第263話 エキドナを追え!
エキドナを捕まえるに当たって俺が考えたのは、いかに逃げられないようにするか、ということだった。
何せエキドナは、俺よりかは弱いだろうが、それでも押しも押されもせぬ古龍である。モルルも先生と慕っているし、実力は金の上位は固いと認識していた。
それでも勝てると確信していたのは、エキドナが戦闘そのものに対して情熱を抱いている感じがしなかったからだ。
戦闘そのものが好き、という性格でなければ、白金の領域には至れない。
ならば俺が考えるべきは、勝つこと以上に逃げられないことである、と思い至ったのだ。実際、エキドナのドラゴンブレスなど、古龍は打開策に事欠かない。
とするなら、どうぶつかるか?
俺の回答はこうだ。
「一対一のインファイトと行こうぜエキドナァッ! 絶対逃がさねぇ!」
俺は「クリエイトチェーンッ!」と出現させた鎖でエキドナの足を絡めとり、素早く接近して殴り付ける。右腕は義手、左腕には手甲のボクシングスタイルだ。
それを、エキドナは「ひぃい!」と顔を真っ青にして避けた。避けるんだよなやっぱり。古龍ならそのくらいは無論できる。
「ちょ、ちょっと裏切っただけで怒りすぎではないか!? ここまでやる必要はなかろうに!」
「怒る? 残念、俺はこの件を口実に、成熟した古龍のエキドナと戦うことしか考えてないね!」
「その方がよっぽど性質が悪いわ!」
それはそう。
俺は拳で怒涛の連打を叩き込む。エキドナは「やられっぱなしでいると思うなッ!」と古龍の印を浮かべて、ドラゴン化した拳で反撃してくる。
だが、俺の拳とドラゴンの爪だったなら、俺の拳の方が強いようだった。
ドラゴンの爪をたたき割って、俺の拳はエキドナの拳を潰す。「―――ッ!」と顔を必死に引きつらせて、エキドナは飛び退る。
「クッ、正面衝突ではやはり通じぬかッ! ならば逃げ―――」
「逃がさねぇための鎖だってんだよッ!」
鎖を引く。距離を取ろうと地上を離れたエキドナは、足から俺に引きずられる。そこに俺の拳が叩き込まれた。ドラゴンの腕でガードするが、肉である以上俺の方が強い。
「ガァアッ!」
ドラゴンの腕肉を突き破って、俺の拳はエキドナに刺さった。
血が舞い、肉が飛び散る。俺はそのままマウントポジションを取って、ギラギラと笑う。
「お前が降参するまで、殴り続ける」
「~~~~~~~~~っ! ああ! もうよい! 降参する―――訳なかろうがこの痴れ者がぁ!」
【ドラゴン・ボイス】
エキドナの喉から放たれた凄まじい音に、俺は一瞬忘我する。アナハタ・チャクラで聴力を弱めたのに、それでも俺は一瞬意識を飛ばしていた。
我に返って周囲を見ると、エキドナは俺の足元から抜け出して「こんなところに居られるかぁっ!」と傷を治しつつ、ギャン泣きで古龍の印を回していた。
現れるは『穴』。空中に浮かぶ虚空。鎖はとうに砕かれている。仕方なく殴りかかると、予想通り空を切った。
エキドナが『穴』の中に消えていく。直後、『穴』は閉じた。俺は「やられたな。ここからどう転ぶか」と呟いて、ポカンと事態を見つめていたモルルに尋ねる。
「モルルッ! 今の奴はどんな魔か分かるか?」
「あう、えっと、確か以前登録した場所に、瞬時に飛ぶことが出来る『ドラゴンズゲート』っていう奴、だったと思う……」
「そうか。なるほど、つまり―――エキドナは『自分で定めた避難先』に移動したってことだな?」
「う、うん」
モルルは頷く。なら、俺の行動は明確だ。
俺はエキドナこそ逃したものの、次善策はちゃんと機能した、と考えながら第二の瞳、アジナー・チャクラを起動する。
追うはもちろん古龍の魔。それを追いかければ、エキドナの場所が分かる。
俺は、ニヤリと笑った。
「さて、エキドナ。頼むから狙い通りに動いてくれよ? そういう逃げ方をするのなら、エキドナがビルク領内で登録する場所は、この拠点ともう一つしか候補はないはずだ」
俺はアジナー・チャクラで、この街の中に古龍の魔の再出現を観測する。その事実に、俺は拳を固く握って「よっしゃあ!」と叫んだ。
「これで『誓約』陣営の拠点情報を掴んだぞ。エキドナはもういい。まず贋金を叩いて、大詰めに取り掛かろう」
『誓約』アーサーは、突如として現れたエキドナにポカンと口を開けていた。
「ぐぅううう! ウェイドの奴め、今に見てろ! この恨み、ギッタンギッタンにして返してくれる!」
「……いきなり現れて、君は一体何を言ってるのかな」
『誓約』の拠点の居間。そこで『誓約』は椅子に座って足を組み、今後を思案していたところだった。
いかに『誓約』が歴戦とはいえ、敵とも味方とも判別のつかない古龍が、前兆もなく隠れ家に現れるのは初体験だ。流石に困惑が勝っているというもの。
するとそんな『誓約』に気が付いて、エキドナは「おぉ!」と声を上げた。
「よかった、そなたを登録先に指定していたのだ。さぁ、あの憎きウェイドに、一緒に一泡吹かせ」
