第243話 コイン城、瓦解:火兵団壊滅
俺とロマンは、コインの牙城近くの建物の、屋根の上で様子をうかがっていた。
すなわち、コインの住居、郊外の邸宅である。やはり稼いでいるだけあって、かなり大きな建物だった。ほとんど城。どのくらいデカいんだろ。俺のパーティハウスの五倍はデカイ。
俺は「うーむ」と唸る。
「重力魔法があればなぁ。デュランダルで一閃して、コイン以外を瞬時に皆殺しにできたのになぁ。つまんないからやらなかっただろうけど」
「やらないんですね」
「やんないよ。金の剣との戦いなんて楽しまなきゃ損だろ」
俺も強くなったから、前に比べれば歯ごたえはないだろうが、それでも、雑魚の鏖殺にくらべればずっと楽しいはずだ。
だが、考えようによってはちょうどいい難易度調整がされたということ。俺はニンマリと楽しむ準備を整える。すでに右腕の義手も絶好調だ。
……まぁそろそろ重力魔法が恋しいお年頃だが。何とかなんないか重力魔法。失って初めて実感する愛おしさ……。恋しいよ重力魔法。いつ帰ってくるんだ重力魔法。ぐすん。
ともかく、このまま進もう。俺はロマンと共に地面に降り立ち、まっすぐにコイン城の門に近づいていく。
「む、そこの! 止まれ! 何用―――『ノロマ』!?」
「退避! 退避! 『ノロマ』の相手は金の剣の先生方に任せろ! 俺たちの敵う対手じゃない!」
数人いた門兵が、蜘蛛の子を散らしたように去って行く。この感じは、多分コインからそういう指示が出ていたのだろう。
「無用な被害は出さないってのは、何つーか商人らしいよな」
「武人なら、戦わずして味方に逃げさせるという判断はしませんからね。とりあえずぶつけてどうなるかを見てみるのが鉄板です」
「弱い時にロマンのとこの兵にならなくて良かったわ」
「殴竜軍は、英雄ぞろいの軍隊ですから。それ以外は犯罪者を有効利用した死兵なんですよ。私たちなら兵の逃亡も未然に防げますし」
「殴竜軍って実はアレか? 一部のちゃんとした人間以外地獄か?」
軽口を交わしながら、俺たちは門を破る。具体的には俺が第二の脳、サハスラーラ・チャクラの『神羅万象の支配』を使って、素手でうにょっと曲げる。
「それどうやってるんですか?」
「脳で曲げてる」
「脳で???」
俺はカラカラ笑い、ロマンを連れてまっすぐに進んだ。すると敷地のどこからともなく、揺らぐ影が現れる。
それは、火だった。
だが、ただの火ではない。陽炎のように揺らぎながら、まるで人のように立ち上がる。
それが、周囲一帯に、無数に現れた。ぞろぞろと群れる様子は、まるで人間の群衆のよう。
そこに、しわがれた老婆らしき声が響く。
『火兵たちよ、隊列をなせ。大盾を構えよ。長槍を構えよ。作る陣形はファランクスだ。さぁ、「ノロマ」の大英雄を押し囲んで潰しておしまい』
火兵たちが、おぼろげな姿から一気にくっきりとした輪郭に変化する。全身に匹敵する炎の大盾を構え、溶岩の槍のような長い槍をしっかり固定し、俺たちを囲うように陣形を組む。
「これは、中々の冒険者を持ってきましたね」
「知ってるのか?」
「ええ。数年前までビルク領近辺のいざこざは、彼女によってすべて鎮圧されたと聞きます。『火兵団の指揮者』パイロ。凄腕の金の剣です」
カルディツァ以外の冒険者の話など全く知らない俺は、「ほー、強い奴なのか」と納得する。
確かに陣形はしっかりしているし、火兵は見る見るうちに敷地を埋め尽くすほどに増殖している。群体タイプの相手だ。
似たタイプを考えると、アイスに傀儡子、あとはロマンの同僚の一人『幻獣軍』ミスティなんかも群体タイプの遣い手になるのだろう。
単純な手数の多さに、その場にいない、という距離の確保による身の安全の確保。常人に分類される銀までの冒険者にとっては、金の冒険者は全員、絶望の権化だろう。
だが、今例に挙げた通り、俺はこの手の遣い手を複数知っている。知って、生き残っている。と言っても直接その強みと対峙したわけではないが―――手の内を理解しているのだ。
「クリエイトチェーン」
俺は義手から伸ばした鎖を結晶瞳に触れさせて、結晶の破片を纏わせた状態で数十メートルにわたって伸ばした。ギャリギャリと音を立てて結晶瞳は砕け、破片を鎖に絡ませる。
