第249話 古龍式スパルタ訓練

 エキドナが語るには、古龍の強さとは『強靭な肉体』と『古龍の印』であるという。


「厳密に言えば、精霊の王である我らには高度な精霊術も行使できるのだが、生憎とこの近辺は神の力が強すぎる。精霊術を今から覚えるよりも、古龍の印を優先するぞ」


「よく分かんないけど、分かった!」


 モルルのやる気は十分である。ふんすと鼻息荒く、エキドナの説明を聞いている。


 ビルク領を出てしばらく進んだ、ただっ広い平原でのやり取りだった。


 ここには、古龍である二人しかいない。風が吹き、膝に届くほど伸びた草がザァアとなびく。人間の手は全く入っていない、ただただだだっ広い平原だった。


「では、今日から三日間、対ウェイド用の実践訓練を行う。今までは古龍の印の簡単な使用方法に限った訓練だったが、今日から三日間は今までに輪をかけて大変になる」


 エキドナは、声を低くして問うた。


「覚悟はできているな?」


「うん。リージュを助けるためだから」


「……ならばいい。友を助けるため、か。若いというのは良いな」


 モルルの目を見て、エキドナはふっ、と笑った。それから「ではまず」と指を立てる。


「古龍の古龍たるゆえん、古龍の印を用いた変身術から、モルルがモノにできているかを確かめるぞ」


 真似してみろ。と言って、エキドナは口から古龍の印を吐き出した。手で回転させて大きくし、古龍の印を頭から落として全身をくぐらせる。


 その直後、バサァッ、と音を立てて、巨大な翼が広がった。


 ―――古龍の印とは、くぐらせた対象を自由にする力がある。自らの肉体をくぐらせれば肉体を自由に変形させられ、結果として翼を生やしたり、そのままドラゴンにもなれる。


 エキドナは言った。


「ウェイドはあのバカでかい剣があるから、そのままドラゴンに変身するのはむしろ悪手だ。翼で制空権を握りつつ、人間の小柄さは保つべきだろうな」


「うんっ。じゃあ」


「ああ、角を変化させるのも忘れるな? ドラゴンの角は空気中の魔力を吸い取って自らの物とする吸入器官。角があれば無尽蔵に魔力を振るえるからな」


「それもう耳が酸っぱくなるくらい聞いた!」


「耳がタコになる、だぞ。もしくは口を酸っぱくして言う、だ。我のセリフだな」


 べーっ、とモルルは舌をだして小言ばかりのエキドナに反抗の意思を示しつつ、口内で喉の奥に舌を伸ばした。


 喉の奥。そこに触れると、僅かにざらりとした感触がある。それが、モルルの生まれ持った古龍の印。そこに、魔力を注ぐ。


 すると、ざらりとした感触から、触れているのに触れていない、という不思議な感覚が現れる。それを舌で誘導して、吐き出す。すると口元に、古龍の印が浮かぶ。


 あとは、見様見真似のままに手で回転させて巨大化。右回しで大きくなるし、左回しで小さくなる。ある程度大きくしたら、指を近づければそれに追従して動いてくれる。


 頭上へ移動させ、一気に体をくぐらせる。モルルの背中から巨大な翼が生え、後頭部から鋭い角が二つ生える。


「うむ、変身術はできているな。モルルは物覚えがいい。それでなくとも古龍は早熟であるからな。教えたことはすぐに覚えられる」


「変身術はマスターした!」


「マスターには程遠いが、単に戦うだけならば及第点というところだろう。ではまずは、強靭な肉体を使いこなせるように、立ち回りの訓練とする」


「立ち回り?」


「うむ」


 首を傾げるモルルに、エキドナは頷き返す。


「ウェイドは、聞く話によると白金等級冒険者と比肩しうるのだろう? とするなら、単なる人間相手のつもりでは早々に狩られる。古龍はあらゆる人間よりも上だが―――」


 エキドナは、モルルをまっすぐに見て言った。


「ごく稀に、神に手を届かせるような化け物になるときがある。お前の父は、恐らくそれだ」


「……神に」


「ああ。ま、神など実際になってもつまらぬばかりだがな。あんなもの、忌まわしいばかりよ」


「?」


「いいや、何でもない。モルルが神になりうる力を持ったとき、また話そう。古龍にはそういうことがありうる故な」


 ともかく、と言いながら、エキドナは構えを取る。


「強靭な肉体を生かした立ち回りを覚えるのだ、モルル。お前の父ウェイドは、『凌げるかどうか』を問うていた。勝てとは言っていない。ならば、肝要は立ち回りよ」


「……どんなことをするの?」


「なぁに、簡単だ」


 に、とエキドナは笑う。


「躱して、いなして、逃げ延びればよい。人間の本気程度の力で殴るから、さして痛くもないはずだ。段々速くしていくから、そのつもりで―――」


 エキドナの姿が、掻き消える。


 モルルは、それに息をのんだ。素早く後退する。すると、一瞬前までモルルが立っていた場所に、エキドナの拳が叩き込まれる。


「やればよい。うむ。流石に初撃は避けられるな」


「数カ月前のパパの速さが、このくらい」


「ほう。今はどの程度だ」


「もうモルルの目で追えない……」


「人間とは思えんな……。まぁ我を前にして『十分殺せる』と言ってのけた男だからな」


 そこまで言って、エキドナは「よし」と頷いた。


「ならば、少しずつ速度を上げていくぞ。避けられなければ、その速度でしばらくやり合う。モルルは我にやり返してもいいし、逃げに徹してもいい」


「はーい!」


「今日はその流れで一昼夜やるので、そのつもりでな。明日は古龍の印を用いた、強力な一撃をいくつか伝授する。敵を倒すのにも、意表をついて逃げるのに活用してもいい」


「い、いっちゅーや……」


 何だかハードな訓練になりそう、と思っていると、再びエキドナが虚を突いて肉薄してきた。モルルは咄嗟に横に避ける。次の一撃も、次の一撃も避け、数十回の殴打を避け―――


 だいたい五十回目くらいの拳に捉えられ、破裂音めいた音を響かせながら、十メートル近い距離をぶっ飛んだ。


「む、大丈夫かモルル。中々頑張って避けると思っていたら、最後は防御すら固められておらんかったぞ」


「ゼーッゼーッゼーッ! おな、おなか、ぱ、ぱーん……ごふっ」


「おーおー、これは内臓破裂か。では古龍の印で治癒をやるぞ。ほれ、吐き出せ」


「う~……!」


 血を吐いて倒れるモルルに、エキドナはろくに心配もしてくれない。モルルは涙目で古龍の印を吐き出し、エキドナの指示に従って変身術で自らの治癒を始める。

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