第247話 勝利の余韻は手短に

 コインを拉致する馬車に揺られながら、俺はデュランダルの義手を外して、少し実験していた。


 試すのは、治癒ではなく肉体の改造による右腕の復元だ。失われた体を取り戻すのではなく、新しく作るという発想。


 息を吐く。第二の脳、サハスラーラ・チャクラでイメージの補助をする。第二の心臓アナハタ・チャクラで、一気に右腕を生やす。


「――――ッ!」


 果たして、右腕は猛烈なスピードで生え伸びた。俺はにぎにぎと拳を握り固め、ひらひらと振り、腕の感覚を確かめる。


「おぉ! ウェイド君、『誓約』の治癒阻害のゲッシュを破りましたか」


「……いや、ダメだな。右腕の感覚は問題ないけど、やっぱり治癒が必要らしい」


 俺は右腕をロマンにさらす。「傷一つない、立派な腕に見えますが」とロマンは首を傾げる。


 俺は首を振った。


「傷がないんじゃダメなんだよ。傷っていうか、魔法印だけど」


「あー……なるほど。そうですね。右腕を失ったのが痛いのではなく、魔法印を失ったのが痛いのですから、それはそうです」


 重力魔法の魔法印。とくに右腕に刻まれていたものが、この新しい腕には存在しない。俺はため息を吐く。


 そこで、ロマンが言った。


「しかし、魔法印そのものは刻んでしまえばいいのではないですか? すでに多くを刻まれた魔法印を持っていたのですし、ウェイド君なら問題ないように思いますが」


「いいや、多分ダメだ。刻んでOKかどうかは神の意思に関わるって聞いてる。んで、俺の治癒を阻害しているのは神の契約のゲッシュだ。契約に反するなら意思にも反する」


「となると」


「ああ。ゲッシュを無視して魔法印を刻めば、俺がどれだけ重力魔法の神に似ているかっての以前の部分で、神罰が下ることになるだろうな」


 やはり、『誓約』の治癒のゲッシュを破るしかない。ノーリスクで試せるのはここまでだ。神罰が下りかねない判断は、窮地に至るまではしない方がいい。


 カルディツァにもあったからな。神罰で滅んだ地域。トキシィの毒の海に沈んでいたが。


 俺は、ただの肉の腕があっても仕方がない、と新しく作った腕を溶け落とし、デュランダルの義手を嵌め直す。


「すみません、変身魔法に明るくないのに、差し出がましいことを言って」


「いいや、このくらいは問題ない。コインの用心棒三連戦では、好き勝手させてもらったしな」


 言いながら、俺は鎖でぐるぐるに胴体を拘束され、まったく口を開く様子のない、項垂れたコインに視線をやる。


 コインはまるで、廃人になったように何の反応も示さなくなった。馬車に連れ込んだ時から、ずっと沈黙している。


 ―――何でも言うことを聞くから命を助けて欲しい、という話をしてきたのはコインからだ。動かなければ、いくらか考えねばならないだろう。


 俺は冷酷な目でしばらくコインを眺めた後、「一旦ビルク卿に報告か?」とロマンに尋ねる。


「そうですね。コイン氏が言うことを聞くのなら、『血脈の呪術』の構築のメインはビルク卿が進めるべきでしょう。ただでさえ、政治と経済に関しては彼には天才的です」


「領主邸崩壊後の動き、メチャクチャ早かったもんなビルク卿」


「『民の心を乱さずに、何となく幸せだな、と日々を過ごせるようにするのが領主の仕事です』という言葉には痺れましたね」


 ウィンディを駆り出す程度の最低限の護衛のみで、『領主の自分の身は安全です』と翌日には演説を済ませ、瓦版的なものは全部差し止めしてきた。仕事が早いし的確なんだよな。


「しかも人質の……何だっけ、セシリア姫だっけ。人質姫とも仲良くなっててな」


「昨日見たら二人でお茶会開いてましたよね。『結婚したらローマン皇帝側に組み込まれてしまうのでは?』と聞いたら、『逆です。アカシア氏族を落とします』って言ってましたよ」


 と、このように、ビルク卿は戦闘能力こそないものの、ガチの有能なのだ。


 カルディツァ領を落とす際には戦争が必要だったのに、ビルク領を落とすのに卿を寝返らせるだけでいいのは、多分そういうこと。ビルク卿が言ったなら、それで民は付いてくる。


