第261話 血脈の呪術会議
俺はロマン、ビルク卿の三人で、リージュが確保した情報について話し合っていた。
俺たちが会議室として扱う、部屋でのことだった。昼前の今なら、みんな頭が冴えていると考えての指定だ。
「以上が、リージュが得た情報です。次にアルケーの尋問ですが」
俺は用意していた情報をまとめた紙を読み上げる。
「アルケーはどうやら、仕込んでいた強力な魔法薬で寝ているらしく、どれだけ強くはたいても起きる様子がありません」
「ふむ、流石は錬金術師ということでしょうか」
俺の報告に、ビルク卿は困り顔を示す。「なので」と俺は続けた。
「私のアジナー・チャクラ……という分析の魔で彼女の頭の中をのぞき見ました。シルエット程度の情報ですが、いくらか重要そうな情報が見つかっています」
「……ウェイドさん、サラッとものすごいこと言ってませんか?」
「ビルク卿、ウェイド君はいつもこんな感じです。腕っぷしだけで貴族に、という噂が出回っていますが、ウェイド君の才能はそれには留まりません」
「流石ですね……」
「小っ恥ずかしいので触れずに先に進めますが」
俺は二人の会話を聞き流して、続きを言った。
「アルケーの脳内イメージで、金貨の山が見つかりました。一瞬財宝かと思いましたが、我々と対立している状況を考えるとそうは解釈しづらい」
また、と俺は別の論拠を示す。
「リージュの『動かせない』我々への攻撃とやらについて考えると、恐らく……『誓約』陣営の次の攻撃対象は、ビルク卿主導の『血脈の呪術』そのものになるのでは、と」
「―――贋金ですか」
「恐らくは」
ビルク卿の推察に、俺は頷く。
俺が見透かしたシナリオはこうだ。
『誓約』陣営は、どこかから俺たちの『新しい貨幣の発行』政策を聞きつけた。そこから『アレクへの信用の確保のための実績づくり』が目的ということも分かったのだろう。
だから、それを邪魔すればビルク卿は実績と能力を示せない。そもそもビルク卿がアレクサンドルに寝返る条件の一つでもある。ここを攻撃すればいい、という発想は自然だ。
だが、このシナリオにはまだ分からない点がいくつかある。
「リージュが語った『動かせない』っていうのは、シンプルに大量の金貨そのものでしょう。山積みの金貨を持って移動するのはとても手間ですから」
「そうですね。しかし、分からない点としてまず『そんな金貨をどこから用意したのか』というものがあります」
ビルク卿の疑問に、俺は頷く。「それに」とビルク卿は続けた。
「誰がその情報を『誓約』陣営に渡したのかも問題です。リージュちゃんが漏らしたのでなければ、我々の中に裏切り者がいる、ということになりますから」
ビルク卿の面持ちは深刻だ。一方、俺とロマンは、特にロマンは大いに心当たりがあって、やりやがったなあいつ、という顔をしている。
俺は詳しくないので、じっとロマンを見つめていた。ロマンは観念したように目を固く瞑り「実は、心当たりがあります」とため息を吐きながら言う。
「本当ですか?」
「ええ。彼女はよく我々を裏切ります。元々敵の立場を上手く抱き込んで使っていますので、正直アレクサンドル上層部の人間からすると日常茶飯事に近い」
その説明で、ビルク卿は「もしや……?」と当たりを付け始める。
「それでなくとも、彼女は王を激しく憎んでいますから。とはいえ王がその上で呼び出すときは、裏切りのリスクを考えても利益がある時。そして」
あきれた様子で、ロマンは言った。
「王曰く『他に裏切り者がいれば、奴に連なるから分かりやすい』と」
「……古龍エキドナ、でしょうか?」
「はい。まずは彼女を捕まえて、他に裏切り者がいないかを吐かせましょう。もし逃がしたとしても、その裏切り者はエキドナについていくのですぐに分かります」
「し、示し合わせて彼女以外の裏切り者が潜伏する、などは考えられませんか?」
「エキドナはそこまで賢くありません」
「そうですか……」
飼い殺しにされてる獅子身中の虫みたいな扱いに、裏切られた怒りよりも、何だか切なさが混じる評価だった。
俺は口を開く。
「何というか、前に聞かされては居たけど、本当に裏切るんだな」
「裏切りますよ。でも、ギリギリのところで痛手にならない、というか逆に先手を読める感じも分かりますか?」
「敵に無能な味方がいった、みたいな気持ちではある。『あいつ狙えばいいじゃん』みたいな」
連中の拠点があるだろう地域の扉を壊すやり方も、続けてはいるが効率が悪い。エキドナがそこにたどり着くのを追えられれば、一発なのだが。
