第242話 対『ノロマ』準備

 『ノロマ』どもが自分への報復を考えている、という情報が流れた時、コインはまず『その情報を自分が受け取って、誰が利益を得るか』を考えた。


「オレ様はその情報を掴んだら、どんな流れになっても用心棒を集めなきゃならねぇ。とすると、ギルドの金の流れを探らせるか」


 しかし不発。まさか『コイン自身に全力を出させた上で潰すこと』自体が目的であるなど考えないコインは、「読めねぇ……チッ、仕方ねぇ。乗ってやる」と準備を進めた。


 コインは商人だ。武人ではない。ドワーフと人間のハーフなだけあってある程度の怪力はあるが、それよりも武器に対する審美眼と人間の商才で世を渡ってきたタイプだ。


 だから利益には鼻が効くが、敵を負かす、心を折るという領域にはそう明るくない。


 それはつまり、ある程度以上の強さになると、その多寡が分からないのと同じだ。


 一般人が、一千万では何が買えて何が買えないのか、一億ではそれがどう変わるのかが想像できないようなもの。


 だから『ノロマ』のウェイドがかなり強いのは知っていたが、どの程度強いのかは分からなかった。


「『ノロマ』のウェイドに勝てる人間を雇いてぇ。金の剣で何かいねぇか?」


 冒険者ギルドのギルド長にそう言った時のギルド長の顔を、コインは生涯忘れることはないだろう。


「何だ……その顔は。今お前に飲ませた茶に毒は入ってねぇぞ」


「……コ、コインさん。あなたは、『ノロマの大英雄』と事を構えたのですか?」


「あん? おう。その前に『誓約』がオレ様に絡んできたからな。前金ももらってたし、情報を売ってやったのよ。そうしたら『ノロマ』の野郎、報復を企てやがった」


 旅鉱ギルドの応接室に冒険者ギルド長を呼び出しての、要請だった。コインは葉巻の吸い口をカットして咥え、火をつける。一吸いして気分を落ち着け、煙を吐いた。


「『誓約』からちょいと聞いた話によれば、『ノロマ』の野郎は右腕を落とされたそうだぜ。不死とか担がれてた割には雑魚じゃねぇか。用心して金の剣を数人用意すれば潰せるだろ」


「その『誓約』とは、連絡がつかないんですか」


「さぁな。野郎、白金の一角の癖に用心して身を隠してやがる。余計な出費だぜ、クソが。連絡がつけば護衛料が浮いた挙句、情報料を取れたって言うのによ」


 コインは葉巻をふかして、出費の溜飲を下げる。まぁいい。金の剣を雇うくらい、大商人であるコインにとってはそう大きな痛手ではない。


 そこに、ギルド長が水を差す。


「……コインさん、お言葉ですが、あなたは『ノロマの大英雄』を舐めている」


「あん?」


 眉根を寄せて、コインは冒険者ギルド長を見た。元々銀のベテラン冒険者上がりのギルド長だ。年を取り衰えたが、見た目が少年のコインに比べればずっと逞しい身体をしている。


 だから、そんなギルド長が日和ったことを言うのが、コインにはよく分からなかった。ウザイ雑魚の処理は、ギルド長に用意させた冒険者でどうにでもしてきたのが今までなのだ。


 ギルド長はコインに訴える。


「まず、金の冒険者を用意するのが難しい。ビルク領には辛うじて金の剣が一人いますが、ほとんど言うことを聞きません。しかも複数名を用意するとなれば時間がかかる。それに」


 一呼吸。いかつい顔を深刻そうに強張らせて、ギルド長は言う。


「恐らくそれでも、『ノロマの大英雄』では相手にならない。彼はこの半年超で白金の領域に届いた男です。殴竜と戦ってからもう一か月経ちます。恐らく、もっと強くなっている」


「……ギルド長よ」


 コインは葉巻の煙を、フー、とギルド長の顔に吹きかける。ギルド長が慣れた様子で顔の前を手扇でパタパタとやる中、コインは言った。


「長い付き合いだ。お前の助言はなるべく聞くべきだということは分かってる。だがよ、もう事は起こってんだ。『無理だ諦めろ』なんて言葉には意味がねぇんだよ」


「……そうですね。分かっています。あなたが倒れれば何人も路頭に迷う。ですが、あなたがやろうとしていることは無茶なことである、と言うことだけは、先に言っておきたかった」


「分かんねぇなぁ……。あんな力の強いだけのガキんちょに、ギルド長ほどの男が何を恐れてるのか」


 確かに土壇場の胆力はあったが、商談の場においては素人もいいところだった。コインよりは強いだろうが、コインにとってはそんなもの日常茶飯事でしかない。


 コインは商人だ。商人だから戦闘能力はない。だが、何人も冒険者を雇い、使い、場合によっては潰してきた。


 だからコインには分からない。匹敵する武力がない場合の武力と対峙した時、人がどうなるのかと言うことに考えが及ばない。そう言う状況に陥る、という発想が、そもそもない。