「信用できない君とかい? しないよ。ただでさえこちらはアルケーを奪われて大変なのに」
「……どいつもこいつも!」
手をわちゃわちゃと動かして、エキドナはやきもきしている。だが『誓約』はそれ以上に放置できないことがあって、「というか」と声をかける。
「君、話の流れからして、『私を直接指定して私の下に転移してきた』ということかな? そんなことはできないはずなのだけれどね」
「は? それは何故だ」
「私は『自らへの直接の魔を跳ねのけるゲッシュ』を結んでいる。ゲッシュ以外の魔法を使えない代償としてね。だから、私に対する直接の魔は効かないはずだ」
それを言うと、エキドナは「ああ、そんなもの、古龍の魔の前には無力というものよ」とケラケラ笑う。
「古龍の魔とは、神の権能と同等の、創造主が手ずから生んだ強き魔であるぞ? 人間が古龍の魔に対抗したいのならば、魔法印を完成させてくることだな」
「……完成した魔法印―――『完成印』か」
「にしても、何だこの扱いは! 我はこれでも『最古の古龍』ぞ!? 創造主からも『そろそろ大人になって神になりなよ』と諭されてはいるが! 憤懣やるかたないわ!」
ふんっ! とエキドナは鼻を鳴らして、口から謎の印―――恐らく話に出てきた古龍の印を吐き出した。
「もうよい! 我はもう関わってやらぬからな! ウェイドも『誓約』も勝手に戦え! 我は知らぬ!」
体を巨大化させた印にくぐらせ、エキドナは巨大なドラゴンの姿となった。天井が崩れ、床がバキバキと砕けて沈む。
そこに扉を開けて現れたテリンが「ふぇえええ!?」と驚いて腰を抜かし、『誓約』も思わず口をあんぐり開けた。
「ではな人間ども! 精々矮小な考えで矮小な戦いをして居るがよいわ!」
完全に負け惜しみを言いながら、エキドナは大きく羽ばたいた。天井を砕いてドラゴンが飛び立っていく。
「なっ、なななななっ、何ですか今のは! 何があったのでございましょうか!?」
テリンは立ち上がれないまま、『誓約』に説明を求めてくる。だが『誓約』も展開の急激さに言えることが少なくて「事故としか言えないね」と返すばかり。
だが、分かったことはある。
『誓約』は立ち上がる。その口端には笑みがともっている。『誓約』は口を開いて、テリンに言った。
「テリンさん、彼女は以前『ノロマ』陣営の情報を伝えてきた。その内贋金は負担にならないから進めていたけれど―――古龍エキドナ。彼女があれほど奔放なら、信じる価値はある」
ウェイドと組んで『誓約』を攻めてくるだけで、『誓約』はひどく不利に追いやられただろう。それだけの力がエキドナにはあった。だがそうしなかった。
とするなら、エキドナの目的は本当に『ノロマ』陣営と異なっていたのだろう。エキドナは真の意味で敵でも見方でもない中立だった。
ならば、彼女の情報は信じていい。特に、彼女がもたらした『ノロマ』陣営の拠点情報は。
俺は急いでシルヴィア、ゴルドの下を訪ねていた。
「おお、ウェイドだな。コイン氏から話がいったか。おれたちもある程度腕が上がった。またデュランダルを見させてくれないか」
ゴルドの言葉に、俺は「渡りに船だ」とデュランダルを差し出す。
「俺からも頼む! で、ちょっと急なことを言うんだが、明日までに強化の鍛冶を頼めないか?」
「明日!? 急ね、何があったの?」
事情を聞いてくるシルヴィアに、俺は答える。
『誓約』は振り返り、テリンに「テリンさん、頼んでいた例の件だけど、明日までにできないかな」と言った。
「え、ええ。他の作業は止まってしまいますが、可能かと……」
「なら頼むよ。この情報は鮮度が命だ。彼らはエキドナが裏切ったことは知っていても、私たちが彼らの拠点の、すべての入り口を知っていると知らない」
テリンが目を丸くする。『誓約』は「運命はやはり分からないものだね」と微笑む。
「今までこちらがエキドナを信用せず、拠点を攻め入らなかったことが、幸運にもブラフとして働いている。彼らは油断しきっていることだろう。これ以上の機はない」
俺は言う。
「『誓約』の拠点が分かった。それが連中にバレる前に、サクッと攻め入りたくてな」
『誓約』は言う。
「『ノロマ』の拠点が分かって、しかも恐らく彼らが対応してないのは今だけだ。早々に攻め入ろう」
二人の最強の言葉は、同じビルク領の中で、奇しくも全く同じタイミングで重なった。
「「明日、襲撃をかける。敵が敵だ。取り掛かるのは、俺(私)だけでいい」」
それにゴルドは「任せてくれ。明日の早朝には仕上げておく」と答え、テリンは「承りました。こなたにお任せください」と頷く。
かくして、『ノロマ』陣営と『誓約』陣営のトップにして最強の矛が、同時に敵拠点を襲撃することが決まる。
それを防ぐはそれぞれのナンバー2。『ノロマ』陣営は『自賛詩人』ロマンティーニ。『誓約』陣営は『大ルーンの語り部』テリン。
明日、戦況が大きく変わる。
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