 カルディツァ領主も有能ではあったのだが、ビルク卿には敵わないだろう。流石は呪術師、というか。あのアレクが『天才的』なんて言葉を使うほどの人間ということだろう。


 馬車が止まる。話していたら、早くも拠点に戻ってこれたらしい。


 まずロマンが降り、続いて俺がコインを引きずって降りる。拠点の玄関に入ると、今まさに話していたビルク卿に、ゴルドシルヴィア兄妹が玄関の椅子に座っていた。


「帰ったぜ。大勝利だ。楽しかった」


「お帰り、ウェイド。金等級と戦って楽しかったって感想が出てくるのは、もう流石としか言いようがないわね」


 シルヴィアが出迎えてくれる。「モルルとリージュは?」と尋ねると、「お出かけしてるわ。ウィンディさんが付き添いで」と。ならまぁ問題はないだろう。


 そこで、ビルク卿も立ち上がり、俺たちに近づいてきた。俺に近づいてきて、頭を下げる。


「ウェイドさん、私からの依頼を進めてくださってありがとうございます。……こちらの方が、コインさんですね」


「はい。彼がコイン氏です。すいません、少し脅し過ぎたみたいで、馬車からずっとこの調子で」


 この段に至って逃げられることもないだろう、と俺は鎖の拘束を外す。利口なのか絶望しているのか、コインは立ち尽くしたまま、全く動く気配がない。


「いえいえ、それこそ私の本領ですから。お疲れさまでした。ここからはお任せください」


 俺はロマンと顔を見合わせ、一歩引いてお手並み拝見の構えを取る。ビルク卿は俺たちの態度にニコリと軽く笑い、コインに向かった。


 ビルク卿はまず、コインに目線を合わせるように跪く体勢を取った。おお、と思う。貴族の気位の高さを知っているから、スムーズにこの体勢が取れるビルク卿に驚いたのだ。


「―――何と声をかけていいか分かりませんが、コインさん、私はあなたのことを歓迎します。ぜひとも、お力添えください」


「っ……」


 コインは無言ながら、僅かに反応した。戸惑い。その隙に、ビルク卿が俺を見てウィンクをする。


 これは……なるほど、飴と鞭、北風と太陽ってとこか。


 俺はコインに近づき、その髪を掴んで顔を寄せた。


「おい、コイン。お前はこれからビルク卿の下について何でも言うことを聞け。でなければ殺す。分かってるな?」


「っ……! は、はははは、は、い……!」


「ウェイドさん、あまり脅すようなことはよしてください。コインさん、あなたが能力ある人というのは良く存じています。私は、あなたの力をお借りしたい」


「……はい。よ、よろしくお願いします」


「そんな堅苦しい言葉遣いもよしてください。これから一緒にやっていく仲間ですから。私の下に居る限りは、ウェイドさんから余計な手は出させません」


 この変わり身である。俺がこの程度で気分を害しないと分かっているから、何の躊躇いもなく悪役を押し付ける手腕。


 コインもビルク卿を見て、それから俺をチラリと見やる。その後ろでビルク卿はちゃんとウィンクだ。俺も面白がって悪役に徹し「チッ! これがなきゃ殺してやったのに」と呟く。


「ひっ、わ、分かった。よ、よろしく頼むぜ、領主様よ。と、ともかく、話すなら奥でやろうや。な? いいだろ?」


「ええ、構いませんよ。ああ、あと二人を紹介します。ゴルドさん、シルヴィアさん」


 コインをメインに、ゴルド、シルヴィアを連れて、ビルク卿は階段を上がっていく。それを見届けてから、ロマンは俺に「名演技でしたよ」なんてからかってくる。


「いやぁ、怖い人だよビルク卿は。ゴルドとシルヴィア連れてったのも、あの二人が鍛冶師で、コインの領分だからだろ? 確かに、人心掌握はビルク卿の本領だ」


「リージュちゃんが『呪術師からは中立のまま遠ざかれ』と聞かされる訳ですね。分かった上で接しなければ、操り人形にされてしまう」


 ともかく、一旦『血脈の呪術』関連については、一段落でいいだろう。次は『誓約』だが、現状奴の動きはようとして知れない。


 そんな時だった。


 俺たちの背後で、ものすごい勢いで玄関扉が開かれた。俺たちは咄嗟に振り向くと、ボロボロのウィンディを抱えたモルルが、泣きながら立っている。


「―――ッ! どうしたモルル! 何があった!? リージュは?」


 俺が屈んでモルルに尋ねると、モルルは「パパぁ……!」と号泣し始める。


「リージュ、リージュが、攫われちゃったぁ……!」


 俺はそれを聞いて、ロマンと顔を見合わせ、顔を手で覆って大きなため息を吐いた。


「……拉致が横行する政争なら、当然リージュもその対象ってか……」


 リージュ、過去にモルル攫って最近もセシリア攫ってと、二回も拉致の計画犯になってるからな。世話が焼けるが、助けなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る