そして俺は、一息に鎖を振るった。
「爆ぜろ、結晶片」
鎖による薙ぎ払い。直後の結晶による爆裂。
一息に、火兵たちが薙ぎ払われていく。「む、やりますね」とロマンは先を越されたという顔をしている。
それに、俺はぽつり言った。
「なぁ、ロマン。金等級相当以上の人間ってさ、俺、三種類いると思うんだよな」
「聞きましょう」
一息に火兵の八割を失って、『ひ、ヒヒ。流石は「ノロマ」だねぇ! だがまだまだだよ!』と老婆の声が上がる。さらに勢いを増して火兵が無より立ち上がる。
それを無視して、俺は続けた。
「―――『殺せない』奴、『死なない』奴、最後に『その場にいない』奴。金等級は、大抵この三パターンだ」
俺は指を三本立てて、もう一度「爆ぜろ」と鎖で火兵を薙ぎ払う。
「『殺せない』奴は、単純に防御力が高いとか、回避力が高いとか、そういう奴な。ウチのパーティだとクレイ、サンドラだ。あいつらは殺せない。けど、殺したら死ぬ連中」
俺は人差し指を折る。指は残り二本だ。
「次に『死なない』奴ってのは、つまり俺みたいなタイプだよな。トキシィもそうだ。殺すことは『殺せない』連中よりも楽だけど、殺しても蘇る奴。殺せるけど、死なない連中」
俺は中指を折る。鎖を振るう。残るは薬指一本。
「最後に、『その場にいない』タイプ。今戦ってるのが、まさに このタイプだ。アイスのも同じだな。直接戦ったけど、実は親父もこれだ。戦闘に当たってリスクがほぼゼロの奴」
そもそもその場にいないから、殺すも何もない。何故ならその場にいないから。そういう連中。
「でさ、俺、実はこの『その場にいない』タイプの連中の攻略法、もう確立してんだよな」
「……もしかしてなんですが、この火兵の薙ぎ払い、間を持たせるためにやってました?」
「うん」
俺が頷くと、「本当に恐ろしい人ですね、君は」とロマンはドン引き顔だ。
「けど、ちょっと集中する必要があるからさ。その間火兵を薙ぎ払っててくれないか? そしたらそうだな。だいたい三十秒で片を付ける」
「分かりました。では、承りましょう。――――さぁ神々よ! 三十秒の我が奇跡をご覧あれ!」
ロマンの煽りと共に、魔法の光が吹き荒れる。俺は「何度見ても派手だよなぁ」と苦笑しながら、目を瞑った。
「
第二の瞳、アジナーチャクラが起動する。
最近、アジナーチャクラの、より深い使い方を理解し始めてきた。アジナーチャクラというのは、視覚能力というより、認識能力なのだ。
知る、という人体機能そのもの。それを仏として、チャクラとして全能に作り上げたのが、アジナーチャクラ。
だから、アジナーチャクラを起動すれば、火兵から伸びる細い魔力の糸の行方も、簡単に分かる。数があるから、たどるのも容易だ。
俺はアジナーチャクラで魔力の糸の先へと進む。行く先はコイン城の中、ではなく繁華街の路地裏の奥。
ゴミ捨て場に偽装した入り口から、扉に入って階段を下り、生身で行けば十回は死ねる原始呪術をかいくぐった先。
そこに、老婆はいた。原始呪術と火の変身魔法の二つを修めた、凄腕の冒険者。老婆パイロは汗を掻くほど強く念じていた最中に、俺の視線に勘付いた。
『っ。……ああ。見つかったのかい。恐ろしいねぇ』
だが、とパイロは言った。
『お前ほどの遣い手と対峙し、敗れて死ぬ。それは誉れさ。一息にやっておくれ』
「ああ」
第二の脳、サハスラーラチャクラを起動する。アジナーチャクラを経由して、老婆パイロの心臓に触れる。
停止。老婆パイロの心の臓が、止まる。
『……優しいねぇ。何千人と殺したアタシみたいなクソババアに、こんな優しい終わりをくれ、る、とは……』
ゆっくり、ゆっくりとパイロは座ったまま、その場に崩れ落ちた。俺は本物の目を開く。すでに火兵は、消えていた。
ロマンは僅かに冷や汗をかきながら、俺に問いかける。
「……何をしたのですか、ウェイド君」
俺は物足りなさを感じながら、静かに答えた。
「本人を見付けて、殺してきた」
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