第246話 コイン城、瓦解:鉄人の崩壊

 ロマンから「血でビシャビシャですよ。魔法で汚れを洗いましょうか?」と提案されたが、「コインの心を折るのに役立つと思うからやめとく」と返した。気持ち悪かったけど我慢だ。


 俺たちは廊下を進む。その最中で、中身のない鎧とか、宙を浮かぶ剣とかが襲ってきたが、俺たちの相手になるものではなかった。多分シック戦の補助になると思ったんだろうな。


 そうしてまっすぐコインのいる部屋の前に、俺たちはたどり着いた。


「ここか」


「そうですね。……どうやって行きます?」


「派手に行こうぜ」


「ならば、私が魔法で助演しましょう」


「よし」


 俺は腕を回し、首を鳴らし、心の準備を整える。俺の背後で、「神よ、今回演出を纏うはあの少年です。爆発にて扉を破壊し、火と煙を吐いて彼の登場を彩りください」と呟く。


 さぁ、行こう。


 俺は扉に軽く蹴りを入れる。途端俺の足裏を起点に、爆発が起こった。


 扉が破片となって散らばる。特に意味のない火と煙が俺の背後から立ち込める。部屋の中から「来やがったッ!」とコインの野太い声が上がる。


 目に染みない不思議な煙と共に、俺は堂々と登場した。そこでは、震えながら俺を睨むコインが椅子に座り、好戦的に笑う巨大なムキムキおっさんが立ち塞がっていた。


「クソッ! 他の金の二人はどうした! 奴らアレだけ払ったってのに簡単にやら―――」


 そこまで言って、コインは俺の血まみれっぷりに気付く。言葉を失い、パクパクと口を開閉している。


 そばにクレイの大槌よりもさらに大きな鉄槌を控えさせて、二メートルは優にある巨大なおっさんが、俺に話しかけてきた。


「初めましてだな、『ノロマ』。俺は『鉄人』アイアン。一応聞くが、他の二人はどうした?」


「殺した。強かったぜ」


「―――……その返答だけで、覚悟が決まるってもんだ。俺の命、散らすにふさわしい」


 アイアンというらしいおっさんは、懐から巻物を取り出した。テリンが使っていた奴に似ているな、と俺は思う。


「コインさんから受け取った高額の前金の内、半分をこの大ルーンの入手に費やした。俺と『ノロマ』で、邪魔が入らないように戦いたくてな」


 アイアンが巻物を広げ、そこに記されていたルーン文字をなぞっていく。発動するは、手でなぞられた三文字にとどまらない特殊なルーン。


【創造:闘技場】


 この石造りの部屋が、ガタガタと揺らぎ始め、形を変え始める。「何だ! 聞いてねぇぞ!」とコインが怒鳴り声なんだか悲鳴なんだか分からない声を上げる。


 空間は拡張され、俺とアイアンが十分暴れられるほどの円形が俺たちを囲った。その外に一段下がった外縁も用意され、俺の背後にロマン、アイアンの背後にコインがいる。


 俺は思わずポツリ呟く。


「何かデスマッチ始まった……」


「ウェイド君、油断しないように。例によって『鉄人』アイアンも名うての凄腕です。コイン氏も、よくここまで粒ぞろいを雇えましたね」


 ロマンがすでにセコンド面で俺に話しかけてくる。ロマンの適応能力の高さはどこから来ているのだろうか。アレだけアクが強いのにサポートまで行けるのかお前。


 一方コインは、ロマンの言葉を受けてギャーギャーと騒いでいる。


「ハッ! オレ様の資産があればこの程度ワケねぇんだよ! だから勝てよアイアン! 他二人が死んだ以上、もう後がねぇぞチクショウ! 金等級は最高峰のはずだろ!?」


「コインさんよ、白金とやり合って死んでねぇ時点で、『ノロマ』は白金も同然なんだよ。そして白金ってのは、金等級を縊り殺す連中だぜ。白金を雇うべきだったな」


「白金を雇う金もコネも王族以外持ってるわけねぇだろうが!」


 コインも無茶を言われて憤慨している。おもろいわあいつ。シバキ甲斐がありそうだ。


 アイアンは肩を竦める。


「それを言われちゃあ俺はもう何も言えねぇやな。ま、全力は尽くすぜ。『ノロマ』、お前に一対一で戦い、散れるとは光栄だ」


「戦う前から死ぬ覚悟決めてんじゃねぇぇぇえええええ!」


 コインが血走った顔で叫ぶ。俺は「やっぱ体洗ってくんね? コインの心はもう半分くらい折れてるの確認したし」とロマンに言って、魔法でサッと洗ってもらう。


