第262話 内ゲバ前の静けさ
これからの作戦を、一応、ベッドで休むリージュにも伝えていた。
リージュはある程度体力を取り戻し始めていたが、それでもしばらくはベッド生活だ。傍でウィンディが果物を剥いている。
「って感じだな。そろそろエキドナがモルルと戻ってくるから、そこから少し騒がしくなる予定だ」
「かしこまりましたわ。エキドナ様が敵拠点に到着したなら、そのままテリン様を?」
「そうだな。あんまり期間を置くと向こうから攻められるだろうから、今日中じゃないにしろ素早く仕掛けることになる」
「では、一つ言っておきたいことが」
「ん? 何だ?」
リージュは俺の目を見つめてくる。
「単刀直入に申し上げますが、テリン様はウェイド様に恋をしてらっしゃいます」
「……。……えっ?」
いかん。今一瞬思考がフリーズした。
「え、ちょっと待ってくれ。テリンが? 俺に? 恋?」
「はい」
「何で???」
とてもプリミティブな質問をしてしまった。リージュ「語れば長くなるのですが……」とめをつむって考える。
「ウェイド様とテリン様は、以前お会いしたことがございましたわね?」
「あ、ああ。うん。会ったよ。眼鏡あげた」
「その時点で一目ぼれされていますのよ」
「マジで!? アレだけで!?」
驚きである。その場のノリで買った眼鏡を、その場のノリであげただけなのに。
「テリン様からは、本当に大切な記憶として教えていただきましたわ。眼鏡で世界の美しさを教えてもらったとか、ウェイド様の爽やかな笑顔に心を射抜かれたとか」
「半分以上眼鏡なんじゃないかそれ?」
俺というよりも眼鏡だと思う。話聞く限り、俺の外見にも眼鏡補正がかかってるから、8割が眼鏡の力だ。
「さらにワタクシから、ウェイド様の素敵なエピソードを可能な限り吹き込んでおきました。それで恋心はもう燃え上がる寸前です」
「じゃあ元凶リージュじゃん。眼鏡が種火で炎上はリージュの仕業じゃん」
俺があまりに関係ない。しかし中心に居るのは俺。何故……。
「ですので、ワタクシはテリン様をこちらに抱き込めると考えています。テリン様の下に訪れるのであれば、敵対して戦う前に、一度お話してみてはいかがでしょうか?」
「え、お、おう。……えぇ……?」
リージュは、ニヤリと笑う。
「上手くいけば、テリン様にデュランダルの強化を手伝ってもらうことだって可能ですわ。言いますでしょう? 恋愛は惚れた方の負け、と」
「うーむ……。いや、リージュがそう言うなら、話すくらいはいいけど……」
「では、お心に留めておいてくださいましね」
リージュはクスッと笑う。俺はそれに、難しい顔で腕を組んだ。
モルルの訓練を終え、今日もエキドナは気分がよかった。
「エキドナせんせ、鼻歌歌ってる」
「うむ。モルルも順調に育っていることだし、そろそろ我の仕込みも効いて、連中に泡を吹かせる頃だろうしな。機嫌も良くなろうというものよ」
「仕込み?」
エキドナは、マズい、と口を噤む。
「しかし、ここの生活にも慣れてきたのう。あまり愛着が湧く前にそろそろ居を移すべきか」
エキドナは、誤魔化しの構え。エキドナの誤魔化し力は高い。
「仕込みって何?」
だがそれ以上にモルルの追及力の方が高かった。視線を鋭くしたモルルに、エキドナは怯む。
「な、何だ? モルルよ、何を疑っておる?」
「何か怪しい……。リージュが隠し事してた時みたいな雰囲気。せんせ、何か隠してる?」
「しっ、してないぞ! してないったらしてない!」
「……分かった。じゃあ信じてるからね。エキドナせんせは、尊敬する古龍の先生だもん」
「うむ! 数少ない同族ぞ! そんな相手に嘘など吐くものか!」
―――嘘である。エキドナはちゃんと悪だくみをして、ちゃんと隠し事をしている。
エキドナの隠し事。それはやはり、ウェイド陣営の情報を敵である『誓約』陣営に流していたことだ。
傲慢王の配下たる連中に嫌がらせするのはいつものこと。上手くいって爆笑しながら逃げ去るのがエキドナ流だ。成功する前にバレるのはマズい。
……まぁ最近はほとんど成功しないが。エキドナは小さな事にはこだわらない性質である。
元より傲慢王の要請に従うのは、従う振りをして痛い目を見せるため。でなければ無償で何かを引き受けるわけがない。というのがエキドナの弁である。
今回の場合は、何やら両陣営ともこそこそと企み事をやっているのは辛うじて分かったので、すべて暴露してしまえば盛大に困るだろう! と『誓約』陣営に接触した。
果たして、『誓約』の返答はこうだった。
『どこまで信用していいものか分からないから、信じても損失の少ない分野だけその情報を受け取ろうか。特に拠点の入り口など、罠にしか聞こえないからね』
無論エキドナは激高である。
『何をう! 貴様、傲慢王のようにいけ好かぬ奴だな! もういい! 我は不愉快だ!』
バッサー! と翼を羽ばたかせて、エキドナは『誓約』の下を去った。
だが、その場では話が決裂したが、逆に言えば連中に信じる危険の少ない情報は聞き入れられた、という話でもあった。
後日それに気づいたエキドナは、何が何やら分からないが、近日中にウェイド陣営が困りだす日が来るのを楽しみにしていた。機嫌がいいのはそのためである。
これが、ロマンをして「しょーもない裏切りをよくする」と言わしめた、エキドナの思考回路、及び行動であった。
余談だが、古龍は決して知能は低くない。だが、バカでも問題ないくらい強いので大半がバカになるのだ。
モルルが年の割に賢いのは、周りが強すぎて生きるために知性が必要だからだろう。
さて、そんなエキドナに、古龍にしてはかなり賢く育ったモルルは、疑わしい目を向けていた。
しかし取り立てて問い詰める材料などもないので、大人しく二人は拠点に戻る。すると「お帰り、二人とも」といつものように出迎えてきたウェイドが、エキドナを見た。
「そんで、確保」
「は?」
ウェイドの姿がブレる。直後エキドナは、「あ、これはマズい奴だ」と勘付いた。
躱す。だが速い。躱しきれず腕が落ちる。瞬時に古龍の印で復活させる。
落ちた腕が、ぼとっ、と地面に落ちた。モルルがそれに目を剥き、エキドナとウェイドは睨み合う。
「流石は『最古の古龍』だけあるな! だが今のやり取りで確信した! エキドナ、お前はやっぱり俺には勝てない! さぁ観念しろ! 『誓約』にどこまで話した!」
獰猛な笑みを浮かべて、古龍より怖い顔でウェイドはエキドナに迫る。エキドナはそれに怯えながら、果敢に言い返す。
「うううう、うるさいわ! 困らせてやるためにちょっと敵に情報を流したくらいで、ギャーギャーと騒ぎおって! 嫌いだ! 傲慢王も、『誓約』も、ウェイドも大嫌いだ!」
エキドナは半泣きで騒ぐ。そんなエキドナの様子を見つめるモルルの視線からは、みるみる尊敬の念が失われていた。
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