第251話 ウェイドパパの実践試験

 三日間の実践訓練を終えた、パパとの試験の日の朝。パパはロマンと二人で大勢の前に立ち、三日間のリージュ捜索の成果発表を行っていた。


「ということで結論を述べるが、奴らはこの拠点の『入り口を転移させる』魔法をパクりやがった。その所為で突き止めた拉致経路は役立たず。扉の向こうはもぬけの殻だ」


 場の雰囲気全体が、絶望感に包まれる。「だが」とパパは続けた。


「アジナーチャクラで、つまり俺の目の異形の魔で、繋がってた扉の魔力痕跡の形を覚えた。それで痕跡の残る扉をいくつか地図でチェックしていったら、この結果だ」


「地図よ広がれ」


 ロマンの詠唱に従って、大きな地図がひとりでに広がり、結果を示す。この地図の領地の一部地域に、魔力痕跡のチェックが入っている。


「この地域内で、無作為に扉を繋ぐような魔法を使ってるんだろう、という推測で今俺たちは考えてる。つまり、この地域の扉をしらみつぶしに壊していけば、いつかはたどり着ける」


「そう思わせて、本命の逃げる用の扉が地域外にある可能性はないのでしょうか?」


 ビルク卿の質問に、パパは首を振った。


「いいや、魔法の形態からして、それは難しいらしいです、ビルク卿。この拠点の扉替えの魔法も、特定の扉を使うためにはそれ用に契約をする必要があるとか」


「魔法は神の法に従う必要があるのですよ。無作為ならば縛りも弱いですが、作為にはより強い契約が必要になる。そして『誓約』陣営は、その為のコネも信用もないですから」


 ロマンの補足に、「なるほど、ありがとうございます」とビルク卿は納得する。


「だから、ここからは人海戦術になる」


 パパはみんなに向けて方針を発表する。


「ビルク卿の名前とアレクからもらった活動資金を使って、この地域の扉を全部壊して回る。まず訪ねて応対してくれる住人に許可を取って破壊、後に謝礼。戦力が不要な仕事だ」


 次に、とパパは言った。


「訪ねても応対して貰えなかった住人。ここからの対応は戦力ある人間に絞られる」


 つまり俺やロマン、ウィンディ、他銀等級以上の人間。とパパは言う。


「扉は問答無用で破壊してくれ。住人には謝礼を支払いつつ逃亡。抵抗すれば鎮圧。廃墟なら扉だけ壊して放置で良い。で、肝心なのは」


 一拍。パパは息を吸い、目を細める。


を引いた場合だ」


 場の空気が、緊張に引き締まる。


「『誓約』陣営の拠点を引き当てた場合は、即逃げろ。同時にビルク卿に用意してもらったアーティファクト、『コーリングリング』っていう指輪を用いて、俺に連絡してくれ」


 パパは「報告内容は拠点の場所と自分の居場所だ。即駆けつける。それと―――」と指示を出していく。


 そうして、集まっていた面々が散っていく。今回ロマンがあらかじめ集めておいた現地協力者たちが、前半の主戦力だ。後半からは、パパやロマンなど、強い人間でなければ。


 そんな風に何となく人の出入りを見守っていると「さて」とパパがモルルのそばに立っていた。


「念のため、もう一度聞く。……怖いなら、やめていいんだぞ」


「ううん。モルル、リージュのこと助けたい。だから、パパにも認めさせる」


「おおぉ~~~! 言うようになったなモルル~~~! パパはお前の成長が誇らしいぞ~~~!」


 緊迫した雰囲気が一転、パパはモルルのことを抱きしめてモフモフと髪を撫でまくるので、モルルは一気に気が抜けてしまう。「キャー!」といつもみたく楽しく叫んでしまった。


