第267話 お帰り、重力魔法

 贋金の量は、かなり膨大だった。


「おおお……!」


 俺はこの目で金銀財宝というものを初めて見て、謎の感動を抱いてしまう。一山二山、と宝物庫に溢れんばかりだ。


 ミノタウロスと戦っていた時はそれどころじゃなかったので背景と認識していたが、いやはや、これはすごい。すげー……金銀財宝だぁ……。


「うぇ、ウェイド様?」


「ハッ! そうだ。これを処理しなきゃいけないんだ」


 テリンに覗き込むように見られて、俺は首を横に振る。落ち着け俺。どうせ贋金だ。すべて無に帰さなければならん。やるぞーよし。


「じゃあ、さっき言った通り」


「……はい。一思いにやってください」


 俺はテリンの了承を受け、贋金の山に手を触れる。


ブラフマン


 起動するは、第二の脳、サハスラーラ・チャクラ。


 俺は贋金に触れ、その境界の失くし方を思考する。あとはそうなるように、指にそっと力を入れるだけ。それだけで、贋金は贋金の形を忘れ、単なる金へと変貌していく。


「わ……! こなたは、ものすごいものを見ているのではないでしょうか……?」


 贋金が、常温のままに溶け落ちる。最後には、正方形の金塊へと変わった。ものすごいデカイ金塊だ。けど一山二山とあった贋金と比べると、ちょっと減った感じがする。


「よし、やることは終わったな。じゃあテリン、脱出しようか」


「はい……! ご一緒します」


 俺はアリアドネの糸をテリンから渡され、テリンと手を繋ぎながら、糸を下に引っ張った。直後、俺たちの視界が切り替わる。


 眼前にあるのは、閉じられた巨大な宝箱だ。俺はチラリと横を伺うと「戻ってこられました~……」とほっと胸をなでおろすテリンの姿が。


「よし、全員無事だな。しかしこの宝箱すごいよな。何であんないろんなものが……ん? おお、全然動かん」


 宝箱を少し押そうとしたら、全然動かなくて驚く。え? これこんな重いの? 建物レベルの重さなんだけど。


「うぇ、ウェイド様。そちらは中の迷宮も贋金だった金塊も詰まっておりますから、とても重いのです……」


「なるほど……そりゃ動かせない訳だ」


 というか、と俺は倉庫内を見回す。


 そもそも明かりのない部屋だったから暗いのは分かるのだが、来た時よりもさらに暗い気がする。テリンに「今何時だ?」と聞いた瞬間、アナハタ・チャクラに妙な感覚があった。


 それは、まるで、縛りが解かれたかのような、そんな感覚だった。俺はそれをして、治癒を無効にするゲッシュが解かれたのだと理解する。


 つまりは―――重力魔法の、事実上の復活だ。


「は? え、何で」


「―――ッ! そうです! ごめんなさい、ウェイド様。こなたは、大変なことをお伝え忘れておりました」


 血相を変えて、テリンは俺に向き直る。


「落ち着いて聞いてください。ウェイド様、今『誓約』さんは、ウェイド様の拠点を襲いに行っています」


「……は?」


「ああ、夢だと思い込んでいなければ、もっと早くに伝えられましたのに。申し訳ございません。本当に申し訳ございません……! こなたの所為で、迷宮の所為で……!」


 テリンは震えながら頭を抱えてしまう。その様子に、俺はむしろ冷静になった。


「お前こそ落ち着け。何があった。どういうことだ。何で―――何で俺の重力魔法は、今復活できるようになったんだ」


「じゅ、重力魔法については、分かりません。ですが、他については、お伝え出来ます」


 テリンは深呼吸をして、俺をまっすぐに見つめる。


「昨日、エキドナという古龍が、ウェイド様を裏切ったという名目で現れました。最初は『誓約』さんは彼女の言うことを信じていなかったのですが、その実力から信じることに」


 つまり、とテリンは言い返る。


「エキドナから持ち込まれた、『ノロマ』陣営の拠点の入り口すべての情報を、『誓約』さんは活用することに決めたのです。そうして、単身攻め込みました」


「……エキドナは」


「『誓約』さんが信用しなかったので、どこかに飛び立ちました」


 ならば、敵戦力は『誓約』一人ということか。だが、それにしても難敵だ。俺が残してきた戦力もロマンだけ。


「今の時間は、恐らく日が落ちた頃でしょうか……? あの迷宮は、侵入者を苦しめるために、時間の進みを狂わせます。少ししか経っていないのにもう夜なのは、そう言うことです」


「……なるほど。分かった。ありがとな」


「ウェイド様……」


 俺は苦しい顔になる。様々な悪い想像が頭をめぐる。


 特に気になるのが、治癒のゲッシュが解かれたこと。今この瞬間に解かれたということは―――『誓約』が治癒するに至るほどの怪我を負った証拠だ。


 『誓約』も俺同様、お互いからの攻撃以外で治癒禁止にならないんじゃないか、とか、疑問はある。だが、今はそれは些事だ。


 ロマンは強い。だから、『誓約』にダメージを負わせることも可能だろう。


 だが重要なのは、それほどの激戦が、俺たちの拠点で発生したということ。


「テリン」


 俺はテリンの名を呼ぶ。


「今すぐ、俺たちで俺の拠点に移動する。少し荒っぽいやり方になるが、我慢してくれ」


「はい。微力ながら、どこまでも付いていきます」


 テリンの首肯に俺は頷き返し、右腕の義手を外した。


「! 普通の腕ではないと思っていましたが……」


 俺は深呼吸をし、アナハタ・チャクラを起動させる。ドクン、と第二の心臓が鼓動し、俺の身体のあるべき姿を思い出す。


「さぁ」


 俺は、失われた右腕に力を籠める。


「復活しろ、右腕」


 腕が、再生する。右肩の断面から、ずぐずぐ骨が伸び、肉がまとわり、俺の元通りの筋肉となる。


 そこからさらに、俺は力を籠める。まだ俺の肌はまっさらなままだ。俺はアナハタ・チャクラに命じる。まだだ。まだ俺の身体は完全ではない。


「次はお前だ―――」


 右手の甲がうずく。刺青がじわじわと走り始め、空欄の魔法印を描く。


 俺は、叫んだ。


「戻って来い、重力魔法!」


 魔法印が、爆ぜる。


 右腕を覆うように、魔法印が重力魔法の形に伸びていく。それは俺がかつて届いた範囲を超え、さらに追加で魔法を一つ増やしながら、帰ってきた。


「―――く、ハァッ! はぁっ、はぁ……!」


 俺はこれだけのことでエネルギーをかなり持っていかれて、その場に崩れ息を荒げた。


 だが、その価値は十分にあった。俺は右手を腕まくりし、その長く複雑に描かれた重力の魔法印に表情を緩めてしまう。


「……お帰り、重力魔法」


 右腕をさっと撫でる。重力魔法は何も言わず、ただそこにあった。ここが自分の当然の居場所だとでも言うように。


「そうだな。お前の居場所はここだ。もう落としたりしないからな。―――よし」


 俺は立ち上がる。テリンが心配そうに俺を見ていたが、俺の表情に気付いて顔を引き締めた。


 俺はテリンを抱き寄せるように腰を掴む。テリンは慌てるが、俺は強行する。


「行くぞ、テリン―――みんな、無事でいろよ!」


 梵=我ブラフマン・アートマン


 俺の宣言で、チャクラも魔法もすべてがセットされる。手始めに俺は天井に向けてデュランダルを振るい、大穴を開けてから、「一気に飛ぶぞ! 舌噛むなよ!」と重力魔法で跳び上がった。

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