 ともかく、そんな会話を交わして、コインはギルド長に金の剣の冒険者を集めさせた。


 ビルク領で一人。を二人。


 三人を連れてきた時に、ギルド長は言った。


「凄腕を三人、用意しました。情報が流れてからこんなに時間が経っても攻めてこないのが不気味ですが……、ともかく、間に合わせましたよ」


「おう、助かるぜギルド長。じゃあ金の剣の先生方、ひとまず自己紹介から頼む」


 コインはスムーズに金の冒険者を持ち上げる。自分から持ち掛けた商談で、コインは『手土産』を欠かさない。


 三人の内、最初に声を上げたのは、いかにもベテランという、魔法印を首元にまで至らせた筋骨隆々の中年男だった。コインの倍も身長がありそうな巨大な偉丈夫が、口を開く。


「『鉄人』アイアンだ。全身丸ごと鉄に変えて、数日間ぶっ通しで戦える。並大抵の攻撃は俺には効かねぇぜ」


 いかにも強そうな冒険者だ。二メートルもありそうな体躯が丸々鉄塊に変わるとなれば、『ノロマ』の大剣も通るまい。


 そうコインが満足して頷いていると、アイアンは手を差し出してきた。


「金払いがいいんだってな、コインさんよ。見た目はガキだが舐めるなって聞かされてるぜ。ドワーフと人間のハーフで、大商人なんだろ?」


「アンタみたいな話の分かる冒険者と組めて光栄だ。今回はよろしく頼む」


 コインとアイアンは握手を交わす。それだけで他二人からの見る目が変わる。


 ―――無論、アイアンは仕込みである。あらかじめ伝えられていた情報で、最も外見に説得力のあるアイアンを前もって呼びつけ、演技をするように余計に払っておいたのだ。


 この一手間で、冒険者の扱いやすさは変わる。見るからに弱そうな依頼者を、冒険者の馬鹿どもは舐めてかかることが多いのだ。


 次に名乗ったのは、まだ青年という年頃の男だった。青白い顔をして、猫背でひどく体調が悪そうな面をした、ローブを羽織る人物である。


「『死なずの病人』シック。ゴホゴホッ。常に体調が悪いけど、死なないから、気にしないでくれ……」


「……こいつ強いのか?」


 コインが問うと、アイアンが「強いぜ」と答える。


「同じの金の剣として、かなり不気味な奴の一人だ。どれだけ殺せども死なず、のらりくらりと敵を病死させて去って行く。恐らくだが、俺とこいつじゃあ勝負はつかん」


「……『鉄人』アイアンともなる人に、そこまで褒めてもらえるとはね。ゴホッ。……ま、期待しててくれ」


 やつれた顔で、シックは言う。いかにも強いアイアンが言うなら、強いのだろう。死なない、というのもなかなか面白い。


「アタシが、最後かねぇ、ヒヒ」


 最後に声を上げたのは、ビルク領の気まぐれな金の剣とされる、腰の折れた老婆だった。


「『火兵団の指揮者』パイロさ。アタシはとっくに引退のつもりだったんだけどねぇ。ギルド長の坊やが真剣に頼み込んでくるから、仕方なく重い腰を上げたんだが……さて」


 ニヤァと底意地の悪そうな、魔女のような笑みを浮かべてパイロは問う。


「アタシたち金の剣を複数集めて戦争なんて、一体誰が相手なんだい? 坊やの心配性ならいいが、そうでもなきゃあ……金等級以上が最低ってことだろう?」


 老婆パイロに追従して「そうだな。早速聞かせてくれ。俺たちの敵は誰だ」「これほどのメンツで難しい相手は、中々いないだろうけど……」と二人は続ける。


 もったいぶっても仕方がない、とコインは言った。


「『ノロマ』のウェイドだ。奴がオレ様に報復してくるから、ボコボコに撃退して欲しい」


 それを聞いて、


 三人全員が、総毛立った。


「「「――――――ッ!」」」


 その反応を見て、コインはやっとどんな相手を敵に回したのかを理解する。


「……お、おい。何だその反応は。―――『ノロマ』は、そんなに強いのか」


「……カルディツァには、最近行った。戦争前だ」


 アイアンは語る。


「あの時で、すでに金の松明を下げてるような冒険者だった。ギルドでも特別な冒険者の一人。傍から見てるだけでオーラがあったぜ。アレが訓練所卒業半年の冒険者ってのは、信じたくねぇ」


「……『ノロマ』本人は知らないけど、殴竜が参加する戦争に傭兵枠で参加したことがあるよ。ゴホッ。殴竜は拳の一薙ぎで何百人も殺した。アレと互角の冒険者、か……」


「アタシが、戦場に直接立つタイプの冒険者なら、今この瞬間に依頼を断っていたような相手だ、とだけ言っておくよ、コインの坊や。だが、まぁ、そうだね」


 パイロ老は、ヒヒ、と笑った。


「久しぶりに、楽しい戦いができそうだ。死ぬには悪くない相手かもしれないねぇ」


「そう、だな。……ああ。『ノロマ』に殺されるのなら、誉れだ。コインの旦那。契約だが、俺が死んだときは故郷に金を送ってくれ」


「……死ぬ、かぁ。ここ数十年は意識してなかったなぁ。でも、やっと死ねるかもしれない相手か。うん。頑張ろう。ゴホッ」


 金の剣たちは、その冒険者証の輝きに劣らぬ精神で、この場で一斉に死ぬ覚悟を決めてのける。その金の精神に、そしてその決心を付けさせた『ノロマ』に、コインは震えた。











 俺は、アジナー・チャクラを解除して、「うん」と呟く。


「ロマン、敵は良い連中ばっかりだ。敬意をもって殺してやろう」


「ええ。では行きましょうか」


 俺とロマンは荷物を背負い、出立する。

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