第264話 ウェイドと宝箱
早朝、俺は強化されたデュランダルを受け取って、ゴルド兄妹に礼を言った。
「急な仕事、悪かったな。助かる」
「いいや、このくらいは一晩あればできる。また頼んでくれ」
「出来るけど推奨することではないでしょ」
ゴルドの頭をシルヴィアが叩いた。ペシーン、とゴルドの禿げ頭から良い音がする。
「強化内容だけど、まだ重力魔法は使えないままだし、切れ味の方向性で攻撃力を足しておいたわ。あとお兄ちゃんの鉄魔法を使えるって話だったけど、そっちはまだ分かんないまま」
「あれ便利だけど訳わからんよな。まぁ分かったらでいいよ」
「究明出来たらなぁってアタシも思うんだけどね。大ルーンならそういうこともできるって話だったし。テリン先生に聞きたいわ……」
シルヴィアは例の分厚い本に頬ずりしている。確か大ルーン大全とか言う本だったか。そこで俺は、「あ」と気付いた。
「え、何よ」
「……なぁ、敵陣営にいるテリンって、その作者じゃね?」
著者欄を確認する。やっぱりだ。『テリン』と記されている。
「え? そんな訳ないわよ。そしたら世間狭すぎ」
ふふ、と冗談と思って否定するシルヴィア。「いや、マジで言ってる」と俺は根拠を示す。
「だってさ、敵も大ルーン使うだろ? しかも『誓約』陣営に参加するくらいの凄腕。かなり可能性高くないか?」
「……ま、まっさか~」
シルヴィアの目が泳いでいる。
「ま、まままま、まさかとは思うけど、前のアルケーさんみたいに生け捕りでお願いね。意識もなくさないように。万一本物で殺しちゃったらダメよ! 大ファンなんだからね!?」
「お、おう……心に留めておくよ」
鼻息荒く訴えてくるシルヴィアを宥めながら、俺はデュランダルを縮めて懐にしまった。
拠点の玄関に向かう。そこには、ロマンが立っていた。
「来ましたね。いってらっしゃい」
「ああ、留守は任せたぜロマン。もしこのタイミングで襲撃が来たら、ロマンがみんなを守ってやれ」
「ええ、任せてください。一応昨日の内に、避難訓練はしましたからね。とはいえ、エキドナが転移した直後に入り口もまた変えましたし、安全とは思いますが」
「そうだな。まさかこんな神がかり的なタイミングで『誓約』が攻めてくることもないよな」
「ええ、ありませんよ。心配のし過ぎです」
二人してカラカラと笑う。それから、「ま、何があってもロマンなら何とかしてくれると信じてるよ」と告げた。
「随分と信用されたものです。神に愛された私なら当然ですが」
「そうだな、当然だ。ロマンは頼れる奴だよ」
「……茶化すのは場違いでしたね。その信頼、ありがたく受け止めます。ウェイド君も気を付けて。どう転んでも、敵は強敵です。とはいえ―――」
ロマンは、からかうように口端を持ち上げた。
「ウェイド君なら勝てますよ。君は私に劣らず、神に愛されている」
俺はそれに肩を竦めて「そこまで言われるとむずがゆいぜ」と返す。
「じゃ、行ってくる」
「ええ、ご武運を」
俺は玄関扉を開ける。
『誓約』の拠点は、調査していた地域の廃墟に紛れて存在していた。
「ここ確か、近隣で浮浪者が襲ってきて危険レベル上げた地区だったな」
つまり、仕方なく後回しにしていた場所に、まんまと潜んでいたという訳だ。『誓約』も上手くやる。
そう思いながら近づいてみると、何故か足元に小さな石ころが大量に転がっていることに気付く。何故、と上を見ると、屋上に瓦礫の陰が。
「……どうなってんだ?」
俺は「クリエイトチェーン」と鎖を伸ばし、屋上に引っ掛けて跳び上がった。石造りの屋上に着地する。すると、大穴が開いていた。
「何だこれ。ドラゴンにでも襲われたか? ……あ、そうかエキドナか」
アレ? 全然エキドナと一緒に襲い掛かってくる想定だったんだけど。違うの? 決裂した?
俺は首を傾げながら、大穴より内部を観察する。
中は一般的な民家に見える。もちろん内部もいくらか破損しているが、それを無視すれば、民家という感じだ。人が住んでいる気配がある。
俺は意を決して、穴に飛び込んだ。音を立てないように膝をクッションにして、室内に降り立つ。
上からの観察通り、大穴直下の地面が大きく凹んでいる以外は、単なる民家に見えた。だが、アジナー・チャクラを通すと、そこかしこに魔力の痕跡が見える。
「大穴のこともあるし、まず『誓約』の拠点とみて間違いないだろうな」
俺は周囲を警戒しながら、部屋を見て回る。
俺が降り立ったこの部屋は、居間のようだった。ここには恐らく、目当てのものは何もない。
不思議なのは、ここに誰の気配もしないことだ。留守を守るために一人くらいは常駐しているものだと思っていたが、そうではないのか。
あるいは、誰もいなくとも十分に守れる仕組みが存在するのか。
俺は寝室、キッチン、尋問室? といった部屋を一つ一つ見て回る。そうしている中に一つ倉庫らしいごちゃごちゃした部屋を見付けて、足を踏み入れる。
アジナー・チャクラも、ここに何かがあると訴えていた。第二の瞳に、目立った魔力の流れが見える。
そして俺は、その元凶らしい物体の前に立っていた。
「……宝箱?」
俺は首を傾げる。宝箱。人一人が入ってしまえそうな、巨大な奴だ。
中に何か大事なものが入っているのだろう、というのはすぐに想像がついた。だが、何というか、何というのだろう。
「嫌な予感がする」
俺はかつて地下80階くらいまで飛ばされた、転送の罠を思い出す。
宝箱運、本当にないんだよな俺……。良いものが入ってる宝箱は出会わないし、偶に見つかるものを開けると良いことがない。
なので俺は、相当にその宝箱を警戒していた。アジナー・チャクラで中身を伺おうとするも、魔力の防御が濃いのか、中の様子は伺えない。
「開けるしかないか……。よし、覚悟を決めよう。『誓約』の攻撃以外は俺は死なないし、『誓約』も多分罠とかできないはず。よし、行くぞ行くぞ行くぞ……おらっ!」
俺はパカッと宝箱の蓋を開ける。すると中から発生するものすごい吸引力に、俺は吸い込まれる。
「!? これどっちだ!? 抵抗すべき方か? 抵抗しない方がいい奴か?」
なまじっか力がある俺は、ものすごい吸引力を前にしつつも抵抗する。けど思い返せば、この家の部屋って全部確認したし、これ以外に探すものないんだよな。
「……ええい、ままよっ!」
結局俺は頭から宝箱に突入し、底知れない虚空の中に飛び込むことにした。
俺は宝箱の中に吸い込まれ、特に害のある干渉を感じなかったので、されるがままにグルグルと闇の中を回転していた。
しばらくすると闇の底が見えて、俺は空中を泳いで体勢を整えて無事着地する。
「さて、中身はどんなかな、っと……?」
俺がポーズまで決めて余裕の着地を決めた直後、俺の傍でこんな声が上がった。
「びぇええええええぇぇぇぇぇ……! 『誓約』さんいないとこの迷宮から出られないの、完全に忘れてましたぁぁぁああああぁぁぁぁぁ……!」
えぐえぐと大声で泣いているテリンに、俺はポカンと口を開ける。
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