第248話 モルルの挫折

 モルルの話によると、現れたのは錬金術師アルケーのようだった。


「う、ウィンディがね? 狭い道で酒瓶? みたいなの何回か投げつけられて、そこから手も足も出なくて……! モルル、こ、怖くて、逃げちゃって……!」


 えぐえぐと珠のような涙を流して、モルルはそう語る。俺は「そうだな、怖かったな」とモルルを抱きしめ、その背中をトントンと叩いていた。


 そのウィンディはと言えば、現在ベッドで療養中だ。俺がアナハタ・チャクラ、サハスラーラ・チャクラの掛け合わせで治療してやったので、寝て回復すれば起きてくるだろう。


 まー相手が悪かったというところだろう。相手は白金の相棒、当然金等級だ。前回相手取ったときは、図らずしもアルケーの苦手な状況をこっちで作り上げたがため。


 俺の推測だが、開けた場所でかなり弱いが密室では有能、程度の人間を『誓約』が相棒として扱うとは思えない。


 恐らく、その密室では、有能の一言では利かないほどに強いのだろう。弱点があってなお評価される人間とは、そういうものだ。替えが効かないから、重用される。


 俺はモルルが落ち着いてきたのを感じ取って、そっと放す。


「モルル、俺はこれから、色々とやることがある。リージュを助けに行かなきゃならないし、モルルが直接ここに戻ってきたから多分『誓約』にこの拠点がバレたし」


「―――っ! あ、も、モルル、ごめ、ごめんなさ」


「あ、いや、大丈夫だ。この拠点の場所は、割とどうとでもなるって聞いてる。そういう宿らしくってな」


 すでにロマンがこの宿の店主に掛け合い始めている。最近教えてもらったのだが、この宿はかなり特殊な魔法がかかっているらしく、内装そのままに繋がる出口を変えられると。


 出入りが結構ずさんだと考えていたのだが、なるほどそういう理屈で、と感心したものだ。だから、モルルの帰宅で今の入り口がバレた、ということが分かれば、それで対処ができる。


「ウェイド君、モルルちゃん、もうこの宿は安心です。入り口の場所を大きく変えたとか」


 俺は気になって、玄関扉を開けてみる。今までは大通り沿いだったのが、今は裏路地に繋がっているようだ。ほとんど日の差さない暗がりが、玄関前の裏路地を包んでいる。


「これから馬車を使う用事も減るだろうし、ちょうどいいな」


 扉を閉じる。俺はロマンにサムズアップしつつ、再びモルルに向き直った。


「ともかく、だ。俺は今からリージュを探しに行く。他の連中ならいざ知れず、『誓約』陣営が攫ったのなら捜索は難航するだろう。人手は多い方がいい」


「私ももちろん助力いたしますよ、ウェイド君。神に愛されたこの私が!」


「うん、ありがとなロマン。で」


「反応が淡泊ですね……」


 モルル、と俺は言う。


「お前も手伝うか?」


「……えっ?」


 困惑するモルルに、俺は微笑む。


「最近エキドナと訓練頑張ってるって聞いてるぞ。そろそろ、モルルも戦力として数えられるんじゃないかって俺は思ってる。エキドナも、モルルのこといっつも褒めてるしな」


「……」


「もちろん、嫌ならいい。怖い思いをしたばっかりだ。けど、怖いよりも悔しかったなら」


 俺は、モルルに手を差し出す。


「この手を掴め。モルル、お前は古龍だ。やられっぱなしの弱い生き物じゃないはずだ。何より、俺の子だ。どうだ、モルル? お前は、立ち上がれるか?」


 モルルは、ハッとして口を堅く引き結んだ。それからぐしぐしと顔の涙をぬぐって、強い目で俺を見る。


「やる! モルル、リージュのこと探す……! モルルはもう、弱い子じゃないもん。エキドナせんせにも、褒められてるもん!」


「うん、そうだな。やる気は十分ってとこか。じゃあ―――」


 俺はにっこり笑って言った。


「実力が最低限あるか、チェックしないとな」


「……え?」


「話は聞いてたな、エキドナ」


 俺が振り返ると、モルルの先生を務めるエキドナが「生徒が、やいのやいのと言っておるのが気になってな」と照れ隠しのように言う。


 俺は簡単に、今後のことについて話した。


「ひとまず今日は俺たちで可能な限り痕跡を探すことになるが、数日で見つからないと痕跡も人の証言も足りなくなってくる。モルルの出番があるとすればそこだ」


「ふむ、すぐ駆り出すわけではないのだな?」


「それで捕まったらミイラ取りがミイラに、って話だからな。まず確実に捕まらないメンバーで捜索して、ダメならモルルにも手伝ってもらう。だから、その前に仕上げておいてくれ」


「仕上げ、か」


「ああ。俺と簡単にやり合えるくらいには仕上げてくれ」


 それを聞いて、モルルは震えあがる。エキドナも目を剥いて「そ、そこまでか」と声を震わせる。


「ぱ、パパ……?」


「大丈夫だ、モルル。軽く俺とやり合って、凌げるかどうかを見るだけだって。それで大丈夫なら、よほどの敵でも逃げるくらいはできるはずだし」


 モルルが真っ青な顔で俺を見ている。エキドナも「うーむ……」と難しい顔で考え込んでいる。


「期限は?」


「三日。それまでは痕跡とかで確実に追えるはずだし、その分俺が時間を取れない」


「逆にそういう期間を過ぎれば急いでも仕方がなくなるから、モルルを相手取れる時間ができる、という訳だな。あい分かった。ならば、承ろう」


「!?」


 モルルはさっきの威勢はどこへやら、ガクガクと震えて俺とエキドナを交互に見ている。


「じゃ、任せたぜ。ロマン、行くぞ。すでにモルルから詳しい場所は聞き出してある。追える情報は、今の内に洗い出すぞ」


「ええ、そうしましょう」


「エキドナ、モルルのことはしっかり鍛えてやってくれ。わずかな時間とは言え俺も本気でやるからな」


「……うむ。責任重大だな。モルルを親に殺させるわけにいかぬ」


「ぱ、パパぁ……!」


「モルル」


 俺は、涙目で震えるモルルの手を、優しく握った。


「お前は強い子だ。怖い目に遭ったのに、『お前は立ち上がれるか?』って聞いただけで、モルルは覚悟を決めて俺の手を取った。挫折を知って立ち上がれるのは、本当に強い証だ」


「う、で、でも……」


「安心しろ。俺より強い奴なんて、もう世界でも数えるほどしかいない。そんな俺をしのげるなら、モルルは他人に命を脅かされないってことだ。やる価値はある」


「……う、ん」


 モルルは怯えていたが、それを飲み込んで、頷いた。また強い目を宿して、俺を見る。


「分かっ、た。……モルル、頑張る。パパに殺されないくらい、強くなる」


「ああ、頑張れ。三日後、楽しみにしてるからな」


 ま、もちろん俺とロマンが、すんなり見つけてしまう可能性もあるが。それならそれで普通に相手をしてやればいいだけのこと。


 ともかく、敵も生半可ではない以上、身内の審査で手を抜けば最悪の事態もありうる。それだけはごめんだ。だから、俺も本気でモルルが強くなったかを見なければならない。


 俺はモルルの覚悟を見て取って、立ち上がった。それからロマンを連れて「よし、行くぞ」玄関を出る。

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