 身ぎれいになった俺は、アイアンに近寄って行った。アイアンも歩み寄ってきて、俺を真上から見下ろしてくる。


「……小さいな。俺は殴竜よりもデカイらしいから、仕方ないのかもしれんが」


「そうだな、アイアン。俺も小さいつもりはなかったが、お前と比べりゃ流石に小さい。お前シグよりデカいよ。今まで見た中で、多分一番デカイ」


 手を差し出される。俺はその手を握る。握手。俺の手よりもずっと筋張って、分厚い、武人の手だった。


「よろしく頼むぜ、『ノロマ』。お前の力、少しでも引き出せれば嬉しい」


「俺こそよろしくだ。楽しい戦いを期待する」


「ハ、武者震いが止まらねぇ。これが白金、化け物の領域か」


 俺たちは手を放し、お互いに踵を返して闘技場の端に移動した。再度振り返り、相手を睨み合う。


「『ノロマ』のウェイド」


「『鉄人』アイアン」


 名乗りを終え、ゆっくりと俺たちは構える。ロマンがレフェリー代わりに「いざ尋常に」と声を上げる。


 そして、火蓋が落とされた。


「―――勝負始めッ!」


「アイアンボディ!」


 アイアンの全身が、鈍色に変わる。全身丸ごとの鉄化。俺は心を静かにし、唱える。


ブラフマン


 アートマンを告げない真言に重力魔法がそろそろ恋しくなるも、一旦俺は戦闘に集中する。


 ……一応復活策思いついたし、事が終わったら試すとして、まずは目の前のアイアンだ。


 全身鉄の身体となって突進してくるアイアン。それだけならば、俺の敵ではない。俺は義手に浮かべたルーンをなぞる。


【加速】


 突進を素早く躱す。その途中で、すれ違いざまに直接手で触れた。稼働するは第二の脳サハスラーラ・チャクラ。単なる鉄ならば『森羅万象の支配』で丸めて終わりだ。


 だが、弾かれる。アイアンが歯を食いしばりながら、距離を取って俺を睨みつけている。


「今、何しやがった……? 俺の内側に、強烈な魔力が入り込んでこようとしていた」


「サハスラーラで捻じ曲げられようとすると、そうなるんだよな。俺もムティーに人形にされた時思ったわ」


「……白金の松明『無手』か。化け物同士、縁があるのか?」


「さぁな」


 こういう、即死攻撃系はちゃんと弾いてくるのが『殺せない』タイプの金等級の強さだろう。『死なない』連中は俺含めて即死する。すぐに復活するけど。


 しかし、ううむ、と思う。重力魔法とデュランダルが揃えば、恐らく敵ではない相手だった。触れた感じシグよりは柔らかい。というかシグが生身の癖に硬すぎるだけなのだが。


 さらに重力魔法が恋しくなるが、無いものねだりをしている暇はない。


 再び突進してきて、大鉄槌を振り回してくるアイアン。回避を全く考えていない勢いばかりの攻撃は、意外にも厄介だった。


 俺が奴の横をすり抜けるようにして回避すると、そのまま鉄槌の軌道を変えて俺めがけて横なぎにする。意地でも潰してやるといった情念を感じる、ベテランの動きだ。


 自分の特性に合わせて、動きを最適化している。何か特別なきっかけがあって異常に強くなった人間ではなく、着実に強さを重ね、銀の領域を破って金に至った強さがある。


 俺はそれも跳躍で避けてから、デュランダルの大剣を叩きつける。僅かな破片が飛び、威力にアイアンはのけぞるが、それだけだ。


 単なる鉄の身体ではない。魔力の漲った、全身が魔剣のような硬さをしている。それはつまり、デュランダルと同じくらい固いのと同義だ。流石は金等級ってとこか。


「ぐぅ……っ! ハハ、流石『ノロマ』だな。俺がよろけるなんて、何年振りだ。それに、こっちの攻撃は当たる気がしねぇ……」


「継戦能力ろくに削れてない非有効打を、あんまり持ち上げるなよ」


 鉄。全身を鉄に変えたとなると、やはりデュランダル単体で出せるダメージはある程度限られてくるだろう。


 デュランダル単体でもかなり威力あると思うんだがなぁ。重力魔法との相乗効果が測り知れないのかもしれん。


 俺はため息を吐きつつ、手持ちの手段を吟味する。


 デュランダル単体は威力に欠ける。チャクラで攻撃手段になるのはサハスラーラだけだが、これは弾かれた。さっき受け継いだ黒死剣ネルガルは試してもいいが、鉄に効くか?


