??!? えぇ!? い、意味が分からないです。現代人に神話武器が作れるんですか?」
「作ったって言ってたから……」
「そ、そうですか……」
ゴルドが意味不明にすごいので、この場の全員が困惑している。ロマンは声こそ出さないものの、しきりにまばたきしている。
「でも、確かに昔からあるちゃんとした神話武器と違って、改造できる余地がありますね……。分かりました。鍛冶師さんと話して、大ルーンを刻んでみます」
「ああ、頼む」
「『自賛詩人』……えっと」
「ロマンティーニと言います。ロマンと呼んでください」
「わ、分かりました。ロマンさん、鍛冶師さんたちは」
「二階奥に、宿備え付けの転送紋がありまして……」
ロマンの説明を聞いて、テリンは「分かりました。い、行ってきますっ!」とデュランダルを抱えて走り出した。俺はその背中を見送ってから、ロマンに問う。
「体調はどうだ?」
「そうですね……。ふぅ、テリンさん、彼女の治療はすごいですね。もう、立ち上がれそうです」
「無理はしなくていい。楽な体勢で」
「では、失礼して」
ロマンは上半身だけ起こして、俺を見る。
「―――私から聞きたいのは、『誓約』と実際に戦ってどうだったか、でしょう?」
「流石、勘がいいな。……どうだった?」
「強かったです。極めて強い剣士でした。ですが、私の奥の手が決まり、一度は勝利しました」
「奥の手?」
「秘密にさせてください。私が大将と互角に戦える術、とだけ」
「本当に奥の手だ……」
ロマン、知ってたけど全然最強の領域に足突っ込んでるよな。シグがちょっと圧倒的なだけで、『論破しないと攻撃が通んない、天変地異をまき散らす魔法使い』だぞこいつ。
殴竜四天王の中でも頭一つ抜けている。正直シグと並んでツートップでも通るくらいの実力者だ。それでも四天王を名乗るのは、性格が補佐向きだからか。
ともかく、そんなロマンの奥の手が上手く決まって、一度は勝利した、とロマンは言う。
一度。
俺は問う。
「『誓約』は、不死か」
「はい。それも、ウェイド君よりも不死性の高い不死です。ウェイド君は魔力の源泉である頭部を数十秒間にわたって破壊し続ければ殺せますが、『誓約』はそれで死にません」
「ミンチには?」
「しました」
「本当に俺以上の不死じゃん……」
俺の不死もかなりレベル高いと思ってたんだけど、それ以上を余裕で行っている。いくらか考えて挑む必要がありそうだ。
俺は懐から、ナイフを取り出す。黒死剣ネルガル。俺の不死は究極的には肉体の操作だから克服できたが、単なる不死ならば効くか。
逆に、不死性そのものを攻撃する、といった方法はないか。ロマンの鉄壁の防御を、ドルイド論破で通したように。
最強の領域では、目に見えないものを攻撃する能力がある程度必要になってくる。だが、今のところ俺は、そういった概念的攻撃方法を聞きかじりのドルイドしか有していない。
サハスラーラ・チャクラはそう言うの得意そうなのだが、まだ試したことがないんだよな。今までなくても何とかなってきてしまったから。
他にも、重力魔法を取り戻す流れで新しく魔法を一つ覚えている。ちゃんと強い魔法ではあるが、そのまま使うと多分そう役には立たない。強いだけの魔法は足りているのだ。
となると……と俺は思案する。
「ウェイド君?」
「ああ、ごめん。ちょっと『誓約』の不死をどう破るかを考えてた」
材料は揃っている、と思う。やりようはちゃんとある。だが、確信が欲しい。
俺はロマンに、「なぁ」と尋ねる。
「変身魔法の、まだ一度も使ってない魔法ってさ、使う前なら―――ドルイドで再定義とかできないかな?」
俺の提案に、ロマンは目を剥く。それから「なるほど、それは……極めて面白いですね」とニヤリ大きな笑みを浮かべるのだった。
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