「じゃあ、試験だな。楽しもうぜ」


 満面の笑みで、パパはモルルの手を取る。するとエキドナが近づいてきて「審判くらいは必要であろう?」と申し出た。


「そうだな。頼む」


「せんせ、ありがと!」


「いいや、我もこの目で、ウェイドの強さを見ておきたかったのでな。それに、古龍の不死の程度はほどほど。殺しきれば死んでしまう。その判定は、恐らく我が長じておろう」


 殺す、という言葉が出てきて、モルルの身体は強張る。パパを見ると視線を落として、「うん、そうだな。楽しすぎてモルルを殺したら、最悪だ」と頷く。


 それで、モルルの中に、緊張が戻ってきた。エキドナがモルルの肩に触れ、モルルは振り返って見上げる。


「モルル、親とて気を抜くな。古龍と人間とて、気を抜いてはならぬぞ。自分よりもはるかに格上と戦う、ということを理解して挑め。お前の父は―――」


 エキドナは、厳しい表情で言った。


「―――世界最強の、一角なのだから」


 モルルは、唾をのむ。











 平原を、風が渡っている。


 サァア……と音が響いている。風に草がなびき、雲一つない青い空が爽快に晴れ渡っている。


 そんな平原の中心に、三人は揃っていた。


 モルルの視界の中心には、パパが立っている。「んー! 自然はやっぱり気持ちいいな。最近ずっと街中をうろうろしてたからさ」とのんきに伸びをしている。


 それから、パパは言った。


「二人の試験のルール説明をする」


「うん」


「聞こう」


 古龍二人が、人間の言うことを従順に聞いている。それに異を唱える存在は、この場にいない。


「俺とモルルは、今ちょうど十メートル程度の距離間で立っている。モルルは、どんな手を使ってもいい。俺から二十メートル離れればモルルの試験合格だ」


「……それだけ?」


「ああ、それだけだ。簡単だろ?」


 簡単に、聞こえる。普通ならば。モルルの足は速い。十メートル程度の距離は、モルルにとって一歩に等しい。


「不合格の条件としては、動けなくなったら、だな。もしくは心が折れたら。ともかく、抵抗が何らかの原因で出来なくなったら。その時は不合格だ。モルルは今回、戦力に数えない」


 パパは、エキドナに「分かったな?」と問う。「うむ。そのどちらかで制止する」とエキドナは頷いた。


「じゃあエキドナ。試験開始の合図を出してくれ。それと同時に、俺たちは動き出す」


「うむ」


 エキドナは了承し、モルルとパパは見つめ合った。


 モルルは考える。まずどうするか。たかが十メートルなら、パパからの行動を無視して距離を取ってしまえばいい気もする。


 エキドナとの訓練で分かったことは、古龍とは本当に強い生物なのだ、ということ。今まで触れ、接してきた人間は、古龍の立場から見ると脆すぎる。


 エキドナから色々と言われてはいたが、実際のところ、モルルはパパの戦いを見たことがない。


 しいて言うなら数カ月前、モルルがもっと小さかった頃、ウィンディから助けられた時だけだ。それも、突如現れたパパがウィンディと激突する瞬間にサンドラに家に戻された。


 それからのそれこれは、色々あったが、よく分かっていない。ただ、人間の皆が騒いでいた、という認識でいる。戦争前はリージュと遊んでいたし、戦争中も領主邸にいた。


 世界最強の一角、という言葉も、改めて聞くと安っぽい。


 しかし、同時にモルルを良いように扱ったエキドナの言葉でもある。実感は湧かないが、恐らく真実なのだろう、と頭では納得している。


 そんな逡巡は、モルルの優れた頭では僅か一秒の半分程度で終わる。モルルが出した結論は、「まず逃げに徹しつつ、パパの動きを見る」というもの。


 それで逃げ切れるなら十分だし、見ていればそう大きなダメージを負うこともないだろう。


 何せ、エキドナの攻撃も、ほとんど避けられるようになったモルルである。三日前とは比べ物にならない強さになっているのだ。一カ月あれば神に届くとすら昨日言われている。


 モルルはもう、決して弱くない。


 それをパパに分かってもらって、たくさん褒めてもらうのだ。


「では尋常に―――」


 モルルの思考が、エキドナの言葉でクリアになっていく。ごちゃごちゃとした今までの考えが取り払われ、集中していく。


 躊躇いはない。逃げつつも、警戒はする。何があっても対応ができるように。それが今の最善手。体の準備はできている。


 エキドナは言う。


「始めッ!」


 言葉と同時、モルルはパパの真反対に飛び出した。


 モルルの身体能力は高い。昨日の時点で人間の形のまま出せる最高の身体に変化させている。外見はそのままに、筋肉の質を上げ、より大きな出力ができるようにと。


 モルルは、一瞬のうちにパパの真反対方向に十メートルの地点に立っていた。簡単だ。簡単過ぎた。だから勝ち誇ってパパに褒めてもらおうと振り返った。


「モルル、お前はまだ戦闘の何たるかを分かってないな」


 だから。


 パパの声が真横から聞こえて、硬直した。


「戦闘のコツは、常に、一番の火力を叩き込むことだ。叩ける一番痛いところに、一番痛い奴を叩き込むことだ。モルルがすべきは、俺にまずドラゴンブレスを吐くことだった」


 足に違和感が走る。モルルは足を見て、足なんてもうないのだと知った。


「古龍の不死は、死以外は蘇生できるって形だとエキドナから教わった。だから、致命的な一撃以外は入れるぞ。そうでなければ、モルルが敵に殺されかねない」


 パパは言う。


「厳しく行くぞ。折れずに、楽しく、頑張ってくれよな」


 モルルは両足を斬り落とされ、平原に沈む。

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