第265話 宝箱の中の迷宮

 周囲は、ダンジョンによく似た地形をしていた。


 思い出すのはカルディツァ大迷宮地下80階以上にある、結晶城エリアだ。あそことは壁の色などが違うが、古代遺跡らしい壁のつくりなどはよく似ている。


 が、そんなことは正直些事というもので、俺は頭を抱えてえぐえぐと泣くテリンに近寄る。


「あぁぁああ……! どうしましょう……! この異次元迷宮、内部の時間の経過法則がぐちゃぐちゃでしたよね……!? 最悪こなたは、ここでおばあちゃんに……?」


「あのー、ちょっといいですか」


「ひっ、ひぃぃぃいいいいい!? 誰ッ!? 誰ですかあな……たは……?」


 テリンは瞬間パニックになって、俺から遠ざかる。お尻を地面につけて後ずさるスタイルで限界まで高速で逃げたテリンは、壁まで到着してからようやく俺に気付いたようだった。


「……ウェイド……様……?」


「何で一応敵陣営のテリン、さんに様付けされてるのかは分からんが、その通り、ウェイドだよ」


 よろしく、ととりあえず手を振って、今のところ敵意はない旨を示す。するとテリンは眼鏡を外してきゅきゅっと拭い、掛けなおして俺を見る。


「……夢……?」


 どうやら極度の困惑状態らしい。俺は苦笑しつつ、「夢じゃないぞー現実だぞー」と言う。


 さて、テリンの答えは。


「い、いいえっ! そんな訳はありません! こんな都合のいい展開ある訳がありません! 第一夢は自分のことを夢じゃないというはずですっ!」


 否定である。そんな嘘つきみたいな反応されてもなぁ、と俺は微笑みがちに「う~ん」と唸る。


「……じゃあ夢でいいか」


「えっ」


「じゃあこれから俺はテリンの夢ってことで。よろしくテリン」


「あ、は、はい。よろしくお願いします……」


 ということで俺(夢)とテリンの奇妙な共闘関係が成立する。あんまりテリンと敵対はするなって方々から言われてるしな。これで良いだろう。


「さて、じゃあ夢の俺からテリンにいくつか説明して欲しいことがある。答えてもらってもいいか?」


「わ、分かりました。……ウェイド様と話せてる……。近年稀に見るくらいいい夢ですねこれ……」


 テリンは夢という納得を得てから、トロンとした目つきで俺を見つめている。


「まず、この場所は? 宝箱に吸い込まれたんだが」


「ああ、こ、ここはですね……、簡単に申し上げますと、ギリシャ神話、ミノタウロスの迷宮を再現したものです……」


「なるほど?」


 神話を再現したのか。色々言われてるだけあって、凄腕なのは確からしい。


「神話再現道具、『ミダース王の手』で大量生産した金貨類を、この迷宮の奥に隠したんです。守護にミノタウロスを入れて……。そうすると、『誓約』さんしか取り出せないので」


「……なるほど……」


 神話アイテム組み合わせて目的の物を作り出す、という話を聞いて、俺は「テリン思った何倍かすごい奴だな?」と思い始める。


「そのミノタウロスってのは、どのくらい強いんだ?」


「神話の怪物の再現ですから、金等級レベルは固いと思います。宝物庫に出口代わりのアリアドネの糸を保管しているので、それを使えば脱出できます」


 アリアドネの糸って、戦争の時に領主の息子が使ってたよな……。アレ? ってことは何だ? テリンってもしかしてアーティファクト量産できる人?


 俺はごくりと喉を鳴らす。こいつ……こいつすごいかもしれんぞ。ゴルドの狂気と熱意とは違うが、能力的に近いものを感じる。


 い、一旦それは置いておこう。まずは脱出と、贋金の破棄だ。


「じゃあ、この迷宮を攻略すると、金貨類がある宝物庫にたどり着いて、そのままこの迷宮から脱出できる、ということでいいか?」


「は、はい。そうなります」


「じゃあ一旦宝物庫を目指すか。そうすれば脱出できるんだろ?」


「え、で、でも危ないですよ!? 本当に『誓約』さんしか勝てないくらいの怪物で……!」


「『誓約』が勝てるんだろ?」


 俺は、にっと笑いかける。


「なら、俺にも勝てるさ。俺は『誓約』に負ける気はないんでね」


「……はう……♡」


 鳴き声のような声を上げて、くら、とテリンはぽて、と横に倒れた。座る体勢からの横倒しなので俺はさして心配もせず「どーしたー大丈夫かー」と呼びかけると、テリンは言う。


「か……解釈通りですぅ……! こなたの夢、最高に良い仕事してます……! 夢みたい……! いえ、夢なんですけど」


 蕩けるような表情で、テリンは呟く。それに俺は、リージュの言っていた『テリン様は恋する乙女です』という言葉を思い出す。


「……」


 本人だと知ったら悶死しそうだな。俺も前世では推しキャラに、今世ではモルルに限界化した記憶があるので、そっとしておいてやろう、と決める。


「じゃあ、とりあえず立ち上がって、外を目指そうな」


「はいぃ……♡ ウェイド様素敵……、全部エスコートしてくれる……♡」


「……」


 いちいち褒められるの、むず痒いな、とちょっと思った。






 さて、そんな訳でテリンと組んでの迷宮探索だったが、その難易度はまるっきりイオスナイトの結晶城そのままだった。


 つまりは、今の俺だから余裕だが、数カ月前だったら全然死んでいただろう。


 素早く襲い掛かってくる、牛の頭をした小人たち。奴らはまず俺たちを囲い、そこから頭を前に出して突進してくる。


 俺はそれを鎖でまとめて絡めとり、まとまってから一息に地面に叩きつけて潰す。


「わー! すごいですウェイド様~! 荒々しくて素敵~!」


 テリンはポヤポヤした表情で、完全に俺の応援係りに就任している。俺はそれに苦笑するしかない。


 夢のつもりでいる、ということは、恐らく本当の素がこれなのだろう。とすれば憎めないというか、敵であるかどうかも怪しいというか。


「はぁぁ……♡ こんなに幸せな夢が見られるなんて……。……現実では、絶対にこんな事はあり得ませんから。せめて、夢で……」


 俺はその呟きに「そりゃまた何で」と問いながら、迷宮の奥へと進んでいく。

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