「ですから、王などは誤った情報をエキドナに渡して上手く状況を操作したりします。政争の上級編ですね。なので、王はエキドナが好きですよ。エキドナは王が大嫌いですが」
「切ねぇ……」
俺は目を細めて、侮られまくっている古龍を思う。まぁでも、ヒュドラもテュポーンもそんな賢い感じではなかったしな。ちゃんと付き合うと、基本パワーバカポジなのだろう。
「じゃあ、どうするか? 今はモルルと訓練してるはずだけど。……っていうかモルルって危なくないか? 大丈夫か?」
「それは大丈夫ですよ。エキドナの中には分かりやすい指標があります。裏切りは悪戯の延長上というか、ついでというか……。同族のモルルちゃんより上になることはありません」
「じゃあ大丈夫か。帰ってきたら締めよう」
「はい」
裏切り者問題は一旦これで良いだろう。何だこれ。これでいいのか。
「では次に、『どうやって金貨を量産しているのか』ですが」
ビルク卿がそういった瞬間、「失礼しますぜ」と戸を開ける者がいた。
コイン。俺が下して今はビルク卿の下についている、治安極悪ショタである。俺がいるのを見付けて、びくりと震えて視線を落とす。完全に怯えられてんね俺。
「どうしましたか、コインさん」
「あ、ああ、何のことはねぇです。貨幣の鋳造ですが、今のところ上手くいってるっつう、途中経過報告に過ぎませんで」
そんだけですわ。じゃあ、とコインは扉を閉めようとする。それを、ビルク卿が制止した。
「待ってください、コインさん。あなたの意見も聞いてみたい」
「は……? あっしに何を聞こうってんですか」
コインの一人称が「オレ様」から「あっし」に変わっている。ビルク卿は説明した。
「……ということで、敵がどのように贋金を大量生産しているのか、ということに悩んでいるんです。何か心当たりはありませんか?」
「あっしらの仕事に直結する話じゃあないですか。しかし、大量生産か。『誓約』は少人数とは聞いてやす。なら何らかの魔法だとは思いますがね」
魔法。現状把握している『誓約』陣営の魔法は……。
「確保したアルケーの錬金術、ゲッシュ、大ルーン、あとエキドナの古龍の印か?」
「エキドナの動向はモルルちゃんから聞いていますので、本当にわずかな時間で裏切ったものと思います。大量生産はできないと思いますよ」
「ロマンが言うならそうか。となると、錬金術、ゲッシュ、大ルーン」
「錬金術、というと怪しそうですが。金と入るくらいですし」
「ビルク卿の言うことも分かるんですが、アルケーの錬金術はもっと薬っぽい感じなんです。今回は違うかと」
「そんなら、大ルーン一択です」
コインが、見た目に似合わない渋い声で言う。
「ルーン魔法ってのは、他の魔法に比べて曖昧な領域が小さいんです。だから、金属を精巧に一定の形に揃える、なんてこともできやす。アレクサンドルの名工がやってやした」
「となると、大量生産を担ってるのはテリンの方か」
流れが何となく見えてきた。エキドナが裏切り、その情報から贋金作戦が立案。テリンが大ルーンで俺たちのそれと同じ金貨を大量生産、と。
ならば、すべきこともはっきりしている。
「ビルク卿、俺たちの方で手を打つまでは、流通は止めてもらえませんか?」
「そうですね。その方が安全でしょう。コインさんは気にせず製造を続けてください。倉庫に入れて、流通量を調整するのに使いますので」
「承知しやした」
「ロマン、俺たちはまずエキドナから取り掛かろう。戻ってきたところを確保。逃がしたとしても『誓約』の拠点が分かるように追跡する」
「そうですね。そうしましょうか」
方針は決まった。あとは行動に移すだけだ。
そう考え、「ひとまず今回の会議はこんなもので」と切り上げる。各々が「では、引き続きよろしくお願いします」と立ち上がる中で、コインが俺に近寄ってきた。
「あー……ウェイド、さん。その、報告が」
「ん、分かった。聞こう」
「大したことじゃありやせん。ゴルドとシルヴィアですが、素質があったんで腕利きに指導させました。デュランダルをまた強化したいってんで、お伝えしたまでです。……では」
コインはそれだけ言って、バツが悪そうに早足で歩き去って行く。その後ろ姿を、俺は「コイン」と呼び止めた。
「……まだ、何かありやしたか」
俺は笑顔で言う。
「ありがとな、二人の面倒みてくれて。それだけだ。これからも頑張ってくれ」
「……!」
コインは目を丸くして俺を見、それから「最初から、アンタに敵わないと分かっていればよかったです」と一礼し、去って行く。
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