 となると、と俺は両手を持ち上げる。右手のデュランダルの義手に、左手の結晶瞳。


 俺は、口端を持ち上げる。


「これで威力不足なら、また次の案を考えることにしよう。さて……」


 俺は大剣のデュランダルを小さくして懐にしまい込み、左手に魔力を込めた。「俺がッ! やることはッ! 変わらねぇええええ!」と突進してくるアイアンを踏みつけ宙返りで躱し、俺は攻略を始める。


「まずは、布石を打つとするか」


 俺は左手を天に掲げ、魔力を思い切り込めた。砂のような結晶が大量に俺の左手からあふれ出て、闘技場全体の床を埋め尽くしていく。


「ッ!? 何考えてやがる、『ノロマ』!」


「お前の攻略法だよ、アイアン。単純に防御力がバカ高い奴ってのは、不死と同じくらい嫌な敵でさ。―――それを上回る攻撃力を用意するしかないんだよな」


 俺の物言いに何かを感じ取ったアイアンは、「そう簡単に負けねぇぞ!」と動きをジグザグに変えて突進してくる。


 俺はそれを、ただ静かに待った。どうせ俺にぶつかってくるのは変わらないのだ。ならば待っていればいい。


 アイアンが俺に突っ込んでくる。振るわれる巨大な鉄槌は、食らえば簡単に全身鎧の敵すら叩き潰す。生身の俺など言うまでもない。


 それが、猛烈な速度で襲い来るのだ。金等級に分類されるのも頷ける。一撃食らえば死ぬ攻撃を放つ、攻撃の効かない暴走する鉄の塊。単純だが、それ故に強い。隙が無い。


 だがそれは、常人にとっての話。


 俺は振り下ろされる鉄槌を正面から受ける。ぐしゃっ、とそのまま潰される。まさか一度でも俺を殺せると考えていなかったアイアンは「なっ!? マジかよ」と言葉を失う。


 真っすぐな戦い方をするアイアンになら、一回の死くらいくれてやるさ。


 俺は死にながら、「クリエイトチェーン」と鉄魔法を行使する。右手の義手から生成される、長い鎖。俺はそれを操り、アイアンの足に絡ませた。


「おぉぉおお! よくやったアイアン! ざまぁ見ろ『ノロマ』ぁっ! お前みたいなガキが、ベテランの冒険者に敵うとでも思ったか雑魚がぁ!」


「待てッ! 不死身と謳われたあの『ノロマ』がこれで終わるはずがない!」


「あぁ!? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞアイアン! これでもう、『ノロマ』は死ん―――」


 鉄槌を上げて俺の身体を注視するアイアン。俺は血だまりに沈みながら、ニタリと笑った。


「サービスは一回こっきりだ。ここからは、俺が遊ばせてもらうぜ」


 俺はアナハタチャクラで自らに怪力を付与し、その力でもってアイアンの重い身体を鎖で一本釣りにした。


「―――へ?」


 コインが間抜けな声を漏らす。血だまりの中から、俺は一息に立ち上がる。


 アナハタチャクラの治癒が始まれば、零した肉体は消えてなくなる。俺は右腕以外無傷で、宙を舞うアイアンを見つめていた。


「アイアン」


 俺は鎖に足を掴まれ、宙を舞うアイアンに告げる。


「お前は今から、赤ちゃんに振り回されるおもちゃだ」


 鎖を、地面に振るう。


 アイアンはその猛烈な勢いによって地面に叩きつけられる。鉄の身体と言えども、地面との衝突を繰り返せば無事ではいられないだろう。だがそれでも、奴はしぶといと俺は考えた。


