第252話 偉大なる父を知れ

 モルルが直後に取った行動は、ドラゴンボイスだった。


 エキドナに、昨日の時点でしつこいほどに叩き込まれたこと。窮地に陥ったらドラゴンボイス。困ったらドラゴンボイス。とりあえずドラゴンボイス。それができれば死なないと。


 果たして、その効果は悪くなかった。


「――――――ッ!」


 モルルの口から、ドラゴンの咆哮が放たれる。底知れなさを見せたパパですら、モルルのドラゴンボイスに硬直を示した。


 その隙に、モルルは古龍の印を吐き出して、自身を印にくぐらせた。足が即時に復元する。古龍は即死以外死なないのは、こういう訳だ。


 それから、モルルは起きざまにパパから距離を取ろうと飛び出した。すぐさま反転して身構える。そうすれば硬直がすぐに解けても対応できる。


 ―――その判断は正しく、しかし実力不足だった。


「今の咆哮、悪くなかったぞ。ちょっと驚いた」


 すでにパパは、モルルの眼前で大剣を振りかぶっている。


「ッ!? 何でッ!? モルルも初めてやられて、しばらく動けなかったのに!」


「そりゃあ経験値と実力だっての!」


 どうする。モルルは焦る。このままいけば体は両断だ。もう一度ドラゴンボイス? いや、通じる気がしない。人間ならば何度でも効くとは聞かされているが、パパには効かない!


 ならば、選択肢は二つ。ドラゴンブレスか、変身術。この至近距離なら。


 モルルは、怯む心を踏みつけるように、強く足で踏ん張った。


 口からペッと古龍の印を吐き出す。左手で印を回して巨大化させ、その中心に渾身の拳を叩き込む。


 モルルの拳は年相応に小さい。だが、それはこの姿の話。


 印を通過すれば、それは巨大なドラゴンのかぎ爪に変化し、パパを襲う。


「おぉ! 面白い!」


 突如眼前に現れたドラゴンの拳に、パパは正面から殴り飛ばされた。それでも3メートルほど。20メートルにはまだ遠く及ばない。


 しかし、その3メートルを無駄にするほど、モルルは戦闘勘が弱いわけではなかった。先ほど言われた、パパの言葉は脳裏を反響し続けている。


『戦闘のコツは、常に、一番の火力を叩き込むことだ』


 ならば、この状況での一番の火力は、もちろん一つだろう。


 モルルは印を口の前に現す。大きく息を吸う。パパは無事着地して、モルルの次の手に「おぉっ! いいぞモルル! 戦いの中だけで、どんどん強くなってる!」と喜ぶ。


 モルルはそれに、思い切り古龍の印に息を吹き込んだ。


【ドラゴン・ブレス】


 原初の破壊の光線が、平原を焼き払う。破壊という概念そのものを凝縮した一撃が、パパをまっすぐに射抜こうとする。


 だが、パパはそれを楽しげに躱した。剣を構え、接近しながら、体勢を傾けるだけであっさりと。


 モルルは言う。


「パパ、強すぎ……ッ!」


「ああ、そうだぞ。パパは強いんだ」


 眼前。パパの右腕の鉄の義手が、モルルの胴体に突き刺さる。


「ぐぷ、ぁっ……!」


「流石に、重力魔法もないと拳で古龍は貫けないか」


 モルルは素手で胴体に穴を開けられようとしていたことに戦慄しつつ、殴り飛ばされ地面を転がった。体の中で古龍の印を現し飲み込み、破滅した内臓をくぐらせ素早く治癒する。


「ほう、モルルめ。小癪な真似を」


 感心したのはエキドナだ。パパもチャクラで見ているのか「考えたな」と褒めている。


 考える。考えるのが、重要だ。パパには生半可な動きでは勝てない、決して。だから、考えなければならない。


 今の距離感は5メートルほど。一瞬で詰められる距離。だが、攻防が始まってからの距離感では一番の伸びだ。


 とするなら―――と。そこまで考えた時、すでにモルルの足に鎖が巻き付いていた。


「え」


「さぁモルル? ちょいと荒っぽい高い高いが済んだら、次は」


 パパは鎖を掴んで見せながら、モルルに笑った。


「空中ブランコの時間だぜ」


 鎖に足を取られ、モルルは宙を舞う。


 パパを始点にして、10メートル。鎖で足を掴まれたモルルは、グルグルと鎖で振り回されていた。


「キャ―――――!」


 前後不覚。全力で回され、モルルは自分がどんな状況であるかを見失う。途中で鎖が外れ、空中で回転していることにも中々気付けなかった。


「ハッ」


 我に返ったとき、モルルは縦に横に回転しながら、落下している最中だった。


 足に鎖はない。となると、パパは振り回した挙句、真上にモルルを放ったらしい。


 視界情報は回転しまくっていてまともに判断できないが、恐らくは真下にパパが待っている。そして落下し、パパの眼前に至ったときに一撃を入れられる。


 意表を突くとしたら、そこしかない。


 モルルは喉に舌をやる。古龍の印を発生させ、体内に仕込む。エキドナからは教わらなかったが、モルルにはそういうことが出来るようだった。


 そこから、モルルは体内を改造する。体の内側に鉄の鱗を仕込む。皮膚の一枚下から、モルルは己をドラゴンに変える。


 回転する視界にやっと目が慣れ始める。地面は近い。パパも予想通りそこにいる。振りかぶられるは大剣。モルルは、父親譲りの勇ましい笑みを浮かべて言った。


「これで、モルルの勝ち」


 パパの大剣が、モルルの両腕のガードを的確に打ち抜く。


「んっ?」


 直後、パパは手ごたえに違和感を抱く。だが、もう遅い。


 モルルは腕を折られるだけで、宙を飛ぶ。体に仕込んでいた古龍の印を使い、折れた腕の傷を即時に癒す。背中から翼を生やし、飛距離を伸ばす。


 さらに後ろから追ってくる鎖に、モルルは飛びながら喉から古龍の印を放った。


 息。パパの意識はいま、モルルを捕らえることにある。だからこの一撃は虚を突く。パパに一撃入れて、目に物を見せる。


 さぁ、貫け。


【ドラゴン・ブレス】


 モルルの口から、真っ白な破壊の光線が放たれた。鎖は半ばから消滅し、パパは咄嗟に避ける。


 当たらなかった。けれど、それでも十分。だって。


 モルルは、無理にドラゴンブレスを放ったがために崩れた体勢により、頭から地面に突っ込んで地面を転がった。


 草をはがし、土を舞わせて、モルルはメチャクチャになる。だが、パパからそうされたのではない。そうなっても問題がないから、モルルは甘んじて受け入れただけ。


 しばらく転がり続け、やっとモルルは停止して地面に倒れる。だが古龍たるモルルにとって、地面は柔らかなクッションも同然。モルルは、元気よく飛び上がる。


「――――20メートル! 離した――――ッ!」


 厳密には、パパが20メートル地点から追いかけるのをやめたから、だいたい30メートルほど。誰が見ても、明確な試験合格だ。


「そこまで! ……と、今更我が言うのは、野暮というものか?」


 エキドナがそう肩を竦める横を、素早くパパの影が駆け抜ける。


「モルル~~~! すげぇよ~~~! 流石俺の愛娘だぁ~~~!」


 感動しきり、という様子で、パパは涙をこぼしてモルルを抱き上げた。モルルはその速度に、今までの戦いで全然手加減されていたことに戦慄する。


 だが、パパは大喜びでぎゅっとモルルのことを抱きしめた。


「よく俺の意表をついて見せた! それだよ! それが戦闘の真髄だ! モルル、お前はもう大丈夫だ! すげぇ。すげぇよ。モルル。まさか三日でこんなに強くなるなんて」


 震える手で抱きしめられて、モルルの気分は悪くない。甘えん坊なパパだなぁ、と思いながら、土で汚れた手でパパの頭を撫でてあげる。


「ね? モルル、強いでしょ」


「ああ、ああ……! パパ驚いたよ……! こんなに立派になったんだな……。ぐす、ごめんなぁ。本当はモルルのこと切ったり殴ったりしたくなかったんだけど、手加減すればむしろ危ないから、ごめんなぁ?」


「あはは、パパ泣いてる。気にしてないから、泣かないで? っていうか手加減はしてたでしょ?」


「……いや、してない。モルルの動きがよかったから、終わってから真似しただけ」


「この一瞬でまた成長したのパパ……?」


 目を背けて「手加減は誓ってしてない」と言いながら、モルルを抱きしめて放そうとしないパパに、モルルは「もう~……。えへへ」と甘んじて甘やかされておくのだった。

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