 だから、地面に撒いた結晶片が役に立つ。


「爆ぜろ、結晶片」


 アイアンが地面に叩きつけられる瞬間。結晶片が爆ぜ、アイアンの身体を砕く。


「ガァァアアアア!」


「行くぞォアイアン! 歴戦の冒険者のお前だからこそ! 無敵に近い身体を持つお前だからこそ! 俺はお前を徹底的に甚振って打ち砕くッ!」


 俺は鎖を何度も周囲にぶん回す。アイアンは何度も何度も地面に叩きつけられ、その度に結晶片の爆裂に体を砕かれる。


 一撃でだいたい、拳一つほどの鉄塊がアイアンから砕け落ちた。それを、無数に繰り返す。大剣だけの攻撃では皮膚片程度だったダメージが、今は一撃一撃が致命打に届く。


「ああ、あぁ、あぁぁぁあああ……!」


 クソショタのコインが悲鳴にも呻きにも似た声を漏らす。その度に激突と結晶の甲高い爆裂音が響き、アイアンが勇ましく吠えた。


 アイアンは必死に足から鎖を取り払おうともがく。だがそれが実を結ぶ前に地面に叩きつけられ砕かれて、また振出しに戻る。


 あるのは極度の痛みと狂乱だ。俺は叫びながら鎖を振るい、アイアンは吠えながらもがき苦しみ、それを見ながらコインが恐怖と絶望に呻く。


 俺は大声で言う。


「アイアン! お前もまた、強い冒険者だった! ここまで相手取った二人に劣らない、真の通った精神と闘志を持った、強靭な戦士だった!」


 だが! と俺は言いながら、鎖を振り下ろしてアイアンを地面に叩きつける。アイアンの身体がまた砕け、とうとう四肢が落ち始める。


「それでも、お前は俺に届かなかった! お前は英雄たり得る男だったが、化け物にはなれなかった! それを理解して死んでいけ! お前は、化け物に食い殺されたんだと!」


 さらに地面に叩きつける過程で、ついにアイアンの身体が真っ二つにへし折れた。アイアンは鉄になったまま、結晶で埋め尽くされたこの闘技場の地面の上に転がる。


 その姿は、立派だった。これほどまで砕けてなお、肉に戻ることのない精神力。俺はアイアンの上半身に近づき、苦悶の表情でいたアイアンに告げる。


「いい戦いだった。さようならだ、アイアン」


 俺は鎖をアイアンの首に巻き付ける。アイアンはかすれた声で、こう言った。


「凄まじ、い、戦い、ぶりだっ、た。お前との、戦いに散れるのは、誉れ、だ……ッ」


 俺は鎖を振り上げる。最初よりもずっと軽くなった胸から上のアイアンの鉄の身体が宙に浮く。


「爆ぜろ、結晶片」


 振り下ろす。その一撃で、アイアンは粉々に砕け散った。






 俺は戦闘を終え「さて、ここからが本当の仕事だな」と振り返った。


 コインは、そこで我に返って逃げ出そうとした。だが、腰が抜けていたのだろう。立ち上がることすらできず、俺とロマンに囲まれる。


「さて、だ。コイン。俺とお前の間で何が始まるか分かるか?」


「な、何だッ! 脅す気か!? 言っとくがオレ様は、そう簡単に脅しには屈しねぇぞ!」


「脅し? 何悠長なこと言ってんだ?」


 俺はしゅるりと鎖をコインの足に巻き付ける。それだけでコインは顔面蒼白になり、言葉を失った。


「な、ぁ、なに、何を……」


「実はさ、お前、今日戦った中だと一番俺に重い一撃入れてるんだよ」


「……は?」


 コインは俺を見上げる。俺はにっこりと笑って説明する。


「俺の右腕。今は義手があるが、元々は重力魔法の魔法印が入った腕だったんだ」


「……」


「分かるだろ? この辺りの冒険者にとって、一番大切な部位だったんだよ。それがお前に、あっさりと奪われた。もっともやったのは『誓約』だが、きっかけはお前だ」


「ち、ちが、オレ様は」


「今更嘘ついても遅いんだよ。そんな俺がさ、今さら、お前に『命が惜しかったら言うことを聞け』だなんて悠長なこと言うと思うか?」


「ぁ、あ、ああ……!」


 コインの顔が絶望に染まる。俺はにっこりと微笑む。


「じゃ、今からお前に、用心棒たちが味わった地獄のフルコースを味わわせてやる。アイアンみたいに地面に叩きつけて全身バラバラにして、シックみたいにミンチになるまで殴って、パイロみたいに即死させてやる」


 ずい、と顔を寄せる。コインは恐怖に顔を引きつらせ、歯をカチカチと鳴らし、小便を漏らす。


 俺は言った。


「殺してやるから死ね。安心しろ。俺は人体に詳しいから、十回くらいまでならお前のことを生き返らせてやれるぞ」


「何でもしますッ! だから命だけは助けてくださいッ!」


 泣きながら必死に訴えるコインを見て、俺は「これで一仕事が終わったな」とロマンに軽口を叩く。ロマンは肩を竦めながら「鮮やかなお手並みでしたよ、ウェイド君」と拍手した。


 ……どこにも良心がいないが、貴族も冒険